19.きっと、幸せになれると思ってる
食事を終えるとまた遺跡を歩き回る。何度も何度も同じ場所を歩き回り、思った以上にヘトヘトになっていた。
「遺跡探索って、結構疲れるのねぇ……」
「そりゃ、これだけ同じところばかりグルグル回ってればね……トレジャーハンターの才能ないよ、筆頭」
「あら、この遺跡のほとんどを踏破したと思ったけど?」
「ぜんっぜん、まだまだ」
「本当に? 半分くらいはいった?」
「五分の一程度かな……そもそも俺も踏破できてない可能性があるし、なんとも言えない」
「ロクロウは全部回れたのかしら」
「仕掛けを見逃すようなことはしないよ、ロクロウは」
「そうよね! さすがロクロウだわ!」
「……そろそろ寝よう、さすがに疲れた」
そういうと今までアリシアの後についていたジャンは先頭に立ち、さっさと前に進むと壁を探り始めた。
そしてなにかのスイッチを見つけ、それを押す。すると隠し扉が横にスライドし、新しい部屋が姿を現した。
「む、横に開くなんて卑怯ね! これじゃあわからないわ」
「全然卑怯じゃないよ……これもよく見ればわかる」
中は薄暗い部屋だった。入るとその足元がふわりと沈み、アリシアは目を見張る。
「うわ、なぁに? これ! 変な感触の部屋だわ……」
三メートル四方ほどの小さな部屋は、一歩足を踏み入れるごとに足が沈み込む。ぐにゃぐにゃと足元が揺れ、その不思議な感触にアリシアは自然と笑顔になった。
「ここは古代コムリコッツ人のベッドルームって言われてる場所だよ。コムリコッツの遺跡には必ずと言っていいほど、このベッドルームがあるんだって言ってたな」
「それ、ロクロウが言ってたの?」
「うん」
ジャンと雷神はそんなにたくさんの話していたのだと知り、アリシアはの口元は思わず緩む。
「ジャンとロクロウは、本当に仲良しさんだったのね!」
「別に……仲良くないし」
「またまたぁ! ロクロウが好きなくせに」
「だから好きじゃないって……」
「素直じゃないわねぇ」
ジャンは「まったく」と呟きながら、不思議な床に腰を下ろし片膝を立てている。アリシアもそれに習ってお尻を床につけた。
柔らかいソファーに近いが、反発性は無く、ただの水のようにグニョリと形状が変わっていく。味わったことのない感触に、アリシアは目がキラキラと輝くのが自分でわかった。
「目の前にいない相手に、毎回負け戦だ。恨みたくなる……」
「面白いわ………」
「え?」
「これ、面白いわ!! きゃーー体が沈むーーっ!!」
アリシアはそのぐにゃぐにゃとした床に、ゴロゴロと転がった。次々と肌に当たるスベスベとした感触が、なんとも言えず気持ちいい。
「ロクロウはいつもこんなところで寝てるのね! 羨ましいわ!!」
「ずっとこういうとこで寝てると、普通のベッドが恋しくなるらしいよ」
アリシアはしばらくゴロゴロバタバタとして、ピタリと動きを止めた。そしてそのぐにょぐにょと柔らかい床を、抱きしめるようにうつ伏せになる。
(ロクロウも今頃、どこかの遺跡でこうして眠っているのかしら)
雷神が幸せそうに眠っている姿を想像して、アリシアは目を細めた。
「アリシア筆頭がロクロウのことを考えてる時って、すぐわかるな……」
「あ、あら? 顔に出ちゃってる?」
「わからない方がおかしいよ」
「ウフッ、ごめんなさいね!」
「いいんだけどね、別に……」
そう言いながら、ジャンもゴロリと仰向けに転がった。
ジャンの方の床が沈み込み、アリシアの体は自然とジャンのところへと引き寄せられる。うつ伏せだったアリシアの体は半回転し、左肩がジャンの肩に当たった。
「……腕枕でもしようか?」
そんな提案をしてくれるジャンに、アリシアはそっと首を振る。
「大丈夫よ、気を使ってもらわなくても。ここなら枕がなくても寝られるわ」
「あ……そ……」
ジャンは出しかけた腕を、自分の頭に戻して軽く息を吹き出した。
「もう今年も一日目が終わりか」
「年末みたいに言わないでちょうだい。始まったばかりよ」
「うん……今年の新年は……楽しく過ごせた」
「ならよかったわ。来年も一緒に過ごしましょ」
「え?」
アリシアの言葉に、ジャンは驚きの声を上げて、こちらを見据えている。そんなジャンにアリシアはニッと笑って目を向けた。
「また来年もこうして遺跡に来ましょうよ。同じロクロウの帰りを待つ者同士」
「いや、だから俺は別に、待ってないよ……」
「いつも早く帰って来ればいいって言ってるじゃない」
「それは俺のために言ってるんじゃないから」
ジャンの言葉の意味を考えたアリシアは、今度は優しい笑みを彼に向ける。
「そう……ありがとう、ジャン」
「別に……」
アリシアはジャンとともに天井を見つめた。
この部屋はベッドルームと呼ばれるだけあって、光苔の塗料はあまり塗られていないようだ。ほのかな光しかないが、これだけ近ければジャンの表情くらいは確認できる。
「こんなこと言いたくないけど……帰って来ない可能性はあるよ。別の場所で女を作って……もしかしたらすでに、アンナの兄弟となる人物がいるかもしれない」
「そうね。そうかもしれないわ」
「……なんでそんなに嬉しそうなのか理解できないな」
「あら、アンナに兄弟ができるなら、嬉しいわよ!」
「いや、そうじゃなくて」
「ふふっ。あのね、ジャン……」
「なに、筆頭」
「私はロクロウが幸せなら、それで幸せなのよ」
アリシアがクスクスと笑いながら言うと、なぜかジャンは苦しそうな表情に変わった。その気持ちを理解できたアリシアは、小さな子どもにするようにジャンの髪を掻き上げる。こちらを向いているジャンの髪は、またすぐに落ちて彼の瞳を隠してしまった。
「だから、あなたがそんな目をする必要なんてないの。わかったかしら?」
「……筆頭は不幸なんじゃない。わかってるよ。俺が不幸になんか、させない」
「あら、ありが……」
すべての言葉を言い切る前にジャンが体勢を変えた。アリシアの顔の両側に彼の手が置かれる。重心が一箇所に片寄ったため、アリシアは部屋の床に埋もれるような形になり、身動きが取れなくなってしまった。
「ジャン!?」
「あなたはいつもそんなだから……」
そして彼は言葉を詰まらせ。
「……見ていてつらいよ……筆頭」
そう、言った。
ジャンは眉を下げ、今にも泣きそうな顔で歯を食いしばっている。アリシアは、そんなジャンの顔を初めて見た。いつも物憂げで感情の浮き沈みは少なく、妖しげな笑みを浮かべている青年。そのジャンが、初めて感情を露わにした瞬間だった。
「あのね、ジャン。私は本当に大丈夫なのよ? アンナがいて、あなたたちがいてくれて、ロクロウがこの世界のどこかにいる。それだけで私は本当に幸せなの。そりゃ、ちょっと寂しくなる時はあるわ。でもそんなの、誰だって感じるでしょう? 大したことじゃないのよ」
「筆頭……」
「とにかくそこを避けてちょうだい。もう寝たいわ」
「……誘われてるようにしか、聞こえない」
熱っぽい息を吐かれて、アリシアはどうすればいいかとジャンの瞳を見る。いつもエロビームだの目から怪光線だの言われているジャンの瞳は今、より妖艶さを増していた。
そんな視線を受けて、アリシアの動機は不規則に波打ち始める。
「ジャ……ン……」
「……アリシア」
いつものように筆頭とは呼ばれず、アリシアは目の前が真っ白になるかと思うほど、激しく動揺する。こういう時はなんと言うべきなのだろうか。その経験が、アリシアには絶対的に足りない。
どうすべきか悩んでいるうちに、ジャンの顔が近づいてきた。アリシアは思わず目をギュッと閉じる。
しかしその後十数秒待つも、なにもされる様子がない。不思議に思い、アリシアはそっと目を開けた。
「ジャン……?」
「……迷うなんて、俺らしくないな……まったく」
ハッと息を吐いたジャンは、そっとアリシアから離れていく。
「……ありがとう」
自身の気持ちを慮ってくれたであろうジャンに、アリシアは礼を言った。ジャンは複雑な顔で苦笑いを向けてくる。
「別に……不幸にさせないって言ったばかりだったから」
「あなたに抱かれて不幸になるなんてことはないわ。きっと、幸せになれると思ってる」
「……また誘ってる? なら本気でするけど」
「正直な話、迷ってるのよ。今、あなたを拒まなかった自分にびっくりしたわ。ジャンの存在が私の中で、思った以上に大きくなってたみたい」
「筆っ……」
「ところで」
「なんでところでなんだよ……」
急に話題を変えられたジャンは、不満げに少し口を尖らせた。
「ちょっと気になって……後ろを見て」
そう言いながらアリシアは起き上がった。ジャンも仕方なくといった様子で、アリシアの指差す方を見ている。
「なに?」
「ほらそこの上の壁。どうしてあそこだけ、黒くなってるの?」
「……どこ?」
「ほら、そこよ」
「これか。ただ光苔の塗料が剥げてるだけ………」
と言いながらジャンは立ち上がり、その箇所を念入りに確認する。
「違う、スイッチだ」
「スイッチ? 出っ張ってないけど?」
「凹むタイプのスイッチだよ。誰かがここを触った証だ。だから塗料が剥げてる」
「ジャンもこのスイッチは初めて?」
「初めて見たよ。よくこんなの気がついたな」
そのスイッチは小指でも押せないほどの小さなものだ。光苔の塗料が剥げていたとはいえ、他の壁よりも薄暗い中、我ながらよく見つけられたなとアリシアは自分で感心する。
「押してみましょ!!」
「危険だな。俺もこのスイッチは初めてだから、なにが起こるか予測つかない」
「大丈夫よ。魔物が現れても、私がババンと倒してあげるわ!」
「戦場じゃないんだ……毒ガスでも噴射したら、すぐあの世行きだから」
「っむ。じゃあ押さないの? 折角見つけたのに?」
「筆頭って宝箱を見つけたら、罠だとわかってても開けちゃうタイプだな……ほんと向いてない……」
「だって、気になるじゃないの!」
「まぁわからないではないけどね」
そう言いながらジャンは、入り口の扉を開けて、空気の通り道を作っている。
「まぁこれで毒ガス対策にはなるかな……もしガスが噴射されたらすぐに逃げて」
「了解!」
「他に不測の事態が起こったら、対処するよりとにかく逃げる。トレジャーハンターに必要なのは、前進する力じゃなく、退路の確保らしいから」
ジャンは短剣を鞘から外し、切っ先をその暗い部分に向けた。小指すらも入らないので、それでスイッチを押すつもりなのだろう。塗料が剥げるはずである。
「押すよ、筆頭」
「ええ!!」
「身を乗り出さない。逃げる用意」
「ええ!!」
アリシアが満面の笑みで答えると、ジャンはその短剣の切っ先で壁のスイッチを押した。
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