第9話 部活申請
体育館からの帰り道、僕は先ほどの発言の真意を朱音に問うていた。僕が入る部活が決まってるとは。
「言葉の通りよ。あなたには文芸部に入ってもらうわ」
「文芸部?」
先ほどの部活紹介を思い出す。吹奏楽部が演奏したり、放送部が早口言葉をやったりしてる中に文芸部などなかったと思うのだが。
「文芸部なんてなかったぞ」
「最後の部員である三年生が卒業したけれど、去年まであったのよ。」
「やっぱりないじゃないか」
「だからあなたが入るのよ」
人に聞かれたくないからか朱音が口を耳に寄せてくる。吐息が当たってちょっとくすぐったい。
「あなたの秘密を隠すなら学校内に自由に使える場所があった方がいいでしょ。部室のカギは原則部長に一本預けられて予備が一本職員室に保管されるの。つまり、あなた部長になりなさい」
そのあまりにも真っ当な言い分に僕は驚く。てっきりこき使うために私と同じ部活に入りなさい(強制)みたいな感じだと思っていた。
「なによ」
「いや、朱音、さまがまともな事を言うから……」
「ぶっ殺すわよ」
目に怒りを込めて睨みつけてくる朱音。死にたくないのでほんの少し距離をとる。
「私は己の発言には責任を持つわ。協力するって言ったんだから協力するわよ。ちなみに――」
朱音が何かを言いかけるが、それは上からの悲鳴に遮られる。僕たちの前を歩いていた生徒が階段から踏み外したのだ。
体がふわっと浮き迫って来る背中がスローモーションのように映る。咄嗟に、右手で手すりを持って、左手で落ちてきたその子を支える。ふぅ、体が反応してよかった。
「大丈夫?怪我とかない?」
「は、はい、ありがとうございます」
「次から気を付けてね」
優しく体を起こしてあげる。その子の友達であろう子たちが駆けよっていき口々に心配の声をかけてゆく。後のフォローはこの子たちに任せよう。僕はその様子を尻目に再び歩き出す。
「よく反応したわね」
「美少女は保護対象らしいからね」
「何の話?」
「何でもないよ。それより言いかけてたことって何?」
「ああ、もう部活申請書は書いてるから、後はそれを生徒会に提出するだけってことを言おうとしたのよ」
うーん、準備がいい。準備が良すぎて逆に怪しい。けれど、冷静に考えても僕にデメリットはないんじゃないだろうか。僕は部活動がしたいのであって、どうしてもこの部活がいいというのはない。
部員が僕一人である点が僕の想像していた部活動とは違うが、確かに朱音の言う通り男であることを隠すのなら自由に使える空間があった方がいいだろう。それでなくとも、学校内に自分だけの部屋があるというのはなかなか良いものではないか。
「ありがとう、素直に文芸部の部長になるよ」
お礼を言うと朱音は照れたように目線を逸らした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「じゃあ部活申請書提出してくるわ」
その日の放課後、朱音が一枚の紙を手にしつつそう言う。
「僕も行くよ、今朝、生徒会長にはお世話になったし」
「生徒会長に?あなた寝坊したんじゃないの?何で生徒会長が出てくるのよ」
「あー……」
どうしよう、寝坊したことにしたのすっかり忘れていた。あまり話したくはないが生徒会長の名前を出した手前、今朝、痴漢に会ったところを助けてもらったと説明する。
「何よその面白そうなイベント。なんでその場に私は居なかったのかしら」
本気で後悔してそうな声音を出す朱音。やめろよ。人の不幸をイベント呼ばわりは。
「そういえば、部活申請書って何書いたの?」
「ああ、はいこれ」
手渡してきた部活申請書を受け取る。
部活申請書
部活名 文芸部
活動内容
主な活動は小説、詩、エッセイなどの執筆活動。部員それぞれが自由にテーマを選び、創作に取り組みます。文芸に触れることで文章力の向上を目指して活動していきます。
部長
1年1組 坂柳澪
副部長
1年1組 城崎朱音
「ん?朱音も入るの?」
「部活の申請には部長と副部長の最低二名が必要なの」
「そうなのか」
それは、何というか申し訳ない。
「他に入りたい部活とかないのか?」
「ないわ」
そう即答する朱音に無理をしている感じはしない。
「それなら、いいんだけど」
教室を出て僕たちは生徒会室へと向かう。生徒会室は東棟の3階に位置しているため階段を上がってゆく。1年生の教室は2階に集まっているから3階まで上がるのは初めてだ。
その辺で話してる人や廊下ですれ違う人がみんな先輩だと思うと軽く緊張する。
奥まで行くと生徒会室と書かれたプレートが目に入る。
深呼吸を一つ。コンコン。僕たちは生徒会室の前まで来てノックをする。
「……」
「返事がないわね」
「もう一度ノックしてみよう」
コンコン。再び訪れる静寂。
「いないのかしら」
「どうだろう。開けてみようか」
僕はドアノブに手を伸ばし、扉を開けて中を覗き込む。
「んっ……ふ」
「んんっ……」
そこには、キスをしている生徒会長の姿があった。
僕と朱音は目を見合わせると、そっと扉を閉めた。
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