第2話 寂しい心模様
現実の世界は甘くなかった。一見さんお断りを信条とする京都の人々は、東京育ちの僕をすぐには受け入れてくれなかった。山々に囲まれた京都の冬は、厳しい寒さと共に隠された真実を垣間見せてくれた。
華やかな街も、一歩裏側に足を踏み入れれば、そこは閉ざされた空間であり、僕の夢や希望は高い障壁に阻まれた。
師走が近づくにつれ、雪が降り積もり、古都は銀世界へと姿を変える。その雪景色は、時間が止まったかのような静寂と、過去と現在が交錯する美しさを演出する。
しかし、この景色は、時として京都人の心をさらに凍てつかせることもある。木枯らしの風が心を吹き抜ける中、この相容れない美しさを何度も目にし、胸を締め付けられた。それは、厳しさと美しさが共存する、京都の冬ならではの不可思議な情景だった。
それでもなお、「人生は一度きりなのに、何をしているのだろうか……。一刻も早く東京に戻るべきだ!」と自問しながらも、京都に希望を抱き続けている。写真の専門学校に通いながら、人知れずプロカメラマンのアシスタントとして技術を磨いている。
けれど、専門学校の同級生たちの多くは京都出身で自信満々だった。彼らは目立ちたがり屋で、他人を見下し、笑顔の裏に本音を隠し、人の悪口を言いふらしていた。彼らの悪ふざけは、常識の範疇を超えていた。
東京から来たよそ者だから、僕はひとり仲間はずれにされ、余計にそう感じたのかもしれない。僕が撮影した作品を見下されたり、馬鹿にされたりすることもあった。
元々、僕は世渡りが下手で損することが多い「お人好し」なタイプだ。嫌な奴らに愛想笑いをすることなど一度もなかった。彼らが大嫌いで、馬鹿にされるたびに気づかれぬよう、拳を握り締めていた。僕はそんな冷たい奴らと言い争うことが嫌いだった。だから、ひとりでいる方がよっぽど楽だった。
気がつけば、言い返す元気もなくなり、ひとりぼっちになっていた。カメラだけが味方で、僕の気持ちを表現してくれた。写真を撮ることに没頭することで、辛い日々を乗り越えてきた。それでも、時おり弱気になることもあった。
やはり、はるかの言ったとおり、東京で普通の大学を卒業し、平凡なサラリーマン人生を歩んだ方がよかったのだろうか……。切なくやるせない気持ちに苛まれ、涙が一筋頬を伝うこともあった。それでもなお歯を食いしばり、「こんなところで負けてたまるか!」と涙を拭い、ひとりでカメラを片手に京都の街を歩いた。
今どき、人生は百年の計と言われるが、長く生きながらえるのではなく、青春の刹那を精いっぱい燃やし尽くすことができれば、後悔はないだろう。
✽
雪景色に覆われた「蹴上インクライン」を後にし、木枯らしをものともせず、カメラ片手に南禅寺界隈を通り過ぎ、鴨川沿いの三条大橋まで歩いた。三条大橋からほど近い人工水路「みそそぎ川」の土手には、閉ざされた納涼床の名残が見える。京都の夏の風物詩は冬になると、寂寥感漂う骨組みだけが残る。
今日はなぜか、いつもより一段と神経が研ぎ澄まされているようだ。これまで見えなかった世界が目の前に広がっている。一流の写真家になるには、研ぎ澄まされた感覚が最も大切なことだと、プロカメラマンの社長から教えられてきた。
ふと川面を見ると、一羽の小鳥がチーとさえずりながら、
一方では、冷たい木枯らしの中で、恋人たちは熱く寄り添っている姿が目に留まった。彼らは互いに見えない壁を作りながら、距離を置いて座っていた。恋人のいない僕にとって、その光景は眩しすぎるものだった。羨ましさと寂しさに包まれて、視線を逸らしたくなった。
彼らを横目に通り過ぎ、タバコに火をつけた。ふう……と煙を燻らし、寂しさを吐き出した。心を落ち着かせて、次の目的地に向かった。
道すがら、濡れた石畳と由緒ある古民家が朱塗りの玉垣に隠れ、その姿が一層趣深く目に映った。ほのかに舞う風花が赤みがかった玉垣に純白の綿帽子をかぶせた光景は、まるで舞妓さんを偲ばせ、情緒あふれる京都の冬の風物詩のようだった。舞妓さんの姿は見えないが、自然の造作物がこの上ない被写体を描き出してくれた。
冬の清涼感あふれる優しさにしばらく立ち止まり、心を奪われた。この心を癒してくれる光景が、今の僕にはぴったりだと感じた。寂しさや孤独を忘れ、温かい景色に気持ちが和らいだ。
今年の春で、僕は二十一歳になる。東京出身でありながら、ただひたすら京都の風雅な景観に魅了されている写真家の卵だ。著名なカメラマンからすれば、受賞歴もない新参者に過ぎないだろう。しかし、言葉や文章でうまく表現できないものを写真に切り取れば、それなりに自信があった。
この初々しく可憐な舞妓さんを思わせる光景にも、何度もシャッターを切った。
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