ep.2 二人目 飯田奈美 前編

 昭和のいつか。どこかにある高校。季節は春。


 実は吸血鬼だった佐藤優子との衝撃体験から二週間。今日は雨。サッカー部やテニス部がずぶ濡れになるのも厭わず練習してるのを見るたびに『おうおうご苦労さん』と心の中で呟く。

 実は俺、陸上部に在籍している。二年になってからは出てない。当初の目的『体力をつけること』は達成したからだ。いいじゃん?そんな動機でも。


 それより読書が忙しいんだ。中学時代は図書室にあるSF、ミステリーは全て読み尽くした。高校の図書室は蔵書が多い上にフロイトあたりにも興味持ったから、読むものに困ることはない。現代小説、第二次世界大戦の資料本、エッセイあたりにも手を出していた。


 いつものように昼の休憩時間、夢中になって読んでいると不意に隣の席に座る飯田奈美が話しかけてきた。


「◯◯君、何読んでるの?」

「これ?SFだよ。久しぶりに現れた日本の女性作家のやつ」

「面白い?」

「すごく」


 飯田奈美は小学校でも隣の席だった、六年の時。彼女との相合傘が黒板の隅に落書きされる。別に彼女が嫌いってわけでもないがそういう対象でもない、これは飯田も同じだろう。小学生にありがちな『カップルに仕立てて揶揄う』ターゲットにされただけの話。多分。


 中学に入ってから飯田はおそらく校内で一番成長した。

 胸が。ボインだ。それに虜になった男子は多かった。

 顔は可愛らしいのに、実はスポーツ万能女子ってギャップも良かったんだろう、知らんけど。


 俺はなだらかな胸が好みだったので、ボインは好きではなく、むしろ気色悪いと感じてた。すまん飯田。

 だってな?飯田が走ってたりするだろ?そうしたらな、まるで胸は飯田と別の意思を持ってるかのように上下左右に動くんだぜ?生き物みたいに。 


 中学では一緒のクラスになることもなかったし、当時の俺は『女子と気軽に口をきけるかよ』という思春期独特のアレがあったので飯田だけでなくほとんどの女子と会話すらしなかった。

 高校になって肩の力も抜けて、気軽に女子と話すようになった俺。今では飯田とよく話す間柄だ。


「佐藤優子さんと……仲良いよね?」

「はあ?」


 あれから二回ほど保健室で献血しただけで、他の接点は無いんだよなぁ。


「それ、どこから出た話?俺が好きなのは鈴木くんだけよ?」


 今は卒業していなくなった鈴木瑠美子先輩、愛称は『鈴木くん』。由来は鈴木先輩の幼馴染達が男女問わず彼女を『鈴木くん』呼びしてたのをそのまま採用しただけ。俺もOKもらえた。

 そんでもって俺は『鈴木くんは俺のアイドル』と公言していた。クラス中知ってる話だ。彼女との話は別の機会にでも。


「◯◯君、鈴木先輩のこと好きってわけじゃないでしょ?」

「なんで?」

「恋をしてないってわかるし」 

「……」


 超能力者か……図星を突かれた俺は二の句が告げない。


「でも佐藤さんに恋してるわけでもないよね」

「……それは断言出来る。第一接点が無さすぎ」

「じゃ、佐藤さんの香りがするのは何故なの?」

「香り……?何それ」


 思い当たる節がある俺は動揺を最大限抑えて訊く。飯田はあれだ、警察犬だ。


「奈美〜五限は体育だよ。そろそろ行こうよ」


 飯田と仲が良い田原靖子だ。田原!ナイス!飯田は意味ありげな視線を俺に向けつつ、田原と教室を出ていく。俺は『女子の嗅覚怖いな』と思いつつ、体育の準備を始めた。


 教室へ帰ると机の中に手紙。手紙といっても女子がよく回してくる器用に小さく畳まれたーー折り紙みたいなーーものだ。


『放課後に格技場裏で待ってます』


 くあー。お手本のような女子の字。名乗れよなと思いつつ、無視したら段々と過激になるのを経験した俺は素直に従うことにした。

 放課後。

 待っていたのは飯田奈美……に瓜二つの妹と知らない女子。飯田の妹は中学時代にすごく話題になってた。有名人の姉を持つ宿命だ。


『飯田にそっくり』(当たり前だろう姉妹だし)


『胸は小さい』(俺好みの大きさだ)


『可愛い』(確かにな)


 その飯田の妹が何の用?(名前は知らん)


「◯◯君は付き合ってる人いるんですか?」

「おい……仮にも上級生を君付けか……」

「◯◯君も鈴木先輩のことを『鈴木君』って呼んでるじゃないですか』

『はぁまぁ、それ言われると……』


 いいんだよ!本人公認だし。


「質問の答えだけど、いないよ。というか呼び出してまで何故そんな質問する?。学校新聞の取材とか?」


 そんなわけないし、理由は何となく察するが敢えて訊く。


「それがわかればいいんです。来てくれてありがとうございます」


 飯田の妹とその連れはお辞儀すると足早に去っていく。なんなんだ。俺も暇人だな。


「◯◯、飯田の妹と何してたぁ?告白したのかぁ?」


 不意に後ろから声をかけられる。悪友の酒巻だ。 


「何でもないよ。そもそも俺が年上好きって知ってるだろ?お前らと違ってな」 

「本当かぁ?」

「ほんとほんと。ありえん」


 クラスの男子と好きなタイプを話し合った時、なんと俺一人だけ年上好きと発覚。全員年下が好みだったので俺は大いに驚いた。


 と、酒巻のずっと後ろ、渡り廊下付近に飯田が見えた……気がする。いたよな?

 まぁいいや、聞かれて不味いことは何もない。


 一応飯田が俺に好意を寄せている可能性を検討したが、結論は『無い』だ。

 彼女、例えば体育祭のラジオ体操をする場合、朝礼台の上で見本をしたり、水泳部がない我が校

 が市の水泳大会へ参加する際の選抜メンバーだったり、いわゆるスポーツ万能系女子。バスケ部だしな。


 俺は特に運動音痴ってわけではないが、スポーツは好きじゃない。単純に走って飛んでの遊び、身体を動かすのは大好きな子どもだったが、どうも野球とかサッカーに面白さを感じなかった。幽霊陸上部員な俺。

 こうやって比べるだけでも『ない』ってわかる。違うフィールドの住人なんだよ、お互いにね。


 飯田の妹のあれは、おそらく彼女の同級生の差金だろう。昔から年下には少しモテる。少しだけ。俺は年上が好きなのになぁ……と考えつつ、自転車置き場へ行く。自転車のカゴに封筒が入っていた。何だ今日はトラブルてんこ盛りや。


「差出人は飯田奈美さんよ」

「おわっ」


 背後にぴたりと佐藤優子が立っていた。


「驚かすなよ……。何?佐藤さん見てたの?」

「偶々ね?」

「佐藤さんさぁ、俺にあまり近寄らないでくれよ。今日、飯田に『佐藤さんの香りがする』って言われたんだぞ。何かつけてるの?香水の類い」


 俺は絶望的に鼻がきかない。父親の遺伝だと思う。


「高校生がそんなものつけるわけないでしょ」

「ならなんで……吸血鬼的な匂いとか?」

「さぁ?同族にも聞いたことないけど」

「いるのか他にも……。いかん。こんなとこ見られたら無責任なこと言いふらす奴が出る。じゃあね」


 慌てて自転車に乗り、家へ急いだ。見慣れた字でこう書いてあった。


『◯◯君へ  ごめんなさい。今夜九時に東公園まで来てくれますか?  飯田奈美』


 おい〜なんだこれ〜。まさかのまさかだよ〜。


ああ彼女が欲しい。

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