ep.11 さらなる異変
昭和のいつか。どこかにある高校。季節は夏。
……寝られない。
周りに女子三人。これで普通に寝られる高校生男子がいたら名乗り出てほしい。すぐに代わってもらいたい。
「寝られないようね」
「……佐藤さん、話しかけられたら余計に」
「少しお話ししましょう?そうすれば眠くなるわ」
「まぁ……いいけど。おい瑛子、大人しくしてくれ、頼む」
「……うん」
瑛子は素直なところが美徳だな。
「◯◯君は……私が怖くない?」
「え?そりゃあ……まあ吸血鬼伯爵の映画がトラウマなのはほんと」
「最初から落ち着いてたわよね?」
「そんなことはないよ」
あの時は驚きの方が強かっただけだ。
「暴れないようにね、鎮静剤みたいな成分が含まれてるのよ、私たちの唾液には」
「え?前にそんなの無いって」
「あの時はまるで蚊みたいに言うから」
「……そ、そりゃあ例えるなら蚊が一番わかりやすいかと……はいごめんなさい」
「それでも取り乱すのよ、大抵の人は」
「今までどうやってたの?」
「自分の生活圏から遠く離れた人が対象ね」
「まぁ身の安全考えたらそうなるか」
「首に何も跡が残らないようにしてるし」
「確かに」
これは前から不思議だった。
「組織再生もするからね」
「またしてもトンデモ能力。アブみたいに齧り付くタイプでなくて良かったです、はい」
「口調がおかしくない?」
「俺はさ、年上には敬意を持って」
「それ以上言ったら……」
「はいスミマセン」
「意思疎通出来るって言うか、佐藤さんはあれに比べたら全然怖くないかな」
「あれって?」
「“宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない”ってCMしてた映画」
「そのCMあったわね」
「あれに出てくるモンスターは怖かったなぁ。昆虫みたいに生存本能と種の保存本能だけで次々と人間を餌にして増えていく……」
「◯◯君の好きそうな映画ね」
「ストーリーはさ」
俺は大ヒットした映画について話していく。身振り手振り効果音付きで。モノマネなら任せてくれ。
「前に教えてくれたのも怖かったけど、それも怖い」
「腹を突き破ってケケケケーッって飛び出すのが、それはもう」
「私も……それ観てない……男子は好きだよね、ああいうの」
「飯田も観てないのか……まっ当然だな女子はSF興味ないから。あのモンスターは意思疎通どころか、それこそ種の存亡かけて戦う敵。そんなのは怖いと思うよ」
「そうなのね。そんなこと言う人、◯◯君が初めて」
「佐藤さんは血を吸う癖がある女子高生。それで問題なし。あ!佐藤さんの容姿があのモンスターみたいだったら俺はションベン漏らす自信ある」
「お兄ちゃんは化け物に寛容すぎるよ」
「瑛子……それ言い過ぎ」
「蛇は口が悪いわねぇ」
「うるさい」
瑛子、元々は蛇だったのか。金運良さそう。
「瑛子落ち着いて。ここで不仲はまずい。仲良くしろとは言わんが、もうちょっと手加減頼む」
「……わかった」
わけわからん寄生虫、その背後に何者かがいるのは間違いないと思うんだけどな。世界中で建物をこんな風に地中へ沈めて、何かやろうとしてるのは確定だろう。あの寄生虫にそんなこと出来ないと思うし。
「質が悪いのはあの寄生虫、人を乗っ取る。そいつと親しい人は攻撃できないことなんだよなぁ」
これまた大ヒットしたゾンビ映画を思い出す。親しい人間が襲ってきたとして、それを受け入れられないまま犠牲になるのは容易に想像出来る。
気持ちの切り替えなんてそうそう出来ないのだ、それが人間。
「乗っ取り対象をそっくり真似て、自然に溶け込んでたら人類終わりだよ」
「あら、血の匂いでわかるよ?」
「私も……匂いで」
「魂を見たらすぐわかるよ、お兄ちゃん」
「はいはい。君らは特例ということで。普通の人間にそれは無理無理」
水面下であの寄生虫を人類にばら撒いてたら侵略は簡単だろうに、ここに来て大胆な手段に出たということは……何かそうせざるを得ないことがあったんだ……で、眠りに落ちた。
「おはよう。◯◯君。起きて」
「どわあっ」
「ご、ごめん」
「……あ、いや飯田、そうじゃない。俺、子どもの頃から一人で寝てたんだ。だから誰かに起こされる経験がないんで……びっくりしただけ……」
佐藤も瑛子も俺を覗き込んでた。
「お寝坊さんね」
「お兄ちゃんの寝顔、可愛かったです」
「あーみんな、おはよう。何かあった?」
「うん、外見て」
「外?」
俺たちの教室がある棟は渡り廊下で繋がった職員室がある棟、反対側には体育館があるが、その体育館、隣接する格技場がある。
窓から覗くと昨夜まで土の壁しかなかったのに、体育館と格技場が見えるじゃないか。
「増えてるのか……」
「お兄ちゃん、私、全く気づかなかった」
「それ、怖いな……」
「格技場があるならちょうど良かった。ちょっと行ってくる」
佐藤優子が立ち上がる。
「何があるの?」
「知らないの?私は弓道部」
「弓道部?知らんかった……」
「去年は◯◯君が真面目に部活するのが見えてたわよ」
「あー」
弓道部の練習場は格技場の裏にあり、ネットと植木でグランドからは見えにくい。
「何かの役にたつかもしれないでしょ?」
「そりゃまぁ」
「体育館があるならシャワーが使える……」
「あ、あったな!そう言えば」
俺たち陸上部男子は使ったことない。家に帰る方が早いのだ。
「とりあえず行ってみるか」
一階へ降りた俺たちはさらに驚くことになる。
加藤と酒巻を寝かせておいた教室。そこの床に大きな穴。二人とも消えてる。
投げ込んだ黒板消しやチョークがいつまで経っても底に届いた音がしないので、この穴は恐ろしく深い。
「なんなんだこれ……」
「私、行ってみようか?」
「飯田、やめとこう。ヤバすぎる。とりあえずここは保留で。対策立ててから二人を探そう」
体育館。ここも電気が通ってる。照明が点くと眩しいぐらいに明るくなった。
「何か武器になりそうなもの……あ!懐中電灯発見と」
「◯◯君、先にシャワー使いたいの」
「あそうか、女子だもんな。どうぞどうぞ」
「タオル取ってくるね」
瑛子の姿が一瞬消え、再び現れると手にはスポーツバッグ。佐藤もそれに続く。
「私のはバスケ部の部室に置いてるから取ってくる」
飯田は走っていく。女子がシャワー浴びてる間に、俺は色々物色しておくことにした。
「体育館なら……あ、マットがあるな」
マットもゴツゴツしているが、体操服を敷いた床よりは寝心地いいはず。教室よりこっちの方が住み心地は良さげだ。
体育館から隣の格技場へ。剣道部の部室には木刀があった。五本。竹刀よりは安心感が高い。
体育館へ戻ると女子達はシャワー室から出て、髪をタオルで乾かしていた。うーん三人とも色っぽい。見惚れてしまうな。おっと。飯田の頬が紅くなってモジモジし始めたぞ。
……彼女のいるところでは俺の心丸見えなのを思い出し、慌てて違うことを考える。
「木刀があったから、飯田と瑛子も使ってくれ」
「あ……うん」
「お兄ちゃん、私ね、いいこと出来るよ」
「いいこと?」
瑛子が木刀の前に立ち、手を翳す。
「これで大丈夫」
「今の何したんだ?」
「邪を払う力を与えたの。あの寄生虫には効くはず。それに簡単には折れないようにしたよ」
おお不思議パワー!神通力ってやつか!ありがたや。
「私の神力じゃこれぐらいだけどね」
「俺、もっともっと瑛子を崇めるわ」
手を合わせる。
「わ、私も」
飯田も手を合わせる。
「仲間外れはごめんだわ」
佐藤も手を合わせた。
「どうだ?瑛子」
「うん……伝わるよ」
よし!これからは瑛子様だな。
「お兄ちゃんと契ればもっと力は上がるけど……」
「それは高校生の俺には刺激が強すぎるから無し!やめやめやめ」
いかん。妙な妄想が!
「◯◯君……」
「飯田!鼻を塞いでくれー」
佐藤は笑みを浮かべて意味ありげな視線を俺に向けてくる。
「俺も健康な青少年だ!仕方ないだろうっ」
「ふふ。何も思わないわよ。◯◯君、可愛いなって」
「近所のおばちゃん目線はご遠慮願います」
「失礼ねぇ。ま、いいわ。弓、取ってくるわね」
「俺って弓使えるかな、練習すれば」
「まともに前へ射ることが出来るのに、そうね半日はかかるわよ」
「素人の付け焼き刃はやめとくか。下手して味方に当てたら危険だな。支援射撃は佐藤さんに任せることにするよ」
「賢明ね。今なら人のふりしなくていいから、期待していいよ」
吸血鬼パワーか。頼もしいな。
弓や木刀で全て何とかなるとは思わないが、少なくとも心の拠り所にはなる。
「それとさ、マットがあるからここを拠点にしないか?広いし」
「異論はないわよ」
「いいと思う」
「がらんとしてるから、虫も見つけやすいよ」
「なら決まりだな。後は食べ物がなぁ」
「私は血が貰えたら人よりはずっと平気よ」
さすが省燃費型吸血鬼。
「ここと格技場の各部室を探してみよう」
結果。柔道部、空手部、剣道部、古武術部の部室からけっこうなものが数多く見つかった。
「あの人たち、よく食べてたわね」
「うん。合宿する時に備えてるって言ってた」
「カップラーメン、袋ラーメン、米、味噌、調味料、飯盒、ヤカン、鍋、どんぶり、電熱器、湯沸かしポット、冷蔵庫、小さいテレビに寝袋やテントまである。俺ら陸上部とは全然違うな……」
「お兄ちゃん、私聞いたことある。昔ワンダーフォーゲル部があったけど、遭難事故で廃部。その備品を武道系の部が貰ったって」
「弓道部にも?」
「うちは歴史が浅いからね。その手のものはないわね」
「まぁ何にしても助かった。米なんて当分あるんじゃないか」
懸案の一つが解決。気になるのは地上のこと。地下へ崩落した範囲が広がったってこと。
大騒ぎになってるはずだ。
「あ……」
佐藤が驚いたように上を見上げる。
「何?どうした?」
「繋がったわ。今、地上と」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます