第3話 僕が引きこもりになったわけ

 僕は小学校高学年から孤立し始め、中学からはいじめが始まった。何か話しかけても無視をされ、毎日何かしら僕の持ち物がなくなっていた。そのいじめはだんだんとエスカレートしていったけれど僕は我慢した。男の僕のことを妹と同じように愛情を注いで育ててくれている両親に迷惑などかけたくなかった。


 それに神崎先生がいた。神崎先生は僕のクラスの担任というわけでもないのに、僕のことを何かと気にかけてくれていた。


 だが、この我慢は結局無駄に終わる。


 ある冬の日、母から誕生日プレゼントとしてもらった手袋がなくなった。切り裂かれてゴミ箱に捨ててあったのだ。その瞬間、僕の頭の中で何かが切れた。


 いじめの主犯格は分かっていた。教室に戻るとそいつが気色の悪い笑みを浮かべて立っていた。だから思いっきりぶん殴ってやった。まさか殴られるとは思ってなかったんだろう――事実、それまでの僕だったら目を合わせず大人しく自分の席に戻っていたことだろう――、そいつは呆然とした表情でこちらを見やった後、ひいなどと言って怯えた目をしやがった。なんだそれ、お前がそんな目をするなよとさらに怒りが湧いたのを覚えている。


 暴力沙汰だ。もちろん大事になった。でも、意外なことに僕だけが一方的な加害者になることはなかった。神崎先生が動いてくれたからだ。いじめについてうすうす感づいていたらしく必死に僕のことを庇ってくれた。最終的に両者2週間の謹慎で落ち着いた。


 謹慎明け、教室内に僕をいじめていた空気はなくなり、ただただ腫れものを扱うような空気だけが漂っていた。いじめの主犯格だった奴はいじめていた頃が嘘だったように孤立し、いつの時か転校していった。


 この一件は神崎先生のおかげで僕は救われた。しかし、その後僕を闇に落としたのも神崎先生だった。


 今でも鮮明に思い出せる。


「坂柳くんは私のこと好き?」


 恩師といっても過言ではない神崎先生からそう尋ねられ、僕はもちろんだと答えた。


「両思いだとは思ってたけど照れるね!一目見た時から運命だと思ったんだよ?昔から女を恋愛的に見れない私のもとに男の子が現れたんだから」

「卒業したら結婚しようね!」


 何を言われているのか分からなかった。神崎先生の中で僕と神崎先生が付き合っていることになっていることに気づいたとき、今まで唯一の理解者だと思っていた神崎先生のことが狂気に染まった別の何かにしか見えなくなった。向けられたことのない感情に向けられたことのない目線。なにより、男女など関係なく平等に、一生徒として接してくれていると思っていた神崎先生が一番男である僕に固執していたと知って、僕を支えていた何かが音を立てて崩れ去っていくのを感じた。


 そして、信頼していたものの裏切りはいじめなどとは比にならない程の絶望感を僕に与えた。次の日、僕はまたあの狂気的な瞳に晒されるのかと思うと玄関から足を踏み出せなかった。僕はこの日引きこもりになった。

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