第5話 入学初日
白佐葦学園の正門は高校の門にしては珍しくレンガ造りのアーチ状の門になっている。その門の前で緊張からか自然とため息が漏れる。大丈夫、今の僕は誰から見ても完全に女の子だと言い聞かせる。
門をくぐると明らかな人だかりが目に入る。一般的な日本人よろしく人の流れに逆らわずそちらの方向に歩いていくとクラス分けの紙が張り出されていた。僕の名前を探して一組から順に指で追っていくと特に時間もかからず自分の名前を発見する。すると声をかけられた。
「おはよう」
急に背後から話しかけられたことで肩が跳ねる。
振り返るとどこか勝気な目をした女の子が立っていた。透き通った肌に澄んだ明眸、長髪をたなびかせた端麗な佇まいからは威厳すら感じる。まさに高嶺の花と形容される人種だ。
「あら、びっくりさせちゃった?ごめんなさいね、私、人の背後から話しかけるのが趣味なの」
……なんてはた迷惑な。
「……やめた方がいいよその趣味」
「そう?じゃあやめるわ。あなたも一組?」
「そうだけど、どうして?」
「あからさまに自分の名前見つけましたって感じ出してたじゃない」
うわあ、見られていたのか。なんだか恥ずかしい。
「坂柳澪さん?で、大丈夫かしら?」
遠慮がちに尋ねられる。名前まで控えられるなんて僕はそんなに分かりやすいのか。なんだかショックだ。とりあえずYESの返事をする。
「私は城崎朱音。これから三年間よろしくね、澪」
いきなり呼び捨て!?家族以外から下の名前を呼び捨てにされたのはいつ以来だろうか。正直悪い気はしない。
「うん、よろしく城崎さん」
「朱音様でいいわよ」
「……」
僕の方からは様付けなのか。もしかして様付けが当たり前の超絶お嬢様とかなのだろうか?
「冗談よ、朱音でいいわ」
「いや、えっと、どっちにしろハードルが高いよ」
「そう?それならいいわ、話は変わるけれど今年の入学生に男の子っていないのかしら」
「え?」
話変わりすぎだし、なんてピンポイントなこと聞くんだこの人。
「私って男の子って見たことないからちょっと期待してるのよ。やっぱり人生に一回くらい見ときたいわよね」
目の前にいますよとは言えない。
「いや、流石に居ないんじゃないかな?」
「そうよね。1000万分の1かつ同年代かつ白佐葦学園に入学してくる確率なんてどれくらいよって話よねぇ」
さらに、その入学してきたやつが女装してる確率なんてそれこそ天文学的確率だろうななんて思っていると城崎さんが急に踵を返す。
「ごめんなさい。私早めに行かないといけないから。入学式後に会いましょう」
「あ、うん、いってらっしゃい」
去っていく城崎さんを見送る。しかし、違和感を持たれず会話できたのは幸先いいのではないだろうか。いや、この段階で違和感を持たれてたら話にならないのだけれど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
入学式では学校長や教育委員会の話を右から左に聞き流していたのだが首席の新入生代表として台に上がったのはなんと先ほど話しかけてきたつり目さんだった。清涼な声で滔々と話すその姿からは絶対的な自信とカリスマ性を感じさせる。ああいう人間は高校デビューなどと意気込まなくとも自然と人がついてゆき華やかな高校生活を送れるのだろうな。
入学式が終わると皆割り振られたクラスへと向かう。僕は一組だから、一年一組の教室へと入り黒板に張り出された座席表を見る。どうやら僕の席は窓際の後ろから二番目のようだ。自分の席に着き、一息つく。
「あなたと席が近くてよかったわ澪」
「背後から話しかけるのはやめたんじゃなかったっけ?城崎さん」
座席表を見た段階から分かっていたことだが僕の後ろの席は城崎さんだった。坂柳の”さ”と城崎の”し”、出席番号が隣同士なのだ。
「あなたが無視するからでしょ」
「無視したつもりはないんだけど」
本当に無視したつもりはない。ただ、男だとバレないか未だひやひやしてるから一旦落ち着きたかっただけだ。
「あら、明らかに私のことを認識しながら話しかけてこないのは無視じゃないのかしら?私はあなたと仲良くしたいのに悲しいわ」
城崎さんは全然悲しくなさそうに僕を責める。
「あー、ごめん」
「ふふ、いいわ許してあげる。その代わり放課後私に付き合ってね」
「え?」
どういうことか?と聞こうと思ったが先生が教室に入ってきて聞きそびれる。もしかして、これは放課後にどこかに遊びに行こうという誘いだろうか。普通の学生は放課後にそのまま遊びに出かけるらしい。どこか寄り道して買い食いしたり、カラオケに行ったり。人生で初めて放課後に学校から自宅に直行しなくてもいいかもしれない、なんてことを先生からの高校生としての心構えの話を聞き流しながら考える。そして、その後、軽い自己紹介を行って今日は解散となった。
「それじゃあ行きましょうか」
間髪入れずに後ろから声がかかる。
「えーと、どこに?」
「うーん、人が来ないところならどこでもいいのだけど」
「人が来ないところ?」
なぜ?……はっ!これはもしかして?
一年前、渚が一目惚れされて入学初日に告白されちゃったーなんて言っていたが、まさか僕の身に降りかかるとは。流石、渚とともに研究に研究を重ねた上で創り上げた”女の子”だ。しかし、残念ながらこの告白は断らなければならない。城崎さんが惚れた僕は本当の僕ではないのだ。
「わかった。ついていくよ。でも、残念ながら城崎さんが期待してる返事は返せないと思う」
「……なんか勘違いしてない?」
「勘違いなんてしてないよ。これは城崎さんは全く悪くない。ただ、僕の答えが初めから決まってるだけの話で」
「だから勘違いしてるわよね?しかも、相当明後日の方向に……。まあいいわ、ついてきて」
歩き出す城崎さんに僕は大人しくついていく。しばらくすると、城崎さんは足を止め一つの教室を指さした。クラスのプレートがないから空き教室だろう。
「ここにしましょう」
城崎さんがガララと扉を開け入る。教室の中はカーテンが閉じきっており薄暗い。唯一の光源はカーテンの隙間から入る太陽光だけで教室全体を照らすには心もとない。舞っている埃に光が当たって輝いている。僕も入ると後ろでガチャと鍵を閉める音がする。
「鍵を閉める必要が?」
「誰かが入ってきたら面倒でしょ」
そうか、告白してる場面なんて人に見られたくはないよな。念には念を入れてってやつだ。
「それでね澪」
「ああ」
城崎さんの瞳が怪しく光る。僕は生唾を飲む。異様な緊張感が全身を包む。告白された経験なんてもちろんないけれど、城崎さんのためにも出来るだけ傷つけないように振ろう。
「あなた男よね?」
「ごめ……、え?」
……、瑠璃母さん、詩歌母さん、渚、僕の高校生活終わったかも。
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