11.そうですね、恐らくは

 王妃マーディアとシウリスをハナイに送り届けて帰ってきた日に、ジャンも戻ってきた。結局なにも証拠は見つからず、ルーシエの予想した通り、警備隊の遺体も敵の遺体も消えていたらしい。


「ご苦労だったわね。しばらくはゆっくり休んでちょうだい」

「王妃様とシウリス様の様子は?」

「そうね、落ち着いてきている……と思うわ。傷が癒えるにはまだまだ時間が必要そうだけど」

「俺のせいだな……もう少し……もう少し早く調べがついていれば……」


 やはりと言うべきか、気落ちしているジャンにアリシアは声を上げる。


「ジャン、自分を責めてはだめよ。あなたがいたからこそ、お二人の命は救えたんだから」

「でも、それでも……」

「もうこの件に関して悩むのは止めなさい。これは命令よ」


 多少強引な言い方に、ジャンは「わかった」と了承してくれた。こんなことで彼の罪悪感を払拭できるとはアリシアも思っていない。が、こうしないとジャンはいつまでたっても立ち直れそうになかったのだ。

 マーディアは長女を失い、シウリスは自分を庇った姉を失った。その二人の心の傷が癒えることは、あるのだろうか。

 誰も傷ついてほしくない。誰も責任など感じてほしくない。


(いつか、みんなで笑い合える日がくればいいのだけれど)


 アリシアはまた息を吐きそうになり、天を仰いだ。




 ***



「筆頭、ただ今戻りました」


 ある日、マックスが任務の完了を伝えにアリシアの元へやってきた。彼には本日、マーディアの様子を伺いがてら、アンナを送り届けてもらっていた。学校が冬休みに入ったので、アンナもしばらくは森別荘で過ごせるのだ。普段の週末も、アリシアが忙しい時にはマックスに頼んでいる。


「ありがとう、マックス。アンナ、喜んでた?」

「はい。少し元気を取り戻したシウリス様を見て、ほっとしているようでした」

「そう、よかったわ。シウリス様も早く元通りになってくださればいいんだけど……」

「それなんですが、筆頭」


 マックスはアリシアの瞳を見ながら、少し険しい顔をする。その顔を見て、アリシアもまた眉を寄せた。


「どうしたの」

「シウリス様が、いつもと違うことを言い出しまして」

「いつもと違うこと?」


 シウリスのいつもの発言とは、基本的にアンナの話である。アンナをもっと頻繁に連れてきてほしい、アンナと一緒に過ごしたい、と、いつもこうなのだが。


「なにをおっしゃってたの?」

「それが……」


 マックスは少し言いにくそうに、言葉を一度切ってから声を発した。


「レイナルド様は、なぜフィデル国やラウ派に復讐しないのか、と」

「……あなたはなんて答えたの?」

「すみません、答えられませんでした。シウリス様なりに必死に考えているのがわかって、誤魔化すこともしたくありませんでした」

「そう。いいのよ、それで。で、シウリス様はなんて?」

「筆頭に聞くからもういいと言われました。なので、次に筆頭が行った時には同じ質問をされるかと」

「わかった、覚えておくわ。ありがとう」


 マックスが下がると、アリシアはシウリスの言った言葉の意味を考える。


 なぜ、復讐しないのか。


 シウリスからすると、不思議で仕方ないのだろう。ラファエラが殺されたにも関わらず、フィデル国に対してなんの措置も取らない父親が。

 自分を庇って殺されたラファエラの死を病死として片付け、ラウ側に対して罰することもしていない。

 まるで何事もなかったかのように……いや、なかったことにしてしまい、森別荘に押し込められた理由がわからないに違いない。

 ラウ側に関しては調査中で、現段階では誰を裁けるわけでもないのだが。


 アリシアはその理由をきっちり説明するために、次の休みにはハナイに向かった。


 ハナイは静かな避暑地だ。今は冬なのでとても寒いのだが。

 人里から少し離れているので、滅多に人には会わない。バルフォア王家の森別荘はそんなところにある。高い外壁は緑の蔦で覆われていて、遠くからでは一見そこに建物があるとはわからない作りになっているのだ。

 アリシアはそこの鉄扉を守る警備兵に声をかけ、中へと入った。そこにはほんの僅かに積もった雪で、雪だるまを作っている子どもたちの姿がある。


「うわぁ、真っ黒の雪だるまになったな」

「明日になったら綺麗な雪だるまが作れますよ、シウリス様」

「よし、明日は雪だるまを作った後に雪合戦だ! わかったな、アンナ!  ルナリア!」

「はい!」

「シウお兄しゃまとゆきがっせん〜!」


 第三王女のルナリアも一緒に遊んでいる。最初は王都にいたのだが、彼女にも危険があるといけないのでハナイで住むことになったのだ。

 仲睦まじい兄妹とアンナの姿を見て、アリシアの頬は自然と緩んだ。アンナと過ごしたこの数日で、シウリスの心は快復している。この時のアリシアは、そう信じて疑わなかった。


「あ、アリシア」

「お母さん!」


 二人の子どもがアリシアの存在に気付き、駆け寄ってきた。


「遅いよ、アリシア」

「申し訳ございません、シウリス様」

「お母さん、年始は一緒に過ごせるの?」

「ごめんなさい、今日だけ泊まって、明日には帰るわ」

「そっか」


 無理に笑顔を作るアンナに対して、明らかに不貞腐れたシウリスの顔。こんな二人の対比が懐かしい、と思えるのは、シウリスが元に戻りつつある証に違いない。


「そろそろ暗くなってきましたので、中に入りましょう」


 そう促し、別荘の中へと入る。中では暖炉が焚かれていて、アリシアは上着を脱いだ。そしてその暖炉の前に腰掛けているマーディアに、挨拶をする。


「マーディア様。筆頭大将アリシア、参りました。その後お加減はいかがでしょうか」


 しかし、いつもと同じように反応はなかった。 マーディアはアリシアの方など見ず、パチパチと燃える炎をぼんやりと眺めている。


「外は雪が降ってきましたよ。シウリス様が雪だるまをお作りになりました。土が混じって黒くなっていましたが、明日には真っ白な雪だるまを作ってくださるでしょう。王妃様もその雪だるまを見に、明日は外を散歩なさってはいかがですか?」


 アリシアは話し続けるも、相変わらずマーディアの反応はない。あれから三ヶ月が経とうとしているが、マーディアの様子はまったくと言っていいほど変わってはいなかった。


「アリシア、聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょうか、シウリス様」


 中に入ってきたシウリスが、マフラーを解いて侍女に渡している。その仕草がなぜか、やけに大人びて見えた。


「お父様はフィデル国に対して、どうしてなにもしないの。お母様や僕が……なによりお姉様が、酷い目に遭ったっていうのに」


 予想通りの質問が出て、アリシアはシウリスの視線と合わせるために片膝を折った。


「シウリス様。レイナルド様とて、なにもしたくないわけではありません。ですが、なんの証拠もなくフィデルを叩くわけにいかないのです」

「証拠があれば、お父様は動いたと思う?」

「そうですね、恐らくは」

「じゃあ、ラウ派の方はどうなの」


 真っ直ぐに、しかし突き刺さるような視線を投げられ、アリシアは真摯に答え返す。


「そちらは現在調査中です」

「ヒルデ王妃が企んだんじゃないの? 僕が死ねば、ルトガー兄様かフリッツが確実に王になれる」

「それは……」

「どうしてお父様は、こんな犯罪を企んだラウ側を放っておくの」


 冷たい瞳。たった十歳の子どもがする目ではない。


「シウリス様、滅多なことを言わないでください。ヒルデ様が企んだという証拠はどこからも出ていません」

「証拠? そんなもの、出るわけないだろ」


 シウリスは、大人が必死になって調査していることを鼻で笑った。

 確かに、証拠を見つけるのは困難だろう。証拠もなく、本当にヒルデが計画したのかもわからない。そんな状態のため、法で裁けるわけもなく、ズルズルと時間だけが過ぎてしまっている。


「証拠を、作ればいいのに」


 ポツリと吐き捨てるように呟いたシウリスの言葉。どういう意味かを尋ねる前に、シウリスはプイと後ろを向いて去ってしまった。アリシアは得体の知れぬ悪寒がして、身震いする。

 今の発言は、本当にシウリスがしたものだったのだろうか。いつも優しく明るかった少年が、大人よりも鋭く冷たい視線と言葉を放った。

 腕に立ってしまった鳥肌を、アリシアは自身の手でさする。


(シウリス様……?)


 その予感がなにかわからずに、アリシアは暖かい部屋の中で震えていた。

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