ep.13 地下の格闘
昭和のいつか。どこかにある高校。季節は夏。
階段を降りる。俺が持つ懐中電灯の光が吸い込まれるような暗闇。
俺たちの足音が響く、それ以外には音はない。
「えっと聞いていい?飯田は前に嗅覚と聴覚で視えるって言ったよな?佐藤さんと瑛子は暗闇ってどうなの?」
「私は人とそんなに変わらないわよ。血の匂いがすればわかるだけ」
「気配はわかるけど、はっきり視えるまではいかないよ、お兄ちゃん」
「なら飯田が頼りか。すまんけど頼むよ」
「うん」
どれぐらい降りただろうか。やがて石畳の道になった。壁も石造りだ。
「明らかに人の手が入ってる……」
怖さを紛らわすために話し続けるしかない俺。
「◯◯君、三十メートルぐらい?先から人の匂いがする。十人ぐらいかな。感情が無いよ。それと右の部屋?みたいなところにお巡りさん達がいる」
「了解だ。お迎えが来たぜ」
現れた。
懐中電灯に浮かび上がる高校の制服。白いシャツやブラウスに血痕。
撃たれた時のものか警官の返り血か。
全部で十人。一人足りないな。
加藤と酒巻がいたことに内心ホッとする。が、彼らに表情は無い。
瑛子の神様パワーが宿った木刀を握る手に力が入る。
「瑛子は一番後ろへ!」
走ってきた。
「かかってこいやあ!」
木刀をとにかく振り回す。
「おらあぁぁぁぁ!」
ん?んんん?なんだ?
「◯◯君、下がって!」
横を抜けていく飯田の姿に一瞬気を取られる。
まるで西洋甲冑だった。フォルムの変わった頭、体操服から見える腕も、ブルマーから伸びる足もまるで鎧だ。肌色の。
いきなり三人相手に格闘を始めた。繰り出す動きが速い。速すぎる!
「私、あまり力はないんだけどね」
左からは佐藤優子が前に出る。彼女は……合気道みたいに、生徒達を軽々といなしていく。
まるで踊っているようだ。
「このおぉぉぉぉ!」
俺も前へ出る。
が、彼らの動きがおかしい。
「逃げるなぁぁぁぁ!」
俺、いや木刀を怖がるように避けるのだ。近寄ってもこない。
「来いやぁぁぁぁ!」
片手持ちに変え、振り回す。その一撃が一人の男子生徒に当たった途端、彼は糸の切れた操り人形みたいに膝をつき崩れ落ちる。
「??神様パワー?!」
なんか知らんがこの木刀を当てたら無力化出来る!
よし次!
「おぐっ」
木刀を持つ右手を蹴られた。痛え!加藤だ。木刀を落としてしまう。続いて脇腹を蹴られる。
「ごふっ」
「◯◯君!」
「お兄ちゃん!」
蹴り飛ばされた。
痛えぇ!これ肋(あばら)折れたわ!胸の奥に響く激痛。
すぐに飯田が俺を庇うように入ってきて加藤を組み伏せる。
俺は木刀を左手で拾い、加藤へ当てると彼女は気を失ったように動かなくなった。
「この木刀が効くぞ!俺に集めてくれ……痛てて!」
「わかった!」
大声出しても脇腹が痛む。
飯田と佐藤が俺がやりやすいように次々と生徒達を捌いていく。
俺はそのまま木刀を触れさせていく。
反撃も喰らう。
顔を殴られた。目に火花が飛ぶのはガキの頃以来だ。
「痛えな!」
木刀をフルスイング。殴ってきた生徒の顔にクリーンヒット。
「痛たたた……」
また脇腹が痛む。
次は低い姿勢で突っ込んできた。
送りバントの姿勢で木刀を構える。
よし!引っかかった!
酒巻が来た。飯田に蹴飛ばされ、足をもつれさせながら。
俺は低く構え足を狙う。
佐藤が華麗な動きでひっくり返した生徒に当てる。
もう俺たち以外に立ってる者はいない。
「はぁっはぁっ、ぜっ、全員やったな」
「こっち!」
「え、瑛子の神様パワーって、も、もしかして寄生虫に効くのか」
「確信ないけど、明らかに避けてたし、触れたらああなったから……多分」
俺たちは部屋状になった場所に走る。
そこには警官五人、一人の生徒が寝かされていた。
「こ、これ」
顔色見て悟った。
婆ちゃんの葬式で見た顔色。
寝かされている生徒と首に傷がある警官。
……二人とも死んでいる。
そう。
死んだんだ。
生徒は知らない顔。
一年生か三年生。
瑛子が手を翳し、その後両手を広げ、優しい顔で見上げてこう言った。
「二人の魂は送った。ちゃんと環に戻したから」
念の為警官達の身体に木刀を当てていく。
「もしもし!起きて!」
順に身体を揺する。元の姿に戻った飯田も佐藤も瑛子も。
頼む起きてくれ!
「う……ん……」
高橋って名前の警官が目を覚ました。
「高橋さん!」
「……君は……さっきの?」
「はい!起きられますか?」
他の警官達も目を覚ます。
「自分たちは……」
「俺たちがここに来た時は寝かされてました。外には生徒達も」
「そうかい……!山本!おい!それとこの生徒は?」
「俺たちが来た時にはもう……」
高橋さんが脈を見たり瞼を開けて確認。
「……山本……」
「まずはここを出ましょう」
「あ、ああそうだね」
瑛子に目配せする。頷く瑛子。良かった、高橋さんは元のままだ。
生徒達の何人かも意識が戻り、亡くなった二人、未だ目覚めない生徒を手分けして担ぐ。
「この階段は……」
「高橋さん達が向かった教室の穴から降りてきたんです」
「あぁそうだ。狂ったように襲ってくる生徒達に発砲して……あれは何だったんだ。薬物中毒のようだったけど」
高橋さんは独り言を呟きながら、同僚の遺体を背負って歩き続ける。
佐藤が耳打ちしてきた。
「また繋がった」
理由なんてわからない。はっきりしたのは外へ出られる、その事実。
でも素直に喜べそうにない。
人が死ぬ。その現場に直面した俺は、折れたあばらと加藤に蹴られた右腕の痛みを堪えて歩くことしか出来ない。何も出来ない。身体も心も重い。
教室に上がったところで高橋さんが無線を使い応援要請。それからたくさんの警官がやって来て俺たちを外へ連れ出してくれた。
二日ぶりの太陽。夏の陽射しと蒸し暑い空気が現実へ帰ったという事実を感じさせてくれた。
外にも大勢の警官。俺たちをブルーシートで囲み手際よく救急車に乗せてくれた。マスコミがうるさい。黙れよ。
俺を乗せてくれた救急隊員が俺の名前や年齢を訊きとった後、一人の警官が俺に
「もう大丈夫だ」
「……はい」
「安心していいよ」
と眩しい笑顔で励ましてくれた。目がぼやけてその姿が見えにくくなったけど、泣いてないぞ。
こんな時慰めてくれる彼女が欲しい。
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