第48話 心の絆と試練
期待に胸を膨らませながら、あかねと共に白川疎水のせせらぎが聞こえる蹴上インクラインへと足を運んだ。桜の切なくも華麗な春に劣らず、燃えるような紅葉が秋の風景を彩っていた。
まるで鉄道跡を見守るかのような神々しい景色が広がり、幸いにも僕たちの撮影を妨げる者は誰もいなかった。彼女に笑顔で話しかけると、その瞬間が一層特別なものに感じられた。
「線路の上を自然な表情で歩いてみて」
あかねは、まるで色葉燃える秋との別れを惜しむように、愁いを帯びた眼差しで線路を歩き始めた。しかし、僕の言葉に従って、その表情には計算されたあざとさは微塵もなく、無邪気で自然な微笑みが戻り、彼女ならではの可愛らしさが蘇った。
「あっ、ほんまもんの蝶やろか?」
あかねが言葉を紡ぐと、彼女の和服の襟元から一匹のアカタテハがふわりと舞い上がった。その翅は秋の彩りを映し出すかのように鮮やかで、まるで紅葉した葉がふたつに開いて空へと飛び立つようだった。
「そう、そのままで……。動かないで」
彼女の視線は、蝶がひらひらと舞う一枚のいろはもみじに留まっていた。僕は心の中でそっと呟いた。それは、蝶と紅葉、そして和風の舞妓姿が一体となった、まさに絵画のような美しい光景だった。
その瞬間を逃さないように、急いでカメラの焦点をあかねに合わせた。この三つが揃った風光明媚な景色は、冬の凍てつく季節には見られないものだ。僕は熱っぽい眼差しで、彼女の立ち振る舞いを写真に収めた。
「可愛らしゅう撮ってな。少しだけ、舞うてみるさかい」
彼女は京都の舞妓として、「祇園をどり」に向けた華麗で優雅な舞の練習にも励んでいた。そして今、この場でその練習の成果を披露してくれるという。
彼女の襟足から可愛らしいうなじを見せてくれた瞬間に、レンズを向け、続けてシャッターを切った。一枚、二枚、三枚……と。カメラのシャッター音が静寂な世界に響き渡った。彼女らしい品と共に色気を感じられ、僕の心をくすぐった。
写真の背景には、いろはもみじが鮮やかに映えていた。その七つの切れ込みは星のように輝き、真紅の葉が秋風にそよいでいた。清らかな空気が煌めき、もみじが風車のように回転し、空に向かって舞い上がる様子が描かれていた。
彼女が歩いた線路の先に広がるのは、赤や黄色の絨毯のように鮮やかな色彩が競う景色で、まるで自然が織り成す一枚の絵画が千の言葉に匹敵するかのようだった。
その日、僕たちは心に深く刻まれる思い出を作り、多くの感動的な写真を生み出した。それは、あかねと僕が一緒に過ごす京都での日々における、新たな章の幕開けとなった。
「あかね、これを見て。これは君の美しさを完璧に捉えた写真だよ」
「ほんまや。こないに美しゅう撮れてるなんて、まるで別人のようや」
あかねは、写真の中で蝶のように格調高く舞う自分の姿を特に気に入ったようだった。彼女は満面の笑みを浮かべながら、液晶モニターをじっと見つめていた。
そのとき、突如としてふたりの楽しいひとときを遮るかのように、あかねの携帯電話から着信音が響き渡った。彼女はその音に「ああ、あかんやん。ほんまにがっかりやな!」と首をすくめながら呟いた。
「これ、知らへん番号やけど……」
彼女は眉を寄せながら、そう口にした。
もしかしたら、大切な知らせかもしれない。だから、早く電話に出るようにと勧めた。あかねは突然の着信に少し戸惑いながらも、僕の助言に従って電話に出た。
「もしもし……。なんやぁ、おばちゃんやってん」
「何のんびり言うとんねん。あかねちゃん、大変やで。あんたのおかんが……」
電話の向こうから、隣に住む女性の声が届いた。あかねの母親が再び心臓発作を起こしたという知らせだった。昨夜から寒空の下、あかねを自転車で探し回っていたそうだ。すぐに病院に向かうようにとの指示があった。
「悠斗、おかんが……。倒れたの。どないしよう」
彼女の顔は瞬く間に青ざめ、動揺を隠すことができなかった。僕たちはどうすることもできず、ただ一刻も早く病院に駆けつけるしかなかった。
「あかね、大丈夫だよ。心配なのはわかるけど、もうひとりじゃないんだよ。僕がここにいる。どれだけ怖くても、僕が君のそばで支えるからね」
僕はそう言って、彼女の手をしっかりと握りしめた。彼女の目には涙が溢れ、止まることを知らなかった。彼女をそっと抱きしめ、背中を優しく撫でると、あかねは僕の胸に顔を埋め、すすり泣き始めた。その涙声は、まるで僕の心を締めつけるようだった。
「お母さんは強い人だから、きっと大丈夫だよ。僕たちは信じて待つしかないんだ」
僕はもう一度言葉を探し、泣きじゃくる彼女を励ました。その日、僕たちは新たな試練に立ち向かうことになった。楽しい時間が多いほど、人生には辛い物語が待っているのだろうか……。あかねにも、そして僕にも。
しかし、今は有無を言わさず、その試練をふたりで力を合わせて乗り越えるしかなかった。そうすることで、きっと僕らの絆はさらに深まるだろう。僕はその思いを心に刻み、決して忘れないようにした。
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