15.十分に豊作だったわよ!

 アンナの夏季休暇が終わり、また娘はオルト軍学校の宿舎へと戻っていった。

 アリシアはその後も当然のように仕事に追われる日々だ。

 またもフィデル国の過激派による襲撃があり、アリシアは直属の部下と共に一隊を率いて国境の手前で陣を張っていた。

 野営は本日で三日目である。初日に戦闘はあったものの、とりあえずはストレイア王国から撤退させることに成功していた。

 しかしまだ完全撤退しているわけではなく、あちらも国境沿いで屯営しているため、こちらもまだ引けずに睨み合いの膠着状態が続いている。


「ったく、潔く負けを認めて引き上げろっての!」


 フラッシュが水筒から水を飲もうとして、すぐに口から離していた。どうやら空になってしまったようだ。


「飲み過ぎだ、フラッシュ!」

「くっそぅ、腹も減ったぜ」


 マックスが怒りながらも自分の水筒を渡している。大喜びでフラッシュがすべて飲み干してしまい、またもマックスに怒られていた。しかしフラッシュは隊のために一番動いているので、マックスも強くは言えない様子だったが。


「あっはは、さすがにお腹が減ったわねぇ。この辺はウサギが出るから、なんとかなるかと思ったけど」

「見当たらないね……獲物動物


 人数が多いため、持ってきた食料は尽きかけている。ジャンは森の奥を探すように目を向けて、少し渋い顔をしていた。

 森の中には魔物もいるが動物もいるため、食料はなんとかなると思っていたのだが、なぜだか見つからない。もちろんすでに、一番近いオルト軍学校に補給を要請しているが、まだ届いていなかった。


「今回はせっかくルーシエも同行させたのに、残念だわ。その弓の腕前が見られなくて」


 アリシアの言葉に柔和な笑顔を見せるルーシエの背中には、弓と矢が背負われている。腰にはもちろん、剣もある。


「ルーシエの弓の腕前はエッグいからなぁ!!」

「だね。距離とられるとやばい」

「あの軍学校の時の全体演習な! 一人で何人倒してんだよっていう!」

「ルーシエは剣の腕も立つから、さらにエグいよなぁ。剣術大会では毎年二位な上に頭脳明晰……首席になるはずだよ」


 毎回ベストエイト止まりだったというマックスが、尊敬するというよりはあきれた様子で息を吐いている。


「筆頭、もちろん剣術大会の一位は俺っすよ!!」


 喜び勇んで報告をするフラッシュに「さすがねぇ」とアリシアは笑って見せた。逆にマックスは少し残念そうな瞳をルーシエに向けている。


「ルーシエも毎回いい線いってたんだけどな」

「私もフラッシュのパワーにはそうそう敵いませんよ」


 嘘か本当かわからない笑顔で、ルーシエはあっさりとフラッシュの強さを認めた。一人だけ騎士服の袖を切って剥き出しになっているフラッシュの腕は、誰からみても惚れ惚れする筋肉である。


「フラッシュは実力が拮抗してくると楽しんで余計に強くなるから、見ててゾッとするよ。俺なら戦いたくない」

「そう言えば、ジャンとフラッシュが剣術大会で当たったことはありませんでしたね」


 ルーシエがすべてお見通しという笑顔を見せると、マックスは半眼の上に半笑いでジャンに視線を向ける。


「ジャンはあれだろ、入賞のために根回ししてたんだよな」

「なんで知ってるんだよ、マックス……筆頭の前でバラさないでくれる」

「わはは、ジャンはそんなことしてたのかー!」

「あら、ジャンは昔から諜報活動に向いてたのねぇ!」


 直属の部下四人は、あの時はああだったこうだったと、楽しそうに会話を広げている。

 その様子を見て、彼らはオルト軍学校でずっと一緒に切磋琢磨してきた仲間たちなのだなと、アリシアは改めて思った。


(大人になってもこうして軍学校時代のことを話せる人がいるっていいわねぇ。アンナもいい仲間ができたみたいだし、一安心ね)


 きっとアンナの未来も、こうして仲間たちと楽しく語り合うことになるのだろう。

 そう思い、アリシアは自分にそういう仲間がいないことを寂しく思った。

 アリシアは上を目指し、剣術大会では常にトップをとり続けていた。しかもダントツでだ。

 軍学校の教諭にまで勝ててしまっていたし、特別にストレイア軍から将を招聘して手合わせをしてもらったこともあった。

 そのため、誰も彼もがアリシアに一線置いていて、普通に会話する程度の仲間しかできなかったのである。

 深い結びつきを持った彼らを見ると、少し羨ましさがありつつも、アリシアはにっこり笑った。


(まぁいいわ! 私には今、大事な部下たちがいるもの!)


 アリシアが笑っている姿に気づいた部下たちもまた、嬉しそうに笑っている。


「筆頭と同期だった奴らは可哀想だよなぁ。筆頭の無敗伝説は、俺らの代でも語り継がれてたんすよ!」


 フラッシュが自分のことのように嬉しそうに語ってくれた。


「フラッシュは筆頭に憧れてたからな。まぁ俺もだけど」

「私もですよ」


 マックスとルーシエも同意していたが、ジャンは目から怪しいビームを発しているだけで、なにも言わなかった。

 ジャンは昔からアリシアのことを知っているのだ。別に憧れはしなかっただろう。


「結局俺たちの代は、だーれも将にならなかったよなぁ!」

「トップ争いしてたルーシエとフラッシュが、筆頭の配下を希望したからだろ。フラッシュはともかく、ルーシエはもったいなかったと思うよ」

「俺はともかくって、どういう意味だ、マックス! あ!?」


 怒ったような口ぶりだが、フラッシュの顔に怒った様子はちっともない。


「私は将になる器ではないですよ。将になれる人材など、十年に一人いればいい方です。事実、私たちの年代の前後五年に将になった方はいないでしょう?」


 ルーシエの言葉に「そうだったか」とマックスは顎に手をのせ、アリシアはその通りだと頷いて口を開く。


「豊作の年っていうのがあるのよねぇ。何年も将になる者が出てこないと思っていたら、急に逸材がわんさか出てくるの。次はいつかしらね?」

「わはは! じゃあ俺らは不作の年っすね!」

「馬鹿言わないでちょうだい。あなたたちは十分に豊作だったわよ!」


 アリシアの叱りを受けたにも関わらず、全員が嬉しそうに笑っている。

 確かに、将となるには今一歩足りなかったかもしれない。それでも彼らはそれぞれの個性を発揮して、アリシアの部下として十分な実力を兼ね備えているのだ。


 アリシアの副官で博識なルーシエ。その卓越した思考力と判断力はアリシアも頼りにしているところだ。

 索敵能力が高く、馬の早駆けが得意でなんでも器用にこなすマックス。彼のおかげで全員の仕事がスムーズに捗っていると言っても過言ではない。

 何事に置いても楽しむ思考を持つムードメーカーのフラッシュ。メンタルが一番安定していて、しかも腕っぷしはかなりのもので頼りになる存在である。

 そしてジャン。諜報活動を主としていて、観察力や分析力、それに対応力は目を見張るものがある。任務においては、綺麗事で済まないと理解しているが故に、汚れ仕事を自ら買って出てくれる。軍には絶対に必要な人材だ。


 似たような年代の彼らが全員アリシアの直属となったこと。

 これを豊作と言わずしてなんと言おう。


「これからも私の部下として、しっかり働いてもらうわよ!」

「っは!」

「はい!」

「うっす!」

「うん」


 気持ちのいい返事をしたマックスがしかし、アリシアの頭上を通り越して後ろを見上げている。


「……筆頭!」

「どうしたの、マックス」

「あれ!」


 マックスが青空に指差し、全員がそちらに視線を送る。

 そこには灰色の煙が一筋上がっていて、アリシアは目を見張った。


「マックス、距離は!」

「直線距離にして約三・五キロあると思われます!」

「ルーシエ、場所を確認!」

「現地点より北東三・五キロの位置は、オルト軍学校からここへ来るまでの山道です」


 オルト軍学校の補給隊の可能性が高いとわかり、アリシアは声をあげる。


「ジャン!」

「わかってる」

「フラッシュ!」

「いつでも出れます!」


 ジャンは状況を確認しに、いの一番に森の中へと入っていく。

 フラッシュは即座に大剣を背負い、アリシアもまた大剣を装着した。


「なにもないならそれでいいけれど、ここでは私の異能の範疇外。三キロ圏内まで移動したいわ。フラッシュ、ルーシエ、マックス、隊をいつでも出動できるように準備させなさい。終わり次第、私たちもジャンを追うわよ!」


 アリシアが声を張ると、優秀な部下たちは大きな返事をしてそれぞれに動き始めた。

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