13.有り難いお話ですが

 アリシアたちがハナイに着いた時、すでにシウリスは目覚めていた。

 泣き叫ぶことはなく、しかし呆然とするわけでもなく、瞳には冷たい光を宿しているだけだった。


「……というわけで、シウリス様も王都に戻られるよう仰せつかりました。護衛は私とフラッシュでいたします」

「……」


 殺されかけたルナリアは容態が落ち着くまで、もうしばらくはハナイで過ごす方がいいだろう。なにも言わぬシウリスに、アンナが声を掛けてくれる。


「シウリス様、一緒に戻りましょう」

「寄るな、アンナ」


 一歩踏み出したアンナを、シウリスは拒絶した。アンナは明らかに傷付いた顔で、奥歯をぐっと噛み締めている。


「……マーディア様の葬儀の準備もありますので、すぐにここを出ます。馬車にお乗りください」


 シウリスのこの態度は、一時的なものだと思いたかった。アンナと一緒に過ごせば、いつか戻ってくれるものだと。また一緒に雪合戦をしようと言える少年に戻ってくれるはずだと。アリシアはそう信じるしかなかった。


 マーディアの葬儀が終わり、シウリスは王宮に住まい始める。今までマーディアの生家に通っていたアンナだが、さすがに簡単に王宮には入れなかった。

 何度かレイナルドに頼んで王宮に入らせてもらったものの、シウリスはまるでアンナを無視するかのように、言葉すらも交わさなくなっていた。

 シウリスに徹底的に無視される娘が不憫で、アリシアも次第にアンナを王宮には連れていかなくなった。


 しかしシウリスは、アリシアに対しては攻撃的ではあったものの、話しかければちゃんと応えてくれていた。シウリスは積極的に剣を磨き、アリシアもそれに応えるために懸命に剣を教える。

 ジャンが短剣に出会い、人生を開けたように。グレイが剣を知り、真っ直ぐに育ったように。剣は、傷ついたシウリスをも変えてくれると信じて。


 しかしそれもシウリスが十三歳になったある時、アリシアは考えを改めることになる。この日アリシアは闘技場に行き、憎しみの剣を振るうシウリスを諌めた。殺気の乗らない剣として、剣舞も見せた。しかしシウリスはそれを鼻で笑ったのだ。剣舞など、なんの役にも立たぬと言い放って。


「アリシア。王に必要なのものとは、なんだと思う」


 シウリスに急に問われたアリシアは、少し考えた後で発言した。


「民衆からの支持、かと思われます」


 現王レイナルドは、民衆からの支持が高いために前王から選ばれたところがある。

 前王は後継者を決める際、いくつかの条件を、最も高い水準でクリアした者を選んだ。

 一つ目の条件は、自ら剣を振るい、隊を指揮し、多くの軍功を上げること。その際、王子自身はもちろん、なるべく人死にが出ないこと。

 二つ目の条件は、同じ隊にいる者から信頼を多く得られていること。

 三つ目の条件が、民衆の支持を多く得られていることであった。


 レイナルドは、異母兄弟を含めて、六人もの継承権を持つ王子と競わなければいけなかったが、軍功を上げるのに必死になりすぎて無理をして殺されてしまった王子や、怖くなって隊の者を置き去りにして逃げた王子などがいた。

 そんな中、一番高い水準で条件を達成したのが現在のレイナルド王だ。

 レイナルドは正直、民衆までは目を向けていない人だった。けれど、自分の隊の者は、どの王子より大切にしていた。自分の目の届く範囲から、懸命にできることをやっていく人だったのだ。

 その人柄や、戦場での的確な指示などが隊内から外に漏れ、民衆の支持も高まっていったのである。

 英明で懸命であることはもちろん、人柄のよさもあれば自ずと人気は上がっていくということだ。


 だからアリシアはこう答えた。王に必要なものは、民衆からの支持だ、と。シウリスの心に、届いてほしくて。

 しかし彼は、アリシアの言葉を鼻で吹き飛ばすように笑った。


「民衆なんてものの支持を集めたところでどうなる? くだらないな。アリシアなら、もっと面白い答えをくれるかと思ったんだが」

「面白い答え……例えば、どんなことでしょう」

「そうだな……圧倒的な〝力〟とかな」


 クックと笑うシウリスに、以前の優しかった面影はない。最近のシウリスの剣の上達は目を見張るものがあり、アリシアも彼と対峙する時はいつも真剣だ。まだ十三歳だというのに、ここ数年で背の高いアリシアと並ぶほどになっている。

 そのシウリスが、〝力〟と言った。

 それが権力だという意味だとしても、物理的な意味だとしても。

 必要なことには変わりないが、それだけに固執してしまっては絶対にいけないものだ。

 無意味な抑圧は、すべてを敵に回してしまう恐れがあるのだから。


「恐れながら、力だけがすべてではありません」

「力がなければ死ぬだけだ。力がなくては生きられない。違うか」


 断定的にそう言われ、アリシアは口を噤んだ。ある意味での真理である。否定はできなかった。


「アリシア、俺は自分の部隊を作るつもりだ。選りすぐりの精鋭だけで構成される、最強の部隊を。アリシア、お前にはその部隊の一員として迎え入れてやろう」

「有難いお話ですが、私はレイナルド様に忠誠を誓っておりますので」

「フン、理解できないな。あんな奴に忠誠を誓うとは」

「シウリス様、お父上と言えど相手はストレイア王です」

「不敬に当たるとでも言いたいのか?」


 身震いするほどの冷たい瞳。しかし、ここで黙っているわけにはいかない。


「そうなるでしょう。ただ、親子間でのすれ違いはあるというもの。特にシウリス様のお年頃ならばなおさらです」

「……なにが言いたい?」

「一度、レイナルド様とゆっくりお話ししてみてはいかがでしょうか。きっと、レイナルド様もそれを望んでおられるはずです」


 アリシアが伝え終わると、シウリスは不愉快そうに顔を歪ませていた。

 殺気すら放たれているその姿を見ているのがつらく、このやり取りのあと、アリシアは剣を教えることを辞退した。

 もう、剣でシウリスを変えられる気がしなかった。ジャンやグレイはいい方に向かったが、シウリスには悪い方に作用しているという実感しかなかったためだ。

 辞退したアリシアに、シウリスが言った言葉は「貴様に習うことはもうない」という素気ないものであった。こうしてアリシアは、シウリスと剣の師弟であることを解消したのだった。


 溜め息をぐっと飲み込み、闘技場を出て部屋に戻ろうとすると、アリシアはルナリア王女と出くわした。

 王女はあの事件後、特に酷い後遺症もなく王都へと戻ってきた。そしてすくすくと育ってくれている。


「あ、アリシア!」

「ルナリア様。ご機嫌いかがですか?」


 そう聞くと、ルナリアはにっこりと微笑んでくれる。その笑顔を見るだけで、救われるというものだ。


「シウお兄様は、どちらに?」

「そこの闘技場におられますよ」

「ありがとう!」


 ルナリアは嬉しそうに小走りでアリシアを過ぎていった。

 後ろを見ると、丁度シウリスも出てきたところで、ルナリアは兄に駆け寄っている。そのルナリアを、シウリスは少しだけ優しい表情で迎えているのが見えた。


(まだ、希望はあるのかもしれないわね。シウリス様が、また昔のような優しい人に戻るという希望は)


 その望みを王女ルナリアに託し、アリシアはその場を去ったのだった。

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