俺が通ってた高校は魔境だった

はるゆめ

ep.1 一人目 佐藤優子

 昭和のいつか。どこかにある高校。季節は春。


 俺は数学が苦手だ。

 だからサボる。

 職員室へ届けを出し、保健室へ行く。


 ラッキー!保健室担当のおばちゃん先生はいない。そろそろ怪しまれてるからなぁ。

 三つあるベッドのうち、一番奥は仕切りカーテンが閉まっている。使用中みたいだ。

 上履きの色からすると女子か。


 仕方ない、一番手前のベッドへ寝転がる。図書室から無断で持ち出した(図書委員がサボってるのが悪い)SF小説を読んでいると、仕切りカーテンの動く音。

 おや?お帰りかな?奥のベッドの女子さん。

 いきなり俺が寝ているベッドの仕切りカーテンが開かれる。

 隣のクラスの佐藤優子だ。何故知ってるかって?

 クラスは一緒になったことないけど、同じ中学校だったから。

 色白和風美人が転校してきたってことで、男子が浮き足立ってたな。


「佐藤さん?」

「何してるの?◯◯君?」


 実は彼女と会話するのは初めてだったりする。


「数学の授業が嫌すぎるからいつもこうしてサボってる」


 ん?素直過ぎる俺。何故か彼女に逆らえない。


「そう」


 そして俺のベッドに腰を下ろす。え?何故に?


「◯◯君はタバコ喫ってないね」

「タバコ?学校で喫ってるのはダサい」


 実は俺もたまに喫う。家で。学校にまで持ってきて喫わん。


 しかしこの距離感。どっちかと言うとクール系みたいに思ってた佐藤優子が妙に馴れ馴れしい。

 彼女に見つめられると何故か逆らえない俺。

 そして彼女は俺の耳元に顔を寄せる。近い。近い。

 そして囁く。


「ねぇ、◯◯君にお願いがあるんだけど?」

「……お願いとは?」

「ちょっとだけ血を吸わせて」


 言うが早いか俺の首筋に唇を寄せる佐藤優子。


「あ……やめ」


 痺れたように身体が動かせない。

 彼女の唇の感覚がすごく心地良い。

 吐息がかかるとそこが熱を持つ。

 痛くはないが血を啜られてのは分かる。

 俺の心臓から流れてきた血が彼女の中へ入っていく感覚。

 それがたまらなく気持ち良い。

 あぁこのままどうなってもいい……。


「ごちそうさま」


 ティッシュで口を拭う佐藤優子。

 俺の心臓も頭の中も一気に落ち着いてきてる

 さっきのはなんだ。なんだこれ。


「……佐藤さん、吸血鬼か何か?」

「世間じゃそう呼ぶわね」

「昼間だけど、日光平気なわけ?」


 こんな質問してる場合じゃない、もっと驚くところだろ!とは理解してるが、どういうわけか好奇心を抑えきれない。


「それは人間が物語の中で作り上げたものでしょ」

「じゃニンニクは?」

「ニンニクは匂いがキツいからあまり食べないわ」

「十字架は?」

「私ね、日本にキリスト教が来る前から住んでるのよ?」

「は……?え?それって……おばあちゃ…」


 すっと彼女の細い指で唇を押さえられる。目が怖いです、佐藤さん。


「失礼なこと言わない」

「スミマセン」


 確かキリスト教伝来は戦国時代。何百年も生きてるわけか。

 でもそんなふうには見えない。髪も肌も綺麗だし、どこからどう見ても女子高生だ。


「フィクションの吸血鬼って要は細菌のイメージでしょう?日光(紫外線)、ニンニク(殺菌効果)、流水の上を渡れない(細菌は繁殖しにくい)、なんて」

「言われてみれば」

「私は私」

「そうでっか」


 現実の吸血鬼は割と弱点無かった。そもそも弱点あるのか?


「あなたの血、美味しいね。あまり肉を食べないでしょ?」

「あーうん。肉は母親があまり好きじゃなくて、我が家の食卓にはほぼ出ないかな」

「ごめんね。ここ二年ほど吸ってなかったから。身体に力が入らなくて、最近はずっと保健室通いだったの」

「すごい省燃費」

「これからもよろしくね」

「はぁ……え?!」

「サボってること内緒にしてあげるから、ね?」

「お、おう」


 吸血鬼な女子高生、佐藤優子はひらりと立ち上がると保健室を出て行った。

 あれか?俺が逆らえなかったのって魅了なのだろうかと映画で見たシーンを思い浮かべる。


 立ち上がり鏡を見ながら首を触ってみるが、傷跡は何もない。牙を突き立てるわけでもないのか。

 子どもの頃、用水路でザリガニ捕りをしていたら、いつの間にか足にくっついてたヒル。痛みも何もなかったよなぁ。あれと同じか。


 翌日。廊下ですれ違った佐藤優子が、俺に向かって笑顔で小さく手を振る。

 俺は反応せずにいたが、クラスの井田って奴に『なんで佐藤がお前に手を振るんだよ』と詰め寄られる。


「知らんよ。見間違いだろ」


 ……と、すっとぼけるしかなかったのは後の話。

 高校二年の春、佐藤優子とのコンタクトなんて、まだまだ序の口だとは知らなかった俺。


 ああ彼女が欲しい。

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