10.自信を持ちなさい
アリシアは王妃マーディアのいる寝室へと入る。すると中には侍女らしい侍女が、マーディアのそばに座っていた。
「あら、さすがはマックスね。器用になんでもこなすわ」
「うう……ありがとうございます……」
居心地の悪さからか縮こまっていたマックスだが、どこからどう見ても女に見えた。それを扉の外から覗いたフラッシュが、ぶっと吹き出している。
「ううう……」
「自信を持ちなさい、マックス! 今のあなたは私より女らしいわよ」
「それ、言ってて虚しくないですか……」
「いいえ、ちっとも」
なにが虚しいのか理解できず、アリシアは首を傾げた。相変わらずマックスは「うう」と言いながら、悔しそうにも恥ずかしそうにも見える表情で俯いている。
「少しの間、警護を代わるわ。ルーシエ、マックスとフラッシュに事態の説明を。それが終わってから順番に休憩しましょう」
「かしこまりました。マックス、フラッシュ、こちらに」
マックスはひらひらとスカートを揺らしながら部屋を出て、三人はリビングに向かっていった。
ふとアンナを見ると、うつらうつらと船を漕いでいる。シウリスはいつの間にか眠ってしまったようだ。アンナのその手を、ギュッと握ったまま。
「アンナ……アンナ。お部屋で寝なさい」
「お母さん……私もそうしようとしたら、手を離そうとするたびにシウリス様が起きちゃって……ここにいちゃ、ダメ?」
「そう……なら仕方ないけれど……椅子の上で寝られる?」
「うん、大丈夫」
「気をつけてね。間違ってもベッドに頭をもたげてはだめよ。本来ならば王族が眠る部屋に入ることすら、不敬なんだからね」
「……うん」
そういうとアンナはまた器用に、椅子の上でうつらうつらとし始めた。
アリシアは三人の寝顔を順に見る。
マーディア、シウリス、アンナ。どの顔も、一様に傷ついたまま眠っていた。アリシアは大きく息を吐く。飲み込む間もなく、溜め息が漏れてしまったのだ。それを掻き消すために、微笑むこともまたできなかった。
あまりに酷すぎる。殺された
(幸せの神様……どうかここにいる三人に、私の幸せを分けてあげてください……)
アリシアは、そう祈らずにはいられなかった。
しばらくすると、マックスがそっと扉を開けて入ってくる。
「話は聞いたわね?」
「はい。筆頭、先にお休みください。俺とフラッシュが先に警護につきます」
「ありがとう、そうさせてもらうわ。けれどその格好で『俺』は似合わないわね」
「すみません、気をつけます……」
「そうしてちょうだい。ああ、マックスと呼ぶのもおかしいわね。なにかいい偽名はある?」
「じゃあアリスで」
マックスがあまりに当然のようにそういうので、アリシアは目を見開いた。
「あら。あなた、以前にも女装したことがあるの?」
「え、いえ……その……ジャンの奴の内偵調査で、カップル偽装を……」
「まぁいいわ。後をお願いね」
「っは。あ、筆頭。アンナちゃんは連れていかれないんですか?」
「ええ……」
まずはシウリスに眠ってもらうことを第一に考え、アリシアは無理に二人を引き離そうとはしなかった。
「大丈夫だとは思うけど、万一のことがないように、こっちも見張っててちょうだい」
「了解しました」
三人をマックスに任せ、アリシアは部屋を出る。扉の外で警護しているフラッシュにもねぎらいの言葉をかけ、アリシアはベッドに潜った。
あの三人も心配だったが、アリシアはジャンに思いを馳せた。
王家専属警備の騎士を倒した相手に、ジャンは突っ込んで行ったのだ。恐らく彼の戦い方からして、最初の二、三人は不意打ちで仕留めたに違いない。それでも多対一であったろうものを、追い払うまで粘ってくれたのだ。アリシアはジャンに感謝すると同時に、一抹の不安が過る。
現場を見てしまったジャンもまた、傷ついてしまっているのではないか、と。現場の調査を人に任せずに自分で行くということは、責任を感じてしまっているからではないのか。
「ジャン……」
今そばにいれば、かけられる言葉もあったのに。なにも伝えられないこの状況が苦しかった。しかし色々考えていては眠れそうにない。睡眠時間は限られているのだ。
アリシアは寝られそうにない目を閉じ、すべての事柄を今は封じ込んで、無理やり眠った。
翌朝、アリシアはレイナルドに謁見し、事の真実を伝える。レイナルドの表情はかなり険しく、厳しかった。
「一度マーディアに会いたいが……誰にも知られず連れてくるのは、困難だろうな」
「正直、マーディア様の状態が思わしくない現在の状況では、誰かに見られた時に言い訳のしようもありません」
昨晩、マックスとアリシアの警護の時に一度ずつ、マーディアは自傷しようとした。マックスの時はいきなりむくりと起きたかと思えば、頭を思いっきり壁に打ち付けようとしたらしい。アリシアの時は、うつ伏せになって眠り始めたマーディアを不思議に思い覗いて見ると、自ら鼻と口を塞いで窒息死しようとしていた。
王妃という存在を、ロープで拘束するわけにはいかない。アリシアの家から王宮まで、短い距離でもなにがあるかわからないのだ。
「わかった。ハナイの森別荘にマーディアを一時匿おう。口の固い医師、信用の置ける侍女を用意するから、それまでの間、お前の家でマーディアを頼む」
「御意」
「しかし、ラファエラが……なんということだ……」
レイナルドは溺愛していた初めての子が殺されたと知り、落胆している。
さらに王女を殺したのは、もしかしたらラウ派の者かもしれないのだ。さすがに王族が直接関わっているとは思いたくないが。
「どう、なさいますか」
レイナルド王はしばらく頭を抱えていたが、しばらくして「どうしようもない」と苦虫を噛み潰したような顔で、呟くように言った。
「下手人をフィデル国だと断定することもできん。過激派とラウ派が手を組んだという証拠もない。ラファエラは……公式には病死としろ。元々、体の弱かった娘だ……誰も疑わぬであろう」
レイナルドの戦争を起こす気はないという発言に、アリシアは心底ホッとする。ラファエラ王女が殺されたせいで、激昂して戦争を仕掛けてしまうかもと危惧していたが、さすがはストレイア王だ。アリシアの考えは杞憂に終わった。
こうして謁見は終わり、王妃と王子は三日後にハナイの森別荘に送ることとなった。公式には二人は『諸外国へ勉強に行くシウリスと、それに付き添うマーディア』として、しばらくストレイアには帰らないという設定になっている。
マーディアの様子は、一日目はそれこそ三時間ごとに自傷を図り、目を離せられない状態であった。しかし三日目にはそれも落ち着き、自傷行為はほとんど見られなくなっていた。
シウリスの方はやはり傷ついていたものの、最初のような震えは止まっていた。結局アンナは三日間、風邪ということにして学校を休み、ひたすらシウリスに尽くしていたのがよかったのだろう。ハナイの森別荘に行くと決まった時、アンナも連れていくとシウリスにかなりごねられてしまい困ったが、週末にはそちらに遊びに行くと言ってなんとか納得させた。
三日目の晩の夜中に王都を出発し、王妃と王子を無事にハナイの森別荘に送り届けることができた。
絶対にアンナを遊びに来させてというシウリスに、アリシアは「必ず」と約束をして、アンナの待つ王都に帰ったのだった。
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