第1話 京都の夢物語
千二百年の悠久の歴史を誇る京都は、黄昏時がこよなく映える、息を呑むほど絢爛豪華な街だ。かつて「平安京」として繁栄し、源氏物語の舞台ともなったこの街は、訪れるたびに四季のうつろいに心を奪われる。
京都は見どころ満載の街だが、まずお勧めしたいのは人知が及ばない自然の神が創り出した聖地だ。人々は雪の中で一瞬だけ光る儚き冬蛍のような存在かもしれない。
しかし、僕は京都の木枯らし吹く白銀の世界に根を下ろし、人生を刻んでいる。目の前に広がる雪景色と、そのひとときに響き渡る鼓動を心から愛している。空に消えてゆく雪の波紋を見つめ、その圧倒的な清らかさに息を呑み、思わず独り言を漏らしてしまう。
「なんと儚くも切ないのだろうか……」
古都の魅力はかけがえのない宝物だった。しかし、僕の未熟な文才では、その魅力を十分に伝える言葉として『風光明媚』しか見つからなかった。
自然の壮大さに比べれば、僕は風に吹かれれば闇に消えてしまうほどの小さな存在だ。この風光明媚な景色をひとり占めできることは、自然を司る神さまからの幻想的で儚くも切ない贈り物だと感じ、心から感謝した。生きている証として忘れないように、シャッター音を響かせて写真に残した。
ただひとつ心残りがあるとすれば、宝石のような雪景色を一層引き立てる、愛らしいヒロインがいなかったことだ。本音を言えば、大学時代の恋人であるはるかと一緒に、かけがえのない雪蛍の夢物語を眺めたかった。
はるかは僕の写真のヒロインとして、ずっとそばに寄り添ってくれた。それまでの付き合いの中で、彼女が一番相性が合うと信じていた。しかし、不運な運命の導きから、僕たちは結ばれることなく、それぞれの人生を歩むことになった。
大学を卒業すると、彼女は安定した未来を望み、僕は一流の写真家になる夢を諦めず、どこまでも希望を追い続けた。はるかは現実を重視し、僕は理想を追求した。夢だけでは生きていけないが、希望がなければ先に進むこともできない。どちらも間違ってはいなかったが、正解でもない道を選ばざるを得なかった。
彼女と別れてからしばらくの歳月が経ち、この期に及んで振り返ってみると、僕の方が彼女への配慮に欠けていたのかもしれない。若すぎたふたりだったが、僕には反省すべきところがあったのは間違いないだろう。
今ごろ、はるかはきっと実家に帰って、もう結婚していることだろう。恋を始めるのはたやすいが、その愛を続けるのは難しく、時には深い傷跡を心に残すものだ。
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目の前に広がるのは、かつての先人たちが創り上げた線路が真っ直ぐに続く「蹴上インクライン」だ。これは、明治から昭和にかけて京都市内へ舟を運ぶために造られた鉄道だった。時代の流れの中で線路だけが取り残され、長く煙を棚引かせた蒸気機関車はもう通っていない。
白く染まりつつある世界に足跡を残さないように歩きながら、儚げな景色にレンズを向けた。ファインダーを覗き込み、一瞬の静寂を破るように、心ゆくまでシャッターを切った。静寂な世界がシャッター音でざわめくのに気づくと、それがまるで自分の行く末を物語っているかのように感じた。
この景色を見て、かつて自分が描いた恋愛小説を思い出した。主人公をはるかに設定したが、残念ながら途中で僕の人生と同じく筆を折ってしまった。今回、思いがけずヒロインを変えて、もう一度最後まで書いてみたくなった。
写真と小説は違うメディアながら、その本質には共通するものがある。どちらも感情を揺さぶり、思考を刺激し、心を豊かにしてくる。そして、小説は多くの教えをもたらしてくれる。僕はどちらも心から愛している。
僕の名前は神崎悠斗(かんざきゆうと)。名乗るほどの写真の技術や文学の素養があるわけではない。もちろん、特別な容姿を持っているわけでもない。
しかし、ひとつだけ誇らしく感じることがある。それは、研ぎ澄まされた感性を持っていると自負していることだ。もし、僕が自分の心の奥底まで覗き込むことができたなら、そこには繊細でありながらも力強く光り輝く星の欠片が存在することに気づいただろう。
一方で、僕は優しすぎる男だと見なされ、あざけりの対象になることも多かった。けれど、ひねくれることなく、素直さを失わなかった。
これまでは「あいつらなんかに負けてなるものか……。今に見ていろ!」と、同級生からいじめられるたびに、密かに強い決意を胸に抱き、迷いや恐れを振り払いながら、新しい未来を掴むためにひたすら努力してきた。
失恋してからは、脇目もふらず写真の技術を高めることに精魂を傾けた。カメラは僕の感性を伝える魔法の道具で、そのレンズに映る世界はいつも色彩に満ちあふれていた。写真に思いを映し出すことで、失恋の傷跡も癒されると信じていた。
高校を卒業して一度は東京の大学に進学したが、プロカメラマンになる夢はどうしても諦めきれなかった。はるかの反対を押し切って大学を中退し、京都の造形芸術専門学校に転入した。ただひたすら夢と希望を追いかけるため、単身で京都に移り、新たな人生の道を歩み始めた。
そろそろ、はるかを元カノとして忘れる時期に差し掛かっているのかもしれない。青春という刹那の輝きに、新たな恋の色を添えるために……
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