ep.12 地下
昭和のいつか。どこかにある高校。季節は夏。
俺たちの高校は屋上へは上がることは許されていない。屋上に至る階段を登り切るとそこには鉄の扉。常に施錠されている。
「繋がったわ。今、地上と」
「佐藤さん、それは……」
「外の空気が流れてきてるわね」
「……うん、わかる。ここの不自然さが消えた」
「ちょっと見てくるね」
佐藤優子と黒瀬瑛子、同時に姿が消える。
しばらくして戻ってきた。
「警察、マスコミ、野次馬、パトカー、消防車に救急車。警察の偉いさんの話だと、校舎の中に誰もいないから大騒ぎ。『何故見つからないのか』って。帰宅してない生徒は十五人。私たち含めて、ね」
「屋上だけ地上に出てるから、あの扉を焼き切って警官が何人か入ってたよ、お兄ちゃん」
ここに沈んでから屋上からは誰も来てない。加藤、酒巻以外の生徒もいなかった。このズレ、上の校舎が『虚像』、こっちが『実像』みたいなものだろうか。
とりあえず格技場を出る。三階あたりで懐中電灯の光が忙しなく動いてる。そして二階へ。一階へ降りてきた。あの穴がある教室は電気つけっぱなしだったならそういえば。
俺が持つ懐中電灯と格技場の明かりが見えたのだろう。二人の警官が走ってきた。
「君たち!無事か?!」
「はい、大丈夫です!」
飯田が力強く応える。スポーツ系女子、後は頼む。
「ここにいるのは君たちだけかい?」
「はい……」
酒巻と加藤よ、中身はどうあれ無事でいてくれ。
「こちら高橋、現地本部どうぞ」
『こち……地本部…………どうぞ……』
「感が悪いな」
無線が雑音だらけだ。
「生徒四名を保護。どうぞ」
「………………」
「ここじゃだめだ」
「高橋、先にこの子達を連れて行こう」
「そうだな。君たち、怪我はないかな?歩けるかい?」
「大丈夫です」
「君は木刀なんて持ってどうした?」
「あ……あのですね、焚き付けにしようかと」
「焚き付け?」
「あそこの部室で米と飯盒見つけたから飯でも炊こうかと。腹減っちゃったんで……」
我ながら苦しい言い訳。俺、アドリブ全くダメだな。
「そうか。食べ盛りが二日、腹減るよね」
この警官はいい人だ!
「それにしても……電気が通ってるのか……」
「そうなんです。何故か水道も使えます」
明朗快活に受け答えする飯田に任せとく。
するとその時。
机や椅子が派手に音を立て、ガラスが割れる音が続く。
怒号。
警官らしき声も聞こえてきた。
「君たち!落ち着け!」
「こらっ暴れないで!」
大きな音、何か重いものが倒れる音。
「ぐあっ」
最初、爆竹の音だと思った。
続いて鳴り響く破裂音。
叫び声。
酒巻と加藤が消えた、あの大穴が開いてた教室で。
「君たちはここを動かないように!おい行こう」
二人の警官が急いで教室に向かう。
加藤や酒巻、あいつらだ。
窓の曇りガラスに映る人影。激しく動いてるのがわかる。
「ちょっと待ってて」
佐藤優子が消えた。
暫くしてさっきまでの騒ぎが嘘のように静かになった。
自然と教室へ足が向かう。
足の踏み場もないぐらい散乱した机や椅子、割れたガラス。警官の制帽も散らばってる。
誰もいない。
血痕があちこちに。
「◯◯君、何人もの体臭が……加藤さんや酒巻君、他の人も……加藤さん達、殺意の匂いがしない……お巡りさん達の驚きと恐怖の匂いはすごいのに……」
「佐藤さん、何を見た」
「警官は五人、生徒も五人。さすがは警官ね、加藤さん達を押さえつけてたけど、一人が喉を食いちぎられたのをきっかけに大乱闘。それからは……聞こえたでしょう?拳銃を撃ってた。でも生徒達は当たっても気にせず襲いかかってたわ。その後倒れた警官を背負って穴の中に飛び込んでおしまい」
「…………」
穴の方を見ると前より広がってるし、ただの穴から階段状に変化していた。血の跡が点々と続いてる。
「お兄ちゃん、誰も死んでないよ。魂がここに見えない」
「そっか」
安堵感が大きい。
目的は警察官?
校舎内へ入れるようにして誘い込む。まず入ってくるのは警官か消防士。そして拉致。あの寄生虫を仕込んで……返す?わからん。もし警官達があのパワーで襲ってきたら加藤達の比じゃない。モンスター映画や特撮番組で警官は大抵やられ役として描かれるが、そのイメージは大嘘だ。実際の警官はヤワじゃないぞ。機動隊はもっと厳つくて強い。
「また閉じ込めらたわね」
佐藤優子が呟く。
親は心配……いや、してないな。あの国民栄誉賞もらえるぐらい楽観的な両親なら。
「そういや皆の親御さんは心配してるだろう?」
「それはないわね。養子として迎え入れてくれた養父母は私の正体を知ってるし」
「ええっ!」
「そういう人もたまにいるのよ。血も少しだけもらってる。若くないからちょっとだけ」
吸血鬼だと知った上で娘として扱ってくれる上に献血まで……いるんだな。世の中広い。
「私の親も大丈夫だと思う」
「そうなのか……。飯田の家は、まあそうか」
「私も。肉体としては親子だけど母親と娘って関係じゃないから」
「瑛子、それ薄情過ぎないか?」
「自分の娘が何なのかちゃんと知ってるってことよ」
三人の事情がわかり、そこは一安心。
だが。ここからは何一つ安心出来ない。
「階段になってるってことは明らかに誘ってる。上等だ。ご期待に応えて行ってやろうじゃないか」
急がないとあの寄生虫を入れられる。
「勇ましいわねぇ。◯◯君、そんな人だった?」
「そりゃ怖いよ、俺はただの高校生だもん。怖いけど加藤も酒巻も助けたい。他の助けは期待出来ないし。目の前で同級生や友達がやばくなったのに、それを傍観する選択肢は無い」
「お兄ちゃんは守るから」
「わ、私も……」
「すまん、手を貸してくれ。俺一人じゃ、多分返り討ちだろうし。佐藤さん、あんたはどうする?」
「行くに決まってるでしょ。私を何だと思ってるの」
「あっハイ、スミマセン……」
こうして俺たちは軽く食事をとると穴の中へと進んだ。
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