第23話 姫蛍への思い


 夜の帳が下りると、悠久の歴史を刻む京都では今でも初夏の風物詩として、ホタルの幻想的な光景が見られる。特に、鴨川納涼床の下を流れる「みそそぎ川」では、大小二種類のホタルたちが平安京の憩いの場を求めるように陣取り合戦を始める。


 納涼床の草葉の陰から幻想的な光があふれ出し、僕の存在など意に介さない。雨上がりの空に浮かぶ星々のように揺らめきながら瞬時に消え、再び厳かによみがえる。水面に映り込むホタルの光が、線香花火のように切なくも美しく輝いている。その儚い光に一時立ち止まり、魅入られてしまう。


 鴨川近辺では安全のため打ち上げ花火が禁止されている。ふたつのホタルが平安京の場で競い合うような姿は、蒼天に華を添える幽玄な光芒となり、夏の夜の魔法として僕を魅了する。知らず知らずのうちに、カメラのレンズを向けていた。


 しかし、僕の心の中では「あかね」と名乗る、戦いを挑むホタルではないヒメボタルの、おしとやかな舞妓姿が浮かぶ。彼女の優しい笑顔が恋しくてたまらない。目を閉じると、彼女が元気になって僕に微笑む姿が思い浮かぶ。彼女の声を聞きたくて耳を澄まし、その手を握りたくて腕を伸ばすが、それは夢の中でしか叶わない願いだ。


 僕は手紙を通じてあかねとの再会を待ちわび、彼女からの元気な言葉に胸を躍らせる。それでも、彼女のことを思うと心配で胸が締め付けられる。恋というものは、本当に辛く不思議なものだ。相手を愛する心が純粋であればあるほど、その思いは胸を張り裂けさせる。一旦燃え上がった恋の炎は留まることを知らない。


 手紙など時代遅れの産物だとは理解していたが、SMSではなく、毎日特に取り上げる話題もないのに筆を取った。あかねからの手紙を何度も熟読し、彼女の喜ぶ姿を思い描きながら文章を書き、撮った写真を添えて送り続ける。

 しかし、あかねの母親は僕たちの関係を快く思っておらず、娘が退院するまでは会わせてくれない。怒りに打ち震えながらも、心の中でヒメボタルが舞い上がる星空を見上げている。


 僕は人知れず涙を浮かべながら三条大橋からの夜道をひとり歩く。三条を過ぎ、御池大橋の手前で河川敷から川端通に上がり、橋を渡って今度は木屋町通を南へと道は続いている。もうすぐ、あかねと初めて会った先斗町が見えてくる。


 久しぶりの先斗町は、足元を照らす提灯や置き行灯が古都の息吹を感じさせ、おぼろげに漂うあかりは僕の胸に切なさと郷愁を呼び起こす。老舗の料亭から漏れるノスタルジックな和風の音色が心に柔らかく響き渡る。夏の夜の情緒が、京都の街角で静かに息づいている。


 病室で微笑んでくれたあかねの顔が、目に焼き付いて離れなかった。その笑顔は僕の心に希望の光を灯してくれる。でも、今夜は彼女の笑顔を脳裏に浮かべると、ゆらゆらとおぼろげな空気すら感じていた。透き通った瞳は消えてしまい、虚ろな表情が浮かぶばかりだった。彼女も僕との再会が待ち遠しいのだろうか……その顔は、僕の涙を誘った。


 アパートに帰ると不安ばかりが募り、今夜もさっそく彼女への手紙を書き始めた。その手紙には、僕が彼女に伝えたかったことが詰まっていた。新人コンクールの受賞と、あかねに会えることへの期待を書き込んだ。言葉が足りないと感じながらも、ペンを走らせる指先に力が入った。


 一方では、あかねが知りたくないかもしれないエピソードも敢えて綴った。何事も包み隠さず、あかねとは向かい合いたかったからだ。


 コンクールでの受賞のきっかけを作ってくれた詩織さんや、入院時に優しくしてくれた看護師の碧さんのことも触れていた。彼女たちとの出会いは、僕の人生において大きな意味を持っていた。ふたりに対する感謝の気持ちを、偽りのない言葉で手紙に刻んだ。


 書こうか書くまいか、心の奥底にある迷いを認めつつも、僕の心はすでに彼女たちを超えた場所にあった。それは恋愛感情ではなく、プラトニックな好意という気持ちだった。この手紙があかねの手に渡り、僕の真実の気持ちが伝わることを願った。ポストに手紙を滑り込ませるその瞬間、僕の思いが正しく伝わるようにと祈った。


 今日も夜更かしをして、あかねとの再会を夢見る。彼女の優しい顔を思い浮かべるたびに、胸が高鳴る。僕は、心の底からあかねのことを愛している。それが、僕の最も深い真実だ。



 ✽


 久しぶりに専門学校やアルバイトが休みで、天気も良く心地よい風も感じられたので、朝からカメラを持って京都の街を歩きたくなった。


 あかねの手紙によれば、彼女は幼い頃から目の持病である若年性白内障を患っており、時折視界がぼやけるという。治療は続けているが、医師から失明する危険性も指摘されており、手術をするかどうか悩んでいる。


 しかし、あかねは「美しいものは美しい」と、目に見えづらい美しさを心で感じ取れる繊細な人だ。僕の写真を見るたびに、美しいものには「これええなあ」と褒めてくれ、美しくないものには「これダメや」と教えてくれる。その見極めの感性は、僕の写真を通しても刺激されているのだろう。


 人にはふたつのタイプがあり、僕はどちらかと言えば、石橋を叩いてコツコツと努力する性格だ。一方で、あかねはひらめきを大切にする。それは、彼女の感性が僕には考えられないほど鋭いからだ。先斗町で彼女と出会ってから、そのことが僕の心に響いている。


 僕が手紙に書いたふたりの女性のことには触れなかったが、あかねはゲンジボタルとヘイケボタルが平安京の癒しを求める姿に興味を示し、「ええ話やなあ……」と喜んでくれた。


 僕はあかねほど文才はないけれど、写真なら負けない。儚くも美しい瞬間を切り取ることができると自負している。だからこそ、今度は初夏の美しい景色をあかねと一緒に歩きたいと思った。彼女との最初のデートが特別な思い出になるような場所を探していた。

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