第21話 勇気ある再会
ついに、念願だったあかねの部屋にたどり着いた。201号室のAー1野々村あかね。間違いはなく、病室の外で立ち止まった。外壁のプレートに名前とベッドの位置を示す番号が掲示されていた。彼女の名前を見つけると、緊張が一層高まった。手には汗が滲んできた。
しかし、僕の前には解決が難しい問題が立ちはだかっていた。そこは四人が共有する一般病室だった。この状況をどう乗り越えるべきか、一瞬で答えを見つけることはできなかった。彼女に会うためには、この難題を解決しなければならない。
そして、その解決策を見つけるには、自分を信じるしかなかった。その瞬間に必要だったのは勇気。だが、その勇気を持てたのは、彼女に再会したいという強い願いがあったからだ。
「さて……、どうしようか?」
あかね以外にも三人の患者がいる。まさかの最後の瞬間に、予期せぬ臆病さが襲ってきた。弱気なもう一人の自分が頭を覗かせてくる。「悠斗、引き返した方が良いかもしれない」と心の中で呟いた。
パジャマ姿で女性専用の部屋に入るなんて許されるのだろうか……。もし見つかったら、不審者扱いされてしまうかもしれない。しかし、運よく扉は開いていた。神さまが味方してくれていた。もう、引き返すことはできない。
たとえ、「病院が始まって以来の前代未聞の逢引だ!」と言われても、このまま突き進みたい。息を殺してそっと音を立てずに覗いてみる。
病室の中を覗いた瞬間、時間が静止したかのように感じた。そこには、長い間の思いが詰まった再会の場が広がっていた。窓から差し込む柔らかな光が、あかねの姿を優しく包み込んでいる。彼女は本を手に、静かに外を眺めていたが、その儚げな視線はどこか遠くをさまよっているようだった。素顔のままで化粧はまったくせず、その表情は目尻に深いシワを寄せて、何かを我慢しているようだった。
でも、あかねの瞳は澄んでいて、まるで水面に映る月のように美しかった。僕は彼女に気づかれないように、そっと視線を向けた。縁結びの神さまが僕たちを味方してくれたのか、幸いなことにこの時間は他に人の気配は見あたらなかった。僕は、一歩一歩、躊躇いながらも彼女に近づいていった。
白い包帯があかねの細い手足を覆っているのが目に留まるが、顔を隠すものは何もなかった。痛々しい傷跡を見て、冷たい水に漂う哀れな姿を思い出し、悲しみがこみ上げてくる。明日がどうなるかもわからない風前の灯火のような雰囲気を感じ、そっと声をかけてしまう。
「あかね」
僕の声が静かな病室に響くと、あかねは驚きと喜びが入り混じった表情でゆっくりと振り返った。彼女の瞳が僕を捉えた瞬間、時間が止まったかのように感じた。ふたりの間に流れる空気が、言葉では表せないほどの深い絆を物語っていた。
「あかね、会いたかった」
「もしかして……。悠斗はん……おおきに」
僕の言葉に、あかねの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。その涙は、長い間の苦しみと再会の喜びが混ざり合ったものであった。彼女は震える手で僕の手を握り返し、静かに頷いた。
その瞬間、僕たちの心がひとつになったことを感じた。再会の喜びと、これからの未来への希望が、ふたりの間に新たな絆を生み出していた。
「助かって良かった」
僕は、やっとの思いで言葉を絞り出した。その言葉には、長い間の不安と心配が込められていた。あかねは静かに頷き、涙が頬を伝った。彼女の白い素肌が、柔らかな光に包まれて美しく輝いていた。少しすると、彼女の方からゆっくりと話しかけてきた。
「悠斗はん、いっぱいいっぱい、傷ついたけど。そやけど……生きとって良かった。助けてくれて、おおきになあ」
恥ずかしそうに頬を赤らめている。あかねはさらに言葉を続けてくる。
「元々、うち美人でないし。もっと、綺麗やったら良かったのに」
どこまで、健気なのだろうか。彼女は両手で顔を覆ってしまう。でも、謙遜して言っているようには思えない。僕がやっていることは、あかねの心を傷つける独りよがりなのだろうか。確かに下肢にも包帯が見え隠れし、小さな額にもあざのようなすり傷がたくさん残されていた。退院して元気になるまでは、まだ時間がかかりそうだ。
でも、神さまから許されるものなら、もっと彼女の美しい顔を見ていたいという不思議な感覚になっていく。このままで良いから寄り添っていたい。身体の傷はすぐに治るだろう。けれど、心のキズをどう癒せばいいのだろうか。突然、思いがけない言葉を口にしていた。
「元気になったら、僕と一緒に歩いてくれますか? 兄貴ではなく、あなたを愛する男として」
僕の言葉は、長い間心に秘めていた想いだった。決して同情ではなく、純粋な愛情から出た言葉だった。あかねは驚いた表情を浮かべながらも、静かに頷いた。
「えっ、どうして。うちなんかと……」
「僕、あかねと一緒に歩いてみたい」
「………」
彼女からの返事はなかった。
余計な言葉で、彼女の心を混乱させてしまったのだろうか。もちろん、遊び心など微塵もなかった。
しばらくすると、彼女は僕の真剣な想いを察したかのように、静かに見つめたままうなづいた。そして、自分の連絡先が書かれたメモをそっと僕に手渡してくれた。
その瞬間、他の患者が戻ってくる気配が感じられた。残念な気持ちがこみ上げてきた。彼女の顔をもう一度見たかった。微かに笑っている彼女の姿に気づいた。もう、涙はなかった。ずっと泣き続けて、涙さえも枯れてしまったのだろうか。
しかし、病室の外から、僕たちの話を待ちわびたように、見覚えのあるひとりの女性が顔を覗かせていた。
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