第8話 カリスマ

「うちの可愛い生徒に手を出すのはやめてもらおうか」


 間一髪のところで今まで撫でまわしていた手がスッと引く。後ろを見れば白佐葦学園の制服に身を包む女生徒が痴漢の腕を掴んで持ち上げていた。


「な、何よあなた」

「痴漢の被害にあって、怖かったろう?もう大丈夫だからね」


 慌てた表情で詰問してくる痴漢を無視して、こちらに気遣げに声をかけてくれる。


 痴漢というワードが出たせいか周りもだんだんざわざわとしてくる。


「すまないね、私がもう少し早く気づいていればよかったんだが」

「私はやってない!」


 往生際悪く無罪を主張する痴漢にその人はスマホを掲げていう。


「証拠、あるから取り敢えずそのうるさい口、閉じようか?」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 痴漢を連れ立って駅事務室まで行き、そのまま警察に連行してもらってから僕たちは一緒に学校に向かう。


「あの、本当にありがとうございます」

「お礼を言われるようなことじゃない。ただでさえ美少女は保護対象なのに、それがうちの生徒とあっては生徒会長としては見過ごすわけにはいかないのさ」


 そう気取ったように歯を光らせて答える生徒会長、そう、助けてくれた相手は生徒会長だった。


 白佐葦学園の生徒会長は10月に行われる選挙によって決まる。そこに学年は関係ない。


 入学初日から噂になっていた。我が学園には1年生にしてその圧倒的なカリスマで3年生の立候補者二人にダブルスコアをつけて生徒会長になった傑物がいると。


 僕は横目に生徒会長を観察する。切れ長の目に全体的に丸みを帯びた髪型だが、襟足だけワンカール外に跳ねている。所謂ウルフカットというやつだ。今ではほとんど使われなくなったイケメンという表現がよく似合う。


「そんなに見つめられると照れてしまうな」

「あ、すいません」


 やべ、見ているのがバレた。ちょっと気まずいので話を逸らす。


「あの、助けてもらっておいて本当に申し訳ないんですが、お名前なんて言うんですか?」

西堂苑來さいどうえんなだよ」

「僕は坂柳澪って言います。すいません西堂さん、もう遅刻確定ですし」

「そんなことを気にする必要はない。いいかい、坂柳ちゃん、私は今すこぶる気分がいい。何故かわかるかい?」

「え?いや分かんないです」

「君みたいな可愛い子と一緒に登校出来ているからさ」


 西堂さんはそう言うとウィンクする。


 その言葉を聞いて僕の中では、さらに罪悪感が湧く。実際には、ただの冴えない男なんだけど……。

 

「本当の僕は可愛くなんてないですよ」


 言ってから失言に気づく。なんで僕は暗くなるようなこと言ってんだ。本気の自虐ほど扱いづらいものもないだろう。すると、西堂さんは滔々と語りだす。


「本当の自分とは何なんだろうな。私は生徒会のメンバーの前では気丈に振る舞い頼りがいのある自分でいようとする。でも、一度家に帰れば親に甘えてしまっている、親からすれば私は頼りなく思うだろう。じゃあ、生徒会メンバ―の前での自分は本当の自分ではないのか?私はそうは思わない。」


 僕はいつの間にか西堂さんの話に耳を傾けていた。


「二つ人格があるんじゃない。ある人の前では自然とそうなってしまうだけで、君が何をもって自分は可愛くないと思っているのかは知らないが、少なくとも私の前では君は可愛いよ。それを誇るといい」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、学校に着いた僕たちは昇降口で別れた。学校側には事前に連絡を入れていたので特に何かを言われるようなこともなく席に付けた。クラスのみんなには痴漢に会いましたなんて言うのは恥ずかしいので寝坊したと適当に誤魔化しておいた。


 そして、午後になり僕は他の一年生たちとともに体育館に集まっていた。今から部活紹介があるのだ。僕は隣に座っている朱音を見る。


「何よ」

「いや、カリスマ性にも種類があるんだなと」

「は?どういう意味よ?」

「何でもないよ」


 僕は正面に向き直る。横から圧のある視線を感じるが無視だ無視。これから僕はどこの部活に入るか考えなければならない。僕の中ではあるのだ、青春といえば部活、部活といえば青春という方程式が。


 みんなで切磋琢磨して頂点を目指す。時にはぶつかる時もあるかも知れない、しかし、雨降って地固まる。ぶつかった分キズナはより強固なものとなる。


 小中帰宅部の僕が高校生になったらやりたいことベスト3には入っている。


 どこの部活に入ろうか。残念なことに着替えという僕にとっての最大の鬼門がある運動部は除外だ。


 美術部とかどうだろう。絵なんて描いたことないが僕には瑠璃母さんの血が流れている。高校の壁に落書きして、その絵を消去する作業に生徒たちから反対運動があったくらいの才が僕の血には入っているのだ。もしかしたら、絵心というものが僕にも宿っているかもしれない。


 演劇部も捨てがたい、僕は学校にいる間ずっと演技してるようなものだ。迫真の演技をして見せよう。

 

 珍しいところでは弁論部なんてのもある。一つのお題に対してディベートを行うのだ。最近は僕が引くようになってしまったが、幼少期、妹と言い争いをした経験が活きるかもしれない。


 より取り見取りで迷ってしまう。どれにしようかな。


 ふと、横からちょんちょんと肩を叩かれていることに気づく。


 なんだよ、僕がこれからの青春に想いを馳せていたというのに。


「あなたどこに入ろうか考えてるみたいだけど、澪の入る部活は決まってるわよ」


 ……はい?

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