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 それからボクはここで同類の残骸をみつけるたびに、船のそばまで運んでいった。


 丘が見下ろす窪地では、数え切れないほどのロボットの残骸が捨てられていた。


 ロボットたちのほとんどは、部品が欠けていたり、錆びついていたり、破壊されていたりしていた。そういう物も、もしかしたら【マスター】の役に立つかもしれない。そう考えた。


 ボクはそんな機械の一部を引きずりながら、ここは墓場なのかもしれないと考えた。不要になったり、動かなくなったりした物を廃棄する。何かを置き去りにしても、誰からも文句を言われない。次の日には捨てたことすら忘れられるような、そんな墓場。


 墓場にしては墓標がないけれど、なんてことを考えた。


 砂嵐が晴れた日には、丘の上から遠くの景色を見渡せた。そういうとき、ボクは正常な左目の望遠レンズを起動して、地平線をなぞってみた。どこまでも荒野が続いているようだった。


 【マスター】はボクが仲間の残骸を集めていることについて、特に何も思わないようだった。


 好きにしろ。


 許可を得ようと通信機を起動して呼びかけると、そう言われた。


 【マスター】は特に晴れた日以外は、外に出ようとはしなかった。


 それもそうだろう。外は本当に砂嵐が多かったし、それ以外の脅威がある可能性も充分にあった。


 しかし、もしもボクがそこらへんで事故にあってバラバラになっても、【マスター】に被害はでない。だからこうして外を探索し、物を集め、この星をすこしでも理解することが【マスター】の助けになる。


 ボクは仲間の残骸を積み上げた。


 丘の上、もっとも高い位置に。そこにたくさん積み上げようと思った。


 たくさん積んだら、それが仕事の記録になる。たくさん積んだら、それは塔になると思った。機械の塊。冷たい塔。それはあるいは、墓標にもなるかもしれない、と思った。


 ロボットに魂なんてないけれど、この星にはそういうしるしみたいなものが必要な気がした。




 残骸の中に、まだ動いているロボットをみつけることもあった。


 砂嵐が体に吹きつける荒地をひたすら歩いていると、地面から突き出た腕部や脚部のパーツがみつかった。


 それを引っ張った。引っ張っても出てこないものは、まわりの砂を掘り返す作業が必要だった。


 そうするとごく稀にパーツだけではなく、ボディや頭が繋がっているものがあった。見えていたのは全体のごくわずかな部分のみで、運べないほどの大きさだった、というものもあった。そういうものも少しずつ分解して丘の上に運び上げた。




 回収作業のため、荒野を歩いていた。


 見慣れない形のロボットをみつける。


 脚にはいくつかタイヤがついていて、腹部から伸びる腕部の先に、ローラーが取り付けてあった。それはどうやら、地面を平らにするために作られた機体のようだった。


 近づいていって、信号を送ったけれど、反応はなかった。彼の、モノを判断するための回路はもう、とうの昔に壊れてしまっていたようだった。


 タイヤのついたロボットはずっと同じ、狭い範囲の地面をならし続けていた。


 埋まったなにかにつっかえているせいで、そこ以外の地面をならすことが困難になっているようだった。


 何度も後ろへ下がっては、前進し、つっかえ、また後ろへ下がった。前進、つっかえ、後退、前進、つっかえ、後退。


 彼の頭を引き抜いて、停止させてしまったあとで、埋まっているものを確認した。


 つるりとした表面が、分厚く積もった砂から顔を出していた。掘り出した。それは鉛色の鏡を丸めたような球体の物質だった。


 ボクに内蔵されている分析ツールでは、それがいろいろな金属の混じった物質であるということしかわからなかった。


 でもそれは機械というよりも、もっとなにか純粋なもの。生まれたばかりの星みたいなものなのかもしれなかった。


 タイヤのついたロボットの頭部のない胴体に、その鉛色の球体を積んで運んだ。彼の頭から下の機構は、なにかを載せて運ぶのに具合がよかった。余計な内臓部品を取り除いて、運搬に使うことにした。


 球体は塔に組み込むと不安定になりそうだったので、内部の片隅に置いておくことにした。今は役に立たなくても、後でなにかに必要になるかもしれない、と考えた。


 他にも、かつてなにかの放送を受診していたパラボラアンテナ、墜落した人工衛星の翼、ボリューム調整用のつまみなど、集められるものは、たとえ機械じゃなかったとしても、なんでも集めて塔にした。




 運んでいる最中に、どこかにぶつかり、起動するものもあった。


我々の発展は、高度な……電池にたどり着くまで、一滴の涙を……さらさらしたミシンの中で……見つけたとき、迅速な恒久が……あきらめずに……そこを通過する、通過する、通過する。


 このロボットは見たところによると、音声を出力する以外の機能がない詠うロボットだった。


 しかし彼が何を言いたいかは、ぜんぜん分からなかった。


 【マスター】によると、インプットされている言葉をただランダムに繋げて流しているだけだという。


 なぜそんなことをしているのか、と訊いても、教えてもらえなかった。そのロボットもわずかに残ったボディの外殻をめくりとって分解して、塔の壁の一部にした。


エリマキトカゲの棲む沼の……著しい三角形が届く……虚無を味わい尽くせば……簡単なピラミッドさえ……無数……オートプシーの行方……欲した者たちだけを……それに手渡す、手渡す、手渡す。


 それからは、そうして壁の中から語りかける声ができた。


 塔は日ごとに高さを増していた。その頃はすでにボクの身長を超えていたので、新しいパーツを持ってきたとき、ボクは土台に脚をかけて、よじ登る必要があった。


 ひしゃげた鉄板なんかを見つけたときは足場にするために、塔の内側の側面に取り付けた。


 塔は筒状になっており、中は人が四人ほど入れる空洞になるようにしてあった。ボクは毎日その中で眠った。積み上げたパーツたちの壁がボクを激しい砂嵐から守ってくれた。


 ガチャガチャ、ブウン。


 風の強い夜は詠うロボットの声とともに、塔全体がまるでひとつの装置のように、音をたてた。ボクはその音を聞くと、宇宙船の貨物室のことを思い出して、よく眠れるのだった。




ミクロが分割せしめた……嘲るのは肝心な性でも……最高品質の呪いを……提供はそれを足がかりとして……苔むした神殿を辞するとき……かどわかした一部……晩餐はとりおこなわれ……シンクロニシティ……彼方の桃源郷……滝のなかの調べに耳をすませ……全身に群がるムクドリ……先天的な凍傷……白痴のおまえ……糾弾せよ、糾弾せよ、糾弾せよ。…………。




 荒れ地での回収作業の途中、生き物に出会うこともあった。


 その日、ボクは丘から歩いて三時間ほどのところにある谷を訪れていた。


 谷はわずかな光しか届かず、暗くジメジメしたところだった。いたるところが、コケやキノコで覆われていた。


 谷の中はどこまで行っても、底のみえない暗闇で覆われていた。


 すべて探索するにはかなりの時間が必要だろう、と推測できた。


 そこには荒れ地以上に残骸が散らばっていた。残骸たちは、まるで空から降ってくるなにかから逃げるみたいにそこに集まっていた。


 ボクはひとつずつ拾って、運搬用のタイヤつきロボットにとりつけた収納ボックスに詰めていった。


 しばらく作業をしていると、物音がした。


 手を止めて、周囲をスキャンすると、ひとつの反応があった。


 暗闇に目を凝らすと、物音がした方向から何かが飛び出すのがわかった。とても素早かった。


 それは一匹の大きな虫だった。


 なにかからぶら下がっているように尾が上に伸び、両手に大きなはさみがあった。全身が装甲みたいな殻に覆われていて、それが鈍い鉛色のきらめきを放っていた。


 鉛色の虫は、ボクよりもひとまわりほど大きな体をしていた。音もなく近づいてきて、ボクから三歩の距離でピタリと動きを止めた。見た目も動きも、機械みたいに正確だった。けれど、起動した生体感知センサはずっと相手が生物であることを示す反応を見せていた。


 鉛色の虫はこちらを観察しているようだった。身じろぎひとつない。暗闇の中で活動する、自分以外のものに驚いているのかもしれない。


 そう思った矢先、その虫の二対のサバイバルナイフみたいなハサミがまっすぐに向かってきて、左の腕を紙みたいにちぎっていった。


 衝撃でローラーつきの荷車が倒れ、それまで拾い集めていたロボットの部品が、すべて地面にこぼれ落ちた。ボクの肘から先がその中に混ざっていた。


 鉛色の虫が散らばった破片を、ハサミでかき集める。


 死ぬ。


 そう思った。


 ボクも、鉄くずになるのだ。今まで自分で集めていたような物言わぬ鉄くずの一部に。もう【マスター】の役に立つことができない。


 同時に、胸のなかに奇妙な衝動が訪れた。


 それがなんだったのかは、そのときはわからなかった。


 でもボクはそのなにかに感謝しなくてはならない。だって結果として、ボクはその衝動に助けられたようなものだったのだから。




 とっさに左腕を拾い上げて走った。


 暗闇はどこまでも迫ってきて、虫の生体反応が途切れることはなかった。地面が湿っているせいで足をとられやすく、大量の機械の破片や、突き出した何かの根はボクの足首をつかもうとやってきた。


 それでも走った。体のなかに、別の動力源が接続されたような熱があった。


 ふいに地面が終わった。突き出した足が地面をとらえられずに空をきった。


 ボクの体は暗闇の中で、宙に放り出された。


 一瞬後、下に落ちる感覚と、ショックが交互にやってきた。それに何度も何度もうちつけられる。何度も、何度も何度も。できることといえば、身をかがめてじっとしていることだけだった。


 崖から落ちたのだ、と気づいたときには体のいたるところが破損していた。


 苔むした地面が角度を取り戻し、辺りが真の闇に沈んだころ、やっと衝撃が止んだ。


 どれくらいの時間、どのくらいの距離を転がっていたのか、まったく見当がつかなかった。


 幸い、活動ができなくなるほどのダメージはどこにも見受けられなかった。ちゃんと意識もあった。立ち上がることもできた。たぶん、谷全体を覆うコケがクッションになったのかもしれない。


 ボクに続いて何かが崖を転げ落ちてくるのではないか、と頭上の真っ暗な空間を注視した。


 しかし暗視モードを起動したボクの左目からは、なんの情報も送られてこなかった。


 助かった。そう思ったときだった。


 生体反応センサが、いままで経験したことがない数の信号を放出した。


 その反応は崖の方からではなく、むしろ崖以外のすべての暗闇から発せられていた。


 ゆっくりとそちらに顔を向けた。


 暗視モードの緑色の視界に、おびただしい数の凶器が写った。その大小さまざまな二対のハサミの群れに、ボクは完全に包囲されていた。


 そのとき、ボクの中が空虚と無力感で満ちていった。


 与えられた役割をなにひとつ満足にこなすことなく、こんな地の底で鉄くずに成り果てる。


 それを知った【マスター】はどういう反応をするだろうか。怒鳴る? 無視? また蹴飛ばされ、どこかがへこむかもしれない。いや、もう殴られたり蹴られたりすることすらできなくなるのだ。とにかく彼を失望させてしまうのだろう。


 ごめんなさい、【マスター】。ごめんなさい。ごめんなさい。


 虫の大群はボクに群がった。ボディのいたるところから、金属がきしむ音が聞こえた。


 頭上から舞い降りる閃光が見えたのは、そのときだった。




 ねえ、あなた、大丈夫?


 閃光の内からそんな声が聞こえた。女の子の声だった。胸の中に染み込むような、心地のよい声だった。


 先程まで闇で満ちていた谷底は、まるで真昼の草原のように光に飲み込まれた。


 闇はひとつ残らず岩や突き出した根の後ろや枯れ葉の下に隠れ、その身を震わせていた。そしてボクを取り囲んでいた鉛色の虫たちも、それにならった。


 この子たち、光がきらいなの。


 光は女の子の声でそう言った。自分の身の丈より少し大きいくらいの光源に、ボクはお礼を言った。


 ひとまず、ここから出ましょ。この光はいつまでも保つわけじゃないの。


 光の形が変化して、何かがこちらに伸びてきた。近くで見ると、それはどうやら手なのだとわかった。


 差し出されたその手をとると、体が浮き上がり、一気に上昇して、ボクは閃光とともに谷底を抜けた。浮上する瞬間、谷底に散らばるいくつもの球体のような何かが、閃光を反射して遠い星のように輝いているのが見えた。


 外は夜だった。


 初めて見る上空での夜空には無数の星が散りばめられていて、とても雄大だった。


 いつしか船の小さな窓から見た宇宙空間とは、まるで別物だった。もはや視界に窓はなく、夜はどこまでも広がっていく宇宙そのものだった。


 谷はみるみる足元へと遠ざかり、もはや地上のちっぽけなひびの一つになってしまった。落ちたら、粉々になってしまうだろう。そんな考えが脳裏に浮かんだ。


 あら、あなた。飛ぶのは初めてかしら?


 ボクの手を引く女の子の声が、そう訊ねてきた。


 じゃあゆっくり飛んであげる。


 繋がれた手の先に、一体のロボットがいた。


 丸みを帯びた卵型のボディ、印象的な乳白色の塗装。そこから発せられるキーンという重力掃除機みたいな高音が、大気を震わせていた。腕部は陶器の皿を思わせる流線型で、ちゃんと握っていないと滑って落ちてしまいそうだった。


 わたしはリリィよ。型番のはじめがLLだからリリィ。わたしのマスターがそう呼んでくれたの。もういなくなっちゃったんだけど……あなたのお名前は?


 ボクには名前なんかなかった。


 型番ならあった。J0i-T852-996447。【マスター】はただボクのことを、おい、だとかおまえ、だとか呼ぶだけだ。ボクもそう理解している。


 こんな役に立たないロボットに名前なんて必要なかった。


 それをリリィと名乗るロボットに伝えた。


 ふうん、変わっているのね。あなたもあなたのマスターも。そうだ、じゃあ、わたしが名前をつけてあげる。ジェイゼロアイ、じゃあちょっと飾り気がないし、なにより呼びにくいもの。……ジョイ、っていうのはどう? そうね、それがいいわ。よろしくね、ジョイ。


 リリィはそう言った。まるで飛び跳ねるような声だった。

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