06.ちょっと呑み過ぎちゃったわ
マーディア、ラファエラ、シウリスらリーン系王族三名が公務に出ていった日の夜。アリシアは部下を飲みに誘うことにした。
家ではアンナが待っているのであまり長居はできないが、部下とコミュニケーションをとるのも必要なことだ。
「ルーシエ、どこのお店を予約してくれたの?」
仕事を終えると、銀色長髪で長身のルーシエに声をかける。
彼はアリシアの副官で側近だ。なんでもそつなくこなすが、特に頭脳がズバ抜けているのでアリシアはよく彼にアドバイスをもらう。
「フラッシュがうるさいので、呑んでけ屋という居酒屋にしました。アリシア様がお気に召さないのであれば、今から別のところを探しますが」
「別にどこでも構わないわ! 私はどんな店があるのか、よく知らないしね」
そう答えると、ルーシエはにっこりと微笑み、「みんなもそろそろ集まってくるでしょう」と言った。
彼の柔和な笑顔にはいつも癒される。
「ひっとーーう! ひっとーーう!! 今日はどこ連れてってくれるんスかーー!?」
「バカ、フラッシュ!! ノックしろよ!!」
バタンと執務室の扉が開いたかと思うと、フラッシュとマックスが入ってきた。
フラッシュは男にしては少し長めのプラチナブロンド、前髪に赤いメッシュを入れていて、額にバンダナを巻いているのが特徴だ。ゴツイ筋肉で剣を振り回して、中々の強者である。
隣でフラッシュを叩いているのが小柄で中性的なマックス。馬の早駆けが得意で、戦場にはいつも一番乗りして情報を集めたり、皆のサポートに徹してくれる有難い存在である。
「ええっと、確か『呑んだくれ屋』だったかしら?」
「『呑んでけ屋』です、アリシア様」
それを聞いたフラッシュが喜びの大ジャンプを見せた。
「ヒャッホーー!! あそこは安くてうまいんだよなー!!」
「あら、私の奢りだから、別に高いところでも構わなかったのに」
「ま、マジっすかーーーー!! じゃ、高いとこで……」
「筆頭、やめておいた方がいいです! こいつ、有り得ないくらい食べるんで!! そんなところで食べたら、さすがの筆頭も破産します!」
マックスの言葉に、ルーシエもコクリと頷いていた。
アリシアもフラッシュと何度か呑みに行ったことはあるので、彼が大食いであることも知っている。確かに、安いところの方が無難かもしれない。
「なにしてるんだよ……廊下まで響いてる」
ジャンが気だるそうに現れ、扉を閉めてくれた。
みんなは群青色の騎士服を着ているが、諜報部員として活動してくれているジャンは、一人だけいつも全身黒い私服だ。おそらくは、雷神の影響を受けているのだろうとアリシアは思っている。
仕事である諜報活動している間、彼は王都にいない。ジャンには明日からまた、フィデル国の動向を探りに行ってもらう予定だ。今のうちにしっかりと骨休みしてもらわなければ。なにせ、一度出ると半月も戻ってこられないことがあるのだから。
「なに? 筆頭」
今日は労ってあげようと思っていたら、視線をジャンに返される。その姿を見たマックスが、あきれたように声を上げた。
「出たよ……目から怪光線」
「別になにもしてないだろ」
ジャンはそう言いながら、チラリとこちらを窺うように流し見てくれた。
アリシアがエロビームと名付けているものだ。マックスには怪光線と呼ばれているようだが。
「じゃあ、全員揃ったことだし行きましょうか!」
そう言うと、フラッシュが喜び勇んで一番に部屋を出ていった。
みんなで『呑んでけ屋』に着くと、それぞれにお酒や料理を注文する。居酒屋と呼ばれるその店には、お酒の進む料理で盛りだくさんだ。昔はなかったが、最近はこういう店が流行っているらしい。
それらをつまみながらアリシアも次々とお酒を飲んでいたら、さすがに酔いが回ってきた。
アリシアは、ルーシエ、ジャン、フラッシュ、マックスの順にぐるりと顔を見た。皆、二十代で一番の青春の時期だというのに、仕事の話ばかりでちっとも色っぽい内容を話していない。
「まったく、あなたたちはいつになったら結婚するのかしら!? 彼女の一人もいないの!?」
飲んでいたビールをダンッと置くと、ルーシエは少し困ったように微笑み、マックスはバツが悪そうに黙り込んでしまった。
「ひっとー、誰か紹介してくださいよーぅ」
へべれけになりそうでならないフラッシュが、そんなことを言い出す。
「そこは自分で探しなさいな」
「自分で探せたら、苦労しないですよー。くっそー、やけ食いだ!! 鳥の串焼きお代わりー!!」
「おいフラッシュ、食べ過ぎだ。また太るぞ!」
「これは筋肉だっつーの!!」
マックスの制止も聞かず、鳥の串焼きを次々に平らげていくフラッシュ。
まだまだみんなと一緒にいたいところだが、あんまり遅くなるとアンナが心配するだろう。
「ルーシエ、悪いけど私はそろそろ帰るわ。後はお願いね」
「かしこまりました。お気をつけてお帰りください」
そう言うルーシエは、胃の辺りを押さえているようだ。最終的にフラッシュの介抱を任せることになるのだから、それも仕方のない話だろう。
いつもルーシエに無茶を頼むし、胃の痛い思いをさせてしまっている。常に細かいところにまで気を遣うルーシエだ。甘えてしまって申し訳なかったが、アリシアはこの後呑むのに十分なお金をルーシエに預けて席を立った。
「送るよ、筆頭」
と同時に、ジャンも席を立つ。
「あら、いいのよ? ジャンはこのまま楽しんでくれれば」
「朝までフラッシュに付き合わされるのは勘弁だよ。明日からまた諜報活動だし」
「そう……じゃあ一緒に帰りましょ!」
アリシアはフラッシュに「明日も仕事なんだから、ほどほどにね!」とだけ言って店を出た。
「ふー、楽しかったわねぇ! ちょっと呑み過ぎちゃったわ」
歩けないほどではないが、目がトロンとなってしまっているのを自分で感じる。
みんな、少しは息抜きになっただろうか。ルーシエは心休まらずと言った感じではあったが。そういう意味ではフラッシュの管理をしているマックスも同じであろう。
「そういえば、ジャンはちゃんと呑んだの?」
「呑んだよ。ワインを二杯だけ」
「少ないわねー。気にせずもっと呑めばよかったのに」
「いいんだよ、筆頭を送るつもりだったから」
いつものようにスタスタとは歩けず、少し歩調を緩めて家を目指す。
いい夜だった。家の灯りはすでに少なく路地は暗いが、月明かりが全体を優しく照らしてくれている。
「明日からまた、あなたは諜報活動ね」
「うん……またしばらく筆頭に会えなくなるな」
「気をつけて行ってらっしゃいな!」
心からそう伝えたのにも関わらず、ジャンはなぜか少し寂しそうに息を吐き出した。
「……まったく、少しは寂しがってほしいよ」
「だって、いつものことじゃないの」
「まぁそうなんだけどね。……着いたよ、筆頭」
家の前まで来ると、ジャンはそこで立ち止まった。いつものように入るつもりはないらしい。さすがに夜が更け過ぎているからだろう。
「じゃあね、筆頭」
「ええ。おやすみなさい、ジャン」
そう言うと、ジャンは夜の闇に溶けるように消えていった。
アリシアは家の鍵を開けて、そっと中に入る。
人が動いている気配はなかった。アンナの部屋をのぞくと、娘はすやすやと寝息を立てている。仕事が遅い時、アンナはいつも自分のことは自分でして、一人で眠ってくれているのだ。
まだ、十歳だというのに。
「遅くなって、ごめんね……」
こんな風に、娘に寂しい思いをさせてしまっている自分は、きっと母親失格なのだろう。
アリシアはそっと愛しい我が子の黒い髪を撫でて、呟くように謝っていた。
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