第27話 心に残る風景


 あかねの退院が迫る中、アルバイト先のスタジオが主催する写真展の準備に追われていた。僕の写真が初めて多くの人々の目に触れることになる。それは自分にとって大きなチャンスだったが、同時にプレッシャーも感じていた。


 僕が撮った京都の風景や舞妓さんの姿が、どんな反応を呼ぶのか、不安と期待で胸が高鳴っていた。


 写真展の前日、詩織さんから電話がかかってきた。明日、彼氏を連れて写真展に来ると言っていた。そして、僕に会えることを楽しみにしていると伝えてきた。その連絡に、僕は動揺を隠せなかったが、どう答えようか迷いながらお礼を述べた。


「ありがとう。楽しみにしてるよ」


 電話を切ってから、僕は心の中で迷っていた。本当にそう思っているのだろうか。自分の気持ちに確信が持てなかったのだ。


 写真展の当日を迎えると、僕は朝早くからスタジオに向かった。社長や同僚の結衣と一緒に、最後の準備をしていた。


 僕の作品は、京都の四季折々の美しい風景を中心に、自分の想いを込めた心象風景を写真に切り取ったものだ。できる限り、よそいきではなく、ありのままの姿を写真に収めたつもりだった。


 僕は古都の静寂と艶やかさが好きだ。京都に移り住んでからは、雅と粋を慈しむ美意識を大切にする文化もさらに好きになった。だからこそ、自分らしい感覚で京都の魅力を伝えたかった。


 京都は千年以上も続く歴史が育んだ悠久の都だ。その土地で暮らす人々は、四季の移ろいや自然の恵みに感謝し、美しく豊かな文化を築いてきたのだろう。京都の美しい姿に惹かれて、ひたすら写真を撮り続けてきた。この写真展では、京都への愛と敬意を表現したかった。


 開場時間になると、次々にお客さんが入ってきた。僕は緊張しながらも、自分の写真を見てくれる人々に感謝しながら迎え入れ、順番に頭を垂れた。


 最初にひとりの女性客が立ち止まり、嵐山の冬景色に目を細めながら、褒めてくれた。


「この静けさ、この美しさ……。写真のタイトルのとおり、まるで『朝焼けのうた』が耳元に届いているかのようですね」


 女性客の思いがけない言葉に、僕は胸が熱くなった。続いて訪れた男性客は一枚の写真を指さして、目を丸くしながら言った。


「この華やかさ、この厳かな雰囲気、祇園祭への人々の想いがすごく伝わってきますね。祭りは京都人の誇りであり生活の一部なんです。自分も祭りに参加しているような気分になります」と励ましてくれた。


 ふたりの反応を見て、写真を通じて僕の熱き想いが伝えられていることを実感し、自信を持つことができた。しかし、同時に、僕の写真がこれから訪れる人びとにどのように評価されるのか、不安も感じていた。


 今回の写真展の全体テーマは「京都四季物語」だった。僕は、京都の古き良き風情や新しい魅力を写真に収めることで、自分なりのメッセージやストーリーを伝えたかった。


 写真展の一角には、僕が撮影した20点の写真が美しく並べられていた。その中には、嵐山での朝焼けに染まる冬の風景、蹴上インクラインで風花が舞う情景、昨年の祇園祭で山鉾と神輿が醸し出す郷愁、そして鴨川の納涼床が見せる夏の華やかさと冬の寂寥感が含まれていた。


 それぞれの写真には、僕が感じた京都の魅力や想いが丁寧に込められている。写真を通じて、訪れた人々にその瞬間の美しさと感動を伝えたいという願いが込められていた。


 写真展には思いの外大勢のお客さんが訪れていた。観客たちからは、たくさんの素直な感想や質問が僕に寄せられた。


「この写真はどこでいつ撮ったの?」「どんなカメラやレンズを使ったんですか?」「どんな技術や工夫をしたんですか?」「どんな意味やメッセージがあるんですか?」など。


 彼らは、僕の写真に興味や好奇心を持ってくれていた。僕は、お客さんの表情や声色から、彼らが感じてくれた感動や驚きや共感を感じることができた。


 観客たちの輪の中には、詩織さんの姿も見受けられた。新しい彼と幾度も視線を交わしながら、僕の写真を見ていた。彼女は、僕に笑顔で挨拶してくれた。


「悠斗くん、久しぶり。おめでとう、すごく素敵な写真展だよ。思わず京都の魅力が伝わってくるよ」  


 彼女の言葉を聞いて、僕は感謝の気持ちを伝えた。


「ありがとう。詩織さんのおかげだよ」  


 彼女の隣には、笑顔の男性が寄り添っていた。ふたりの仲睦まじい姿を見ると、僕は羨ましくなり、自分の言葉がかき消されてしまうような気がした。彼は優しそうな顔をしていた。


「この若い写真家が詩織が話してくれた悠斗さんか……。よろしくね」と言いながら握手を求めてきた。僕の身体は突然ぎこちなくなり、動かなくなった。


 詩織さんから電話で聞いたときは、新しい彼氏と対面することに驚いたけど、彼は僕に似ていた。僕と同じ髪型や丸い眼鏡をしていた。さらに彼の笑顔や話し方も僕とそっくりだった。彼女は僕のことを忘れられなかったのだろうか。それとも、恋する相手に僕の代わりを探したのだろうか。自惚れとはいえ、そんな気がした。


「あ、ありがとうございます……」


 僕は笑顔を取り繕って、言葉を詰まらせながら返した。けれど、心の奥底では複雑な想いが渦巻いていた。彼女は僕の想いに気づかないように、「せっかくだから、悠斗くんの写真を案内してくれる」と優しく言って歩き出した。僕はその後ろ姿に目を奪われながら、ぼんやりとついていった。


 詩織さんは僕の写真を見つけると、真剣な表情でひとつずつ立ち止まり、懐かしそうにコメントをくれた。


「これは嵐山で撮った新人賞の作品だね。一緒に行った時のことを覚えてるよ。あれは昨年の祇園祭かしら。すごく華やかだから。これは鴨川の納涼床かな……」


 彼女は思い出話を交えながら笑っていた。彼は詩織さんに寄り添って、その言葉に頷きながら僕に話しかけてきた。


「悠斗さんは京都が好きなんだね。写真の一つひとつが生き生きしている。詩織さんも、君の写真のセンスを褒めていたよ。彼女と仲が良さそうだね」


「まだまだ勉強中なんだけど……。詩織さんはとても良い写真仲間です」


 僕は苦笑しながら聞いて、正直に答えた。けれど、心の中では「それ以上でも、それ以下でもない」と囁いた。でも、本当は嘘だと言いたかった。心の隅では彼女に対してまだ想いを残していたからだ。


 一方でふたりが帰ってしまうと急に寂しくなった。この場にあかねがいなくて、写真展を見せられないのが悔しかった。彼女がいたら、僕の撮った色鮮やかな花鳥風月や華やかな京都の佇まいに感動してくれただろうと思うと、涙があふれてきた。


 僕はまず写真展の状況をカメラで撮影すると、あかねに動画のメールで送ってあげた。彼女からの返事が待ち遠しかった。


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