18.じゃあヒントをちょうだい!
次にアリシアがアンナに会えたのは、オルト軍学校が冬季休暇に入ってからのことだ。
年明けにようやく休暇が取れたアリシアが玄関に入ると、そこには見たこともない男の靴が置いてあった。
娘に会えると喜び勇んで帰ってきたアリシアは、リビングの扉を勢いよく開けると、すでに帰ってきているアンナに向かって声を張り上げる。
「ばばーーん! 新年おめでとー!! ……あら、グレイ」
なぜかそこには見上げるほど大きくなったグレイが立っていた。ずっと会っていなかったが、その優しげな瞳と金髪ですぐにわかった。
一瞬驚いたものの、最終的にはやはりそうなったのかとアリシアはニヤリと笑う。
「ようやく来たのね。遅かったじゃない」
「ようやく来ました。おめでとうございます」
「お帰りなさい、母さん。新年おめでとう」
ぴたりと寄り添って立つ二人を見て、アリシアは顔を綻ばせた。
「おーおー、二人とも、大人びた顔しちゃって。うふふ。玄関の靴、誰かと思ってたのよ。あなたで安心したわ、グレイ」
アンナの冬季休暇の前半はもう終わっている。
普段は誰も住んでいないこの家がピカピカに磨かれているということは、しばらく二人はこの家で過ごしたのだろう。
「で、あなたたちいつ結婚するの?」
「ぷっ」
そう聞くと、「言うと思った」と二人が仲睦まじく顔を寄せ合って笑っている。どうやらすでにプロポーズはされていて、アンナも大人になった時には結婚したい旨を伝えてくれた。
「母さん、私、グレイと結婚するわ」
そう言った娘の笑顔が眩しくて。少し鼻の奥がツンとする。
(若いっていいわね……。でも、これは私がいてもお邪魔ねぇ)
アリシアはみんなで昼食を食べている時に、ふと思い立った。せっかくの休暇だ。コムリコッツの遺跡に行ってみよう、と。
それを二人に伝えて帰る用意をしていると、アンナが少し寂しそうに声を上げた。
「ほんとにもう行っちゃうの?」
「ええ。どのみち休みは二日しかなかったのよ。あなたもめでたくパートナーを得たし、私も一日、好きに過ごさせてもらおうかしらね。前から興味あったのよ、コムリコッツの遺跡」
「母さん、遺跡は初めてなんだから、遺跡の中で迷わないでよね……」
失礼ねー、とアリシアは腰に手を当てた。アンナにはなぜか、たまに子ども扱いされることがある。アンナの方が、子どもであるにも関わらず。
アリシアは心配そうにこちらを見てくるアンナとグレイを見て、ビシッと言ってやった。
「あなたたち、オルト軍学校の隊舎暮らしよね。本当は今すぐにって言いたいところだけど、十八になったらさっさと結婚して、ここで一緒に暮らすといいわ。家は誰も住んでないと傷んじゃうし、母さん、この家は売りたくないのよ」
「いいの? ここなら軍の施設も王宮も近いし、すごく助かるけれど」
「もちろんよ。たまに邪魔なのが帰ってくるけど、それでよければね」
「邪魔だなんて。しばらく家を建てる金なんかないし、助かります」
アンナとグレイは顔を見合わせて喜んでいる。そんな顔を見られると、アリシアも嬉しい。
もう再興させる気はないとはいえ、ここはたくさんの思い出が詰まった大切な家だ。
「じゃあまたね。二人とも、元気でやりなさい。グレイ、アンナのこと、頼んだわよ」
「もちろん」
その返事を聞いて、アリシアの心はどこか浮かれたまま、用意をするために王宮に与えられた一室に戻ってきた。
遺跡に行くための荷物をうきうきと詰めていると、当たり前のようにジャンが入ってくる。そして荷造りしているアリシアを見て、少し首を傾げた。
「筆頭、家に帰ったんじゃ?」
「それが、アンナはパートナーと一緒にいるもんだから、邪魔したくなくて戻ってきちゃったわ」
「パートナーって……彼氏?」
「うーん、もう婚約者みたいなものよね。時が過ぎるのは早いわねぇ」
「婚約者……やるな、アンナ」
「ロクロウの娘ですもの!」
アリシアはえっへんと胸を張って答えた。私の娘、と答えられないところが少し情けなくはあったが。
「娘に先を越されるのか……不憫だな」
「今すぐ結婚しちゃえばいいのに、まだしないらしいわ。人生なにが起こるかわからないんだから、相手がいるなら早く結婚すべきなのにねぇ」
とは言ったものの、十六歳じゃまだ結婚できなかったかと一人納得する。どうせなら早く結婚させてあげたいのにとアリシアが考えていると。
「ロクロウみたいにいきなりいなくなられるから?」
そんなジャンの言葉に手を止めた。そしてにっこりと笑って「そうね」と答える。
「……ごめん」
「あら、なにを謝るの? 事実じゃない」
特段気にすることでもなく、再び手を動かす。
コムリコッツの遺跡に行くのは初めてなので、なにが必要なのかよくわからない。アリシアはいつも野宿をする装備をカバンに詰めていった。
「で、家を追い出された筆頭は、今からどこに行くつもり?」
「コムリコッツの遺跡よ。ずっと行ってみたかったんだけど、中々行く機会がなかったから」
「遺跡に? じゃあそんな大荷物は要らないよ。必要なのは水、食料、武器くらいのもんだ」
「そうなの? 今からだと遅くなるから、寝袋は持っていきたいわ」
「行けばわかる。付き合うよ」
そう言われるまま、アリシアはジャンに着いていくことにした。そして厩舎でそれぞれの馬に跨ると、西に向かって針路を取っている。
「ジャンは遺跡に行ったことがあるのね?」
「まぁね……この時期はいつも暇だから」
そう言えば、とアリシアは思い出す。ジャンは孤児だったということを。休みが
「一人で過ごしていたなら、うちに来ればよかったのに……」
「母娘二人で過ごす時間は大切だろう。邪魔……したくなかった」
邪魔だなどと思うはずがないというのに、この青年はずっと気を遣ってくれていたらしい。
思えばアリシアは、ジャンが孤児院に来ることになった経緯を知らない。いつも年始を一人で過ごしていたなら、両親はやはり亡くなっているのだろうか。知りたくないわけではなかったが、ただの好奇心で聞くのは憚られた。
三時間ほど馬に揺られると、森の中にひっそりと寂しく建っている、白い壁の遺跡にたどり着いた。地上に出ているのはアリシアの家ほどの大きさであるが、おそらくは地下に大きく広がっているのだろう。
ジャンは馬を降り、近くの木に馬の縄を結んでいる。
「筆頭、ここの遺跡にしよう。初心者におすすめなんだ。入り組んでもないし、魔物もいないし、やばい罠もない。一人で行きたいなら、俺はここで待ってるけど」
「いいえ、一緒に行ってくれたら嬉しいわ」
「わかった」
一人で探検気分を味わってみたい気持ちもあったが、ここでジャンを待たせては、また年始を寂しく過ごさせてしまうことになる。
一歩下がるジャンを見て、アリシアは前に出た。口は出さず、後ろからついてきてくれるつもりのようだ。
「あら、これはワクワクするわね。なんだか子どもの頃に戻ったような気分だわ」
「そうだな。中に入ると、もっとワクワクするよ」
アリシアは満面の笑みを浮かべながら、そっと入り口の階段を降りていった。すると不思議なことに、地下に降りているにも関わらず、ちっとも暗くならない。
「これは……どういうこと? 壁が光ってるの?」
「光苔の塗料を塗っているのが、この近辺の遺跡の特徴らしい」
「だから松明は必要なかったのね」
「そういうこと」
「あら、分かれ道。どっちに行こうかしら」
「好きな方をどうぞ」
そう言われたアリシアは、なんとなく右を選ぶ。次も右。もう一度右。そして左。するとなぜか、同じところに戻ってしまった。
「あら? ここ、さっきと同じ場所よね?」
「そうだな」
「むむっ」
今度は左に向い、左、左、右と曲がった。やはりなぜか同じ場所に戻ってくる。それを三度、四度繰り返すも、どうしても先には進めなかった。
「……おかしいわ。どうなってるの……」
「筆頭は、すべての仕掛けを見落とすんだな……ある意味見事だ」
「仕掛けなんてあったの? どこに?」
「言っちゃ面白くないだろう」
「む、じゃあヒントをちょうだい!」
「ヒントもなにも、ここは注意深く見ていれば気付くと思うんだけどな……真っ直ぐ前だけを見るんじゃない。壁や床や天井や……先人たちが何度も動かしてるんだ。その跡を見れば、大体わかる」
ジャンにヒントをもらい、今度は注意深く観察をしながら歩いてみる。すると床に、小さな擦り跡を見つけた。
「ここ……なにかを引きずったような跡があるわ」
「そうだな」
「壁から円を描くように……壁が扉になってるのかしら?」
アリシアは壁に体重をかけてグッと押してみる。すると壁は回転ドアのように回った。ズズズと音を立てて重々しくではあったが。
「あったわ! 隠し扉よ!!」
「興奮し過ぎ。早く入って、閉まるのは自動だから」
年甲斐もなくキャッキャと喜ぶ姿を、ジャンは苦笑いで見ていた。次にアリシアは壁にスイッチを見つけ、また奥へと侵入していく。
そしてその先に、宝箱を見つけた。
「まぁ!! 宝箱だわ!! 開けてみましょう!!」
「言う前に開けてるし……ここの宝箱は平気だけど、他の遺跡はトラップが発動する物もあるから、素人が無闇に開けない方がいいよ……」
「火の書よ! 初めてのお宝だわ!!」
「売値五百ジェイアの品がお宝ね……まぁいいんだけど」
「でも不思議ね。何人ものトレジャーハンターが来ているんでしょう? もちろんロクロウもここへは来たでしょうのに、どうしてまだお宝が眠ってるの?」
アリシアは素朴な疑問を投げつける。するとジャンはあきれたように教えてくれた。
「取る必要のない物は置いてくんだよ。稼ぐトレジャーハンターほど、持ち帰るお宝は厳選するんだ。荷物が多くなると、こうやって宝箱の中に要らない物を入れていったりする」
「なるほどね」
「魔物のいる遺跡だと、収集癖のある魔物が色々と宝箱に溜め込んでたりもするから、宝箱の中身は空にならない」
「よく知ってるわねぇ」
「ロクロウから聞いたことない? あれだけ一緒にいたのに」
「あの頃は将になるのに必死で、コムリコッツに興味はなかったのよね」
アリシアは火の書をパラパラとめくり、悩んだ末に結局は元の宝箱へと戻した。
「休憩しよう。ここは明るいけど、外はもう夜だよ」
「道理で、お腹すいちゃったわ」
二人は宝箱の上に座り、持ってきた携帯食を食べ始めた。
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