ep.14 思い出の方から殴り込みにくる

 昭和のいつか。どこかにある高校。季節は夏の終わり。 


「スクール水着最高だな」

「ああ……酒巻、お前に初めて同意だ」


 俺たちは近場の商業高校のグランドにいる。正確にはそこに大急ぎで建設されたプレハブの仮設校舎。二階だからプールを見下ろせる素晴らしい環境だ。うちの高校にはプール無かったからな!


 自習の時間、俺と酒巻は水泳の授業を受けてる商業高校の女生徒達を堪能……いや監視中だ。水難事故を未然に防ぐためだぞ!

 俺たちが通ってた学校は封鎖区域となり、二十四時間体制で警察官が張り付いている。


「◯◯、マスコミはどうだ?」

「相変わらずだ。しつこいぜ」


 あの事件の警察発表は次のようになった。

『地盤が沈下して地中へ崩落した高校。救助に入った警官一名が、生徒を保護中に崩れてきた校舎の下敷きになり、殉職。生徒も死亡』


「多分テレビ局のやつだと思うけど、うちの親にしつこくアタックしてるよ」

「近所のおばちゃん連中が黙っててくれるのが助かるわ」


 俺たちは『隠蔽だ!警察の闇だ!』と騒ぐ気はさらさら無い。錯乱して襲ってきた生徒への正当防衛。

 だが高校生を射殺したとあってはマスコミがどれだけ騒ぐか容易に想像つく。あいつら国家に対しちゃ言いたい放題だからな。


「県大会への参加は無し、文化祭も体育祭も無し」

「サッカー部は商業と合同練習だろ?」

「まあな。お前ら陸上部は無しか」

「元々あってないようなものだったからな。それより文化祭が無くなったのが辛い」

「修学旅行も中止だしなぁ」


 俺たちは全員誓約書に署名と捺印。もう一生誰にも喋ることは出来ない。頼まれたって言わないけど。

 そのおかげで俺と飯田奈美、佐藤優子、黒瀬瑛子に対する事情聴取はあっさり終わった。

 警官の高橋さん達に保護されてた点も大きい。俺たちが正気だったのも他の生徒と接触無かったからと判断されたんだろう。実際その通りだし。


 加藤弥生も酒巻も意識を取り戻し、互いの生還を喜び合った。瑛子に確認したら『酒巻先輩と加藤先輩、二人とも本人です』だそうだ。おお!神様!あ、瑛子がそうだったな。


 そんなある日。


「まあまあ!優子さんのお友達!いらっしゃい。さぁさぁ中へ入って!」

「◯◯です」

「飯田と言います」

「黒瀬瑛子です」

「まあ!礼儀正しい人達だこと!どうぞ!」


 俺たちは佐藤優子の家へお邪魔することにした。今後のことを話し合うためだ。


「お母さん、飲み物とかは私がするから、部屋には入らないでね?」

「ものすごく歓迎されてる……」

「もっとこう変わった人かと思ってた……」


 佐藤優子を吸血鬼と知って養子に迎え、尚且つたまに血を提供するという養父母。会ってみるとお母さんは明るく溌剌としたただのおばさんだった。佐藤が友達を連れてきたというのがよほど嬉しいんだろうな。


「何を想像してたの……あなた達」

「そりゃあ何かこう邪教徒みたいなものかと」

「◯◯君、随分と失礼ね」

「ごめん!色々想像し過ぎてた!」


 佐藤優子の部屋はあっさりとした普通の部屋だった。


「女の子の部屋は初めて?」

「そうじゃないけど、普通なんだなって」

「次に何を言うかわかっちゃったみたい」

「いやいや!蝙蝠はいないの?とか言わないから」

「はいはい。さ、始めましょう」

「おう。ただの推理大会だけどな」

「その前に飲み物持ってくるわね?」

「ありがたくいただきます」


 アイスコーヒーに高級そうなアイスクリームが出される。

 俺たちは今回のことを整理しながら、今後何をすべきか話し合うために集まったのだ。

 別にたいしたことじゃない。でも同級生やら悪友が何かされるのは防ぎたい。


 仮設校舎は狭いし、商業の校舎じゃ目立ちすぎる。じゃあ誰かの家となって。

 まず俺の家は絶対NG。女子三人なんて連れて行ったら……。うちの母親は親戚中に電話して、近所に回覧板を回して……いかん、想像しただけなのに頭痛がしてきた。

 飯田の家もNGだ。同族以外は遠ざけてるだろう。しかも匂いテレパシーで心を丸裸にされるのは遠慮したい。

 瑛子は……あの祠が家だしな。


 Q・あの穴、階段の先にある洞窟は何だったのか?

 A・わからん。佐藤優子の話から伝承にある『迷ひ家』みたいな異空間ではないか。はっきりしてるのはこの世との接続が任意でON OFF可能で何者かがやっているってこと。あれが自然現象だったらお手上げだ。


 Q・あの寄生虫は何か?

 A・瑛子の『真っ当な生き物ではなく、式神に近い感覚がした』という感想から、ラジコンの受信装置みたいなものではないか。要は遠隔操作の為のもの。

 瑛子の力を宿した木刀で無効化されたことから、その手の不思議パワーが動力と思われる。


 Q・何をしたかったのか?

 A・わからん。侵略にしては小規模、実験とか偵察だとするなら派手にやり過ぎ。飯田の嗅覚では、生徒達、警官達以外の匂いはなかったとのこと。つまりあの場に第三者はいなかった。


「あーっ!さっぱりわからん」

「他の国ではどうなのかしらね」

「佐藤さん、外国にいる知り合い吸血鬼はいないの?」

「いるかもしれないけど、私はこの国から出たことないから」

「やはり海を渡れないとか?」

「わざとでしょ?そんな設定ないわよ。そうねぇ国を渡る人もいると思うわ。少なくとも私はこの国にいる同族としか会ったことないわね」

「その後、寄生虫が取り憑いてる奴には出会ってないか?飯田」

「うん。あの時一回だけ」

「あそこへもう一度入ることも出来ないのがなぁ」


 何故か佐藤も瑛子も再びあの地下へ行くことが出来なくなっていた。飯田も行けない。


「なーんか迂闊なことやらかしたって感じがしっくりくるか?」

「どう言うこと?」

「飯田、万全の準備であれだけのことをしたって感じじゃなかったと思わないか?」

「あ、言われてみれば」

「先走ったのがいて、それで失敗した……そんなとこじゃないかって思うんだ。知らんけど」


 佐藤、飯田、瑛子の三人がイレギュラーだったのはわかる。それにしてはお粗末すぎる気がしてしょうがない。目的が侵略とは限らないが。


「おかわり持ってくるわ。母が色々お出ししなさいってうるさいのよ」

「お母さんにお構いなくって言っておいて」

「それは無理でしょうね」


 次はオレンジジュースにメロン、スイカ、マスカットのフルーツ盛り合わせ。大盛りだ。


「佐藤さん、ここに誰か連れてきたことは?」

「ないわよ」

「お母さんの歓迎ぶりがすごいんだけど」

「色々聞かれる前に、私のこと知ってる人達だって伝えたからよ」

「ほぉ……」


 あのお母さん、佐藤が可愛くて仕方ないんだろう。そして心配していたわけだ。


「私の同族がこういう斡旋をしてるのよ。里親になる人に伝えた上で交渉する。養父母はね、娘さんを幼い頃に亡くしてるから」


 重い話になった。俺は親になったことはないから、当事者の気持ちを完全にわかるとは言えないが、それでもある程度はわかる。子を失うのは辛いよな。母親は特に。


「じゃあ家では良き娘さんやってるんだな」

「まぁね。私も居場所をもらってるわけだし、その辺は弁えてる」

「佐藤さん、ええ子や……」

「ちょっと気持ち悪いわよ?◯◯君」

「なんで?素直にそう思うよ」

「……」


 佐藤優子、照れてるな。


「お兄ちゃん、そいつにだけさん付けだよね」

「瑛子、年上には敬意を払う、それが日本人の美徳だ。それに日本史のことで教えてほしいこともあるし。佐藤さんが当時その現場にいたとは限らないけどな」

「◯◯君、そう言うの好きだよね」

「飯田、歴史の謎も立派なロマンだぞ。まさに日本の生き証人なのだ、佐藤さんは」


「◯◯君の聞きたいような歴史的事件、どれも見たことないわよ。どうせ本能寺のこととか知りたいんでしょう?」

「そうそう」

「ただの町娘だった私が知ってると思う?織田信長も明智光秀にも会ったことすらないのよ。◯◯君だって総理大臣に会ったことないでしょう?」

「あーうん。ない。そうだよね」


 俺の『日本史の真相に迫る!生き証人にインタビュー』計画は見事にボツになった。


「真面目な話。街であの寄生虫入りの人間を見つけた場合。どうしたものか」

「あら?私、今度は後をつけてみるつもりよ」

「不思議パワー使われたら佐藤さんもどうなるかわからないよ?やめやめ」

「ふふっ。心配してくれるの?」

「未知の相手だから。建物をそのまま地下に落としたり、変な空間へ繋げたりする相手。迂闊に手を出さない方がいいと思うけどなぁ。飯田にも言ってるからな」

「う、うん。私の場合はそうなったら家族が気付くから少しは安心、かな?」

「どういうこと?」

「私達はね、繋がってるの。どんなに距離が離れても互いがわかるんだ」

「それは確かに心強いけど、飯田が何か危険な目にあったとして、家族はそんなすぐに駆けつけられないだろう?」

「……うん、そうだね。どんなに急いでも限界はあるかな」

「瑛子が一番心配だわ」

「心配してくれるの?嬉しい……」

「いやいや、瑛子の身体能力は普通の女子高生だろう?物理で来られたらやばいやん」

「あーそうね。でも私には神力があるから」

「はいはーい質問!海を二つに割る、山の形を変える、一つの都市の人間全員を塩の柱に変える、ど・れ・が・出来るか答えたまえ、瑛子くん」

「お兄ちゃん……その質問意地悪すぎない?」

「そういうこと。お前もさ、慢心するなよ。どんなのが向こうにいるかわからないだろう?この世にいるすべての神様に勝てるぐらいなら話は別だけど」

「うん、わかった」

「◯◯君は蛇神さんには優しいのね」

「佐藤さん、この子はさ、小さい頃よく懐いてくれてさ。俺にとってはあの頃の“べこちゃん”のままなんだ。心配もするさ」

「お熱いこと」

「そういう対象じゃないって」 

「お兄ちゃんひどい」

「年上が好きなの俺は!」

「でも◯◯君……鈴木先輩は……」

「飯田、ストップ。女子はほんま恋愛ゴシップ好きだよなー」


 あのことについては話したくないな。出来れば忘れたいのに絶対そうさせてはくれない出来事の思い出。美しくもなく、楽しくもない思い出。


 その思い出の方から殴り込みにくるなんて思いもしなかった夏の終わり。


 楽しい思い出を一生に作る彼女が欲しい。

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