第10話 ババ抜き

「今日は、やめておきましょうか」


 数舜の沈黙の後、朱音が口を開く。顔を朱く染めている姿は初めて見るから揶揄ってやりたいが、僕も負けず劣らず顔を朱くしている自覚があるのでやめておく。


 てか、生徒会室で何してんだあの人。彼女とイチャコラするのはいいけど時と場所を考えてほしい。


 さっさとここを離れよう。


 ガチャ。急に生徒会室の扉が開く。


「君ら何か用があってきたんじゃないのかい?」

「……」


 絶句する。この人気づいてたのかよ。今朝、積み上げられた生徒会長像が崩れ落ちてゆく。


「いやいや、気づいてるんならもうちょっと慌ててくださいよ!」

「坂柳ちゃん、心配してくれるのは嬉しいけれど大丈夫さ!キスくらいなら不純交遊にはならないだろう?」

「心配なんてしてないですし、そういう問題じゃないですよ!」

「それに、ほら、私は見られてる方が興奮する性質たちなんだ」


 もうやだこの人。頭おかしい。


「あの、部活の申請に来ました……」


 呆れた様子で朱音が部活の申請用紙を手渡す。


「部活の申請?って、なんだ文芸部か。了解、受理しておくよ」


 現在は部員数0とはいえ、去年存在していたおかげか随分とあっさりしている。


「部室の場所は分かるかな?」

「はい、わかります」

「鍵は職員室に取りに行くといい。生徒会に申請を出したことを伝えれば、多分顧問の先生が喜んで渡してくれるよ」


 そういうと生徒会長は奥へと下がっていった。ちらっと見えた部屋の中では、生徒会長の彼女さんが恥ずかしいからか、興奮からか赤面していた。


 できれば前者であってほしい。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 生徒会長の助言通り職員室にやってきた。


 なんだかドッと疲れた。職員室は西棟だから生徒会室からは割と距離があるが、そのせいではない事は確かだろう。


 扉についている窓からは先生方が忙しそうに動き回っているのが見える。


 コンコン。


「失礼します。1年1組の坂柳澪と城崎朱音です。文芸部の顧問の先生はいらっしゃいますか?」

「んん?私がそうだけど」


 職員室全体に聞こえるくらいの声量で挨拶したが、返事をくれたのは一番手前に座っていた先生だった。


 何だこの先生。髪ボッサボサだけど。


「生徒会に文芸部の申請出したので鍵を受け取りに来ました」

「おお!マジか!ありがとう!助かったよ」


 急に元気になってこちらの手を両手で握って来る先生。距離感が近い。


「私は神薙真利亜かんなぎまりあ。国語教師で文芸部の顧問だ。歓迎するぞ!」

「あ、はい、ありがとうございます」

「神薙先生、助かったとは?」

「いやあ、文芸部の部員がいないせいで別の担当にされそうになってたんだ。でも、お前らが入ってくれるならこの話はなしだ。今年も楽できる」


 相当別の部活の顧問になるのが嫌だったんだろう。上機嫌だ。神薙先生の全身から発せられるダメ人間臭がすごいが僕にとっては熱心な顧問よりも都合がいい。


「じゃあ、鍵頂いていきますね」

「おう、部室は基本自由に使っていいが変な事はするなよ?18禁的な」

「やりませんよ!」


 生徒会長じゃあるまいし。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 文芸部の部室は意外にも片付いていた。左右の壁には本棚がズラッと並んでおり、一般文芸からラノベ、果てには漫画本も置いてある。その中にはうちの家でよく見慣れたものも混ざっている。


 僕はその棚の中から一冊手に取って読んでみる。ハードカバーで表紙には花の蜜を吸っているイラストが描かれておりタイトルは『春はあけぼの』というみたいだ。


 適当にページをめくる。



『ねぇ、何を震えてるの?我慢、するんでしょ?』

 

 その淡く低い声が、鼓膜を伝って脳内を刺激する。蛇のようにしなやかな手が双丘を行ったり来たりするたび嬌声を我慢するので精一杯だった。その手は先端に実ったクルミには――



 官能小説じゃねえか!!


 僕はその本を床に叩きつける。なんで官能小説が学校にあんだよ。おかしいだろ。


「ねえ、何急に本を床に投げ捨ててるの?怖いわよ」


 引いた眼でこちらを見る朱音。いかんいかん、ちょっと動揺してしまった。


「いや、ごめん何でもない」

「その本が何かあるの?」


 朱音が床に叩きつけられた本に興味を示す。


「いや、ほんとに何でもないよ」

「何よ。気になるじゃない」

「いやほんとに」

「澪、契約」


 それを出されてしまえば、僕には抗うすべがない。僕は大人しく本を渡す。受け取った朱音はぺらぺらとページをめくっていく。


「何よこれ、比喩ばっかりでさっぱり内容が分からないじゃない」


 よかったあ、朱音にそっち方面の知識がなくて。


「あれ?この段ボールは何だろ?」


 朱音の気を逸らすため隅に置かれている段ボールを指さす。中を開けると大量のボードゲームが入っていた。


 ……卒業したっていう先輩方はほんとに文芸部の活動してたのか?ただ遊んでたんじゃないだろうな。


「トランプとかあるし、マジックの練習でもしてたのかしら」


 上から覗き込んで朱音が言う。


「いや、普通に遊んでたんだろ」

「トランプって遊ぶものなの?」

「え?」


 何を言っているんだ?トランプは遊び道具だろ。


「ほらババ抜きとか、大富豪とか」

「なにそれ」

「え?知らないの?」

「知らないわよ」

「……もしかして友達いない?」

「失礼ね。友達はいるわよ」


 心外だと目を細める朱音。ああ、よかった。僕が言えた義理じゃないけど友達はいるらしい。


「こまとししがいるわ」

「へえ、うちの学校の生徒?」

「うちの犬よ」

「……そうなんだ」


 僕ですらペットを友達とは言わないぞ。なんでこの成りで友達いないんだこいつ。


「それで、ババ抜きとか大富豪って何よ」

「あー、やった方が早いかな?」


 僕は説明のためにトランプを手に取った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 一時間後、僕はうんざりした面持ちで対面の朱音を見ていた。


「なあ、もうやめない?」

「嫌よ、私が負けたままなんて」


 朱音は目を右に左にとやった後、勢いよく僕から見て右のカードを引く。ババだ。


「なんでよ!あなた不正してるんじゃないでしょうね」

「やらないよそんなこと。僕も早く朱音に勝ってもらって終わりたいんだよ!」

「わざと負けてごらんなさい。そんなことしようもんならあなたの秘密バラすわよ」


 これが厄介なのだ。朱音はわざと負けることを許してくれない。そして、わざと負けることが禁じられてしまえば僕は朱音に負ける気がしない。


 僕は朱音の目線とは逆の方を取る。


「なんでよ!」


 絶叫する朱音。


「朱音は将来絶対カジノとか行かないでね?」

「は?行かないわよ。そんな事よりもう一回よ」

「ねえ、ジョーカーの方を見るのやめない?」

「別に見てないわよ」


 見てるんだよなぁ。


「でも、そう言うなら気を付けるわ」


 次のゲーム、僕は朱音が見つめている方を引いてまた虚しい勝利を手にしてしまった。


 こいつが首席って実は何かの間違いなんじゃないのか?僕が入試の結果に疑問を呈していると絶望の一言が響く。


「もう一回!」


 ……いつまで続くんだこれ。

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絶対に失敗できない高校&女装デビュー〜男女比1:1000万の世界で僕は男であることを隠して学校に通う〜 @wagashiya

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