第16話 その時ユランは……

 アーネスト王国の王都、その中心に程近い場所、そこには聖剣教会と呼ばれる荘厳な雰囲気の建物がある。

 

 聖剣教会の教徒の中でも高い格を持つ者を、神官と呼び、彼らは日々『光の創造神ソレミア』に祈りを捧げ、その教えを広めるために活動している。


 光の創造神ソレミアは、『闇の創造神ヘドゥン』が生み出した『魔族』から、人類を救済するために『聖剣』を与えたと言われる光の神だ。

 

 この世界には、世界を創造した三神さんしんと呼ばれる創造神がいた。


 人類を創造し、聖剣を与えた『光の創造神ソレミア』


 魔族を創造し、人類を滅ぼそうと目論んだ『闇の創造神ヘドゥン』


 ドラゴン族を創造し、二つの種族に調和をもたらそうとした『竜神ル・ナーガ』


 今から400年前、世界に調和をもたらすはずだった竜族が滅び、調律者を失った末に魔族の敵意は人類へと向かう事となった。


 そこから、人類と魔族の戦いの歴史が始まったのだ……。


         *


 「と言うのが、魔族と人類の戦いの始まりなのです。その後、竜族の唯一の生き残りである『魔竜バル・ナーグ』が人類に反旗を翻したため、実質、我々人類は『魔族』と『竜族』の両種族を相手にしなければならなくなったのです……したがって──ユラン様? 聞いていますか?」


 教壇に立ち、『人類の成り立ちと、聖剣の軌跡』と言うタイトルの歴史書を開く男──聖剣教会の神官ノリスは、講義机に向かうユランに、咎める様な視線を投げる。


 ユランが心ここに在らずで、彼の講義を聞いていなかった事に気付いた様だ。


 ここは聖剣教会の施設内にある講義室。


 ユランは現在、この講義室でノリスから、『神人として最低限、知っておくべき事』と言う題目の講義を受けていた。


 聖剣鑑定の結果、自分が神人しんじんである事を告げられたユラン。

 その事で、聖剣鑑定の結果を隠蔽するなど、余計な事に気を回さねければならなくなったが、悪い事ばかりでもなかった。


 神人として教育を受けると言う名目で、しばらくの間、聖剣教会に滞在できる事になったのだ。

 

 これで、王都に残り。グレンの助命について対策を立てる事もできる。


 代わりに、日中は、ノリスや他の神官からの講義をみっちり受ける事になってしまったが……。


 「ユラン様、集中してください。これは、貴方から言い出した事なのですよ?」


 ノリスの言う通り、王都に残る口実とは言え、神人として心得を学びたいと言い出したのはユランだ。


 ユランは、これから訪れるであろう、グレンの危機について色々と思案してしまい、ノリスの講義に集中できなくなっていた。


 「違いまーす。ユランくんが集中できないのは神官様の講義がつまらないからでーす。ユランくんを悪く言わないでくださーい」


 ユランの左隣で講義を受けていたミュンが、右手を上げ、間延びした声でノリスに抗議の声を上げる。

 

 つまらないと言いつつも、ミュンはノリスが言ったことを、しっかりと手元の羊皮紙の束に記載していた。


 「し、神官様……つまらなくはないです……もう少し、ユランくんにも分かるように説明してくれると嬉しいと言うか……でも、講義って誰にでも分かるように説明しないと意味がないから……あ、やっぱり神官様の講師としての才能が……」


 さらに、ユランの右隣に座るリネアも、ノリスをフォローすると見せかけて毒を吐いていた。


 「……」


 ノリスは少女二人の言葉に絶句し、半目になってユランを見る。

 『コイツらを何とかしろ』と言外に訴えていた。


 「ふ、二人とも……僕が考え事をしていたのは事実だから……すみません神官様」


 ノリスの無言の圧に押され、ユランはミュンとリネアを窘めた後、ノリスに謝罪する。


 「あと……二人とも、なんか距離が近くない?」


 ユランが考え事をしている間に、ミュンとリネアは、ピッタリと身体がくっ付くほどの距離に近付いていた。

 講義が始まったばかりの頃は、適度な距離を保っていたような気がしたが……。


 講義室は広く、座る場所も沢山あるにも関わらず、ミュンとリネアはユランの両隣に陣取っていた。


 「えー、近くないよ。これくらいは幼馴染なら当然でしょ? え? 何、もしかして嫌なの? そんなわけないよね、私たちって幼馴染だもん。ああ、もしかしてリネアが嫌なの? 嫌なら引き離すよ?」


 早口で捲し立てるように、ユランに詰め寄るミュン。


 それを聞き、リネアも負けじと言い返す。


 「ミュンってすぐに変な事言うね……重い女って嫌われるんだよ? あと、ミュンの強味って『幼馴染』って事しかないの? 寂しいね……大事なのはこれからなのに……かわいそう」


 二人は完全に目が据わっており、ユランは言い知れぬ恐怖を感じた。

 また、いつもの口喧嘩やりとりが始まると分かっていたが、止めに入る勇気はなかった。


 ユランは、ミュンとリネアに対しては、どうにも甘くなってしまう傾向があった。


 回帰前の世界で幼くして亡くなってしまった二人に、ユランは哀れみと言うか、申し訳なさと言うか……複雑な気持ちを抱えており、強く出る事が出来ないのだ。


 「何よ! リネアなんて『ユランくんの大好きクラブ』の新参の癖に、生意気よ!!」


 突然、ミュンがとんでもない事を言い出した。


 「は? 何クラブだって? ミュン?」


 リネアとのやり取りで熱くなっていたミュンは、ユランの話など一切聞いてない。


 「『クラブに序列はない。皆んなユランくんへの大好きを追い求める同志だ』って言ったのはミュンだよ?」


 リネアまで意味不明な事を言い出し、ユランの頭は益々混乱していく。


 「は? ちょっと……リネア?」

 

 リネアもミュンと同様、当事者のユランを無視して、お互いにぎゃあぎゃあと口喧嘩を続ける。


 「……ふう、もう休憩」


 完全に蚊帳の外へ追いやられたノリスは、遠い目をしながらそう告げ、講義室を出て行った。


         *


 そもそも、何故ミュンとリネアが聖剣教会でユランと共に講義を受けているかと言うと、理由は単純。

 サイクスとユランの再三にわたる説得に、ミュンが全く聞く耳を持たなかったからだ。


 ユランが聖剣教会において『神人としての教育を受ける』とミュンに話した際、


 「え? じゃあ、私も残る。私も『貴級聖剣』だし、教育を受けて損はないよね?」


 と、当然の事の様に自分も残ると主張した。


 勿論、ユランには教育とは別の目的があったため、支障をきたす可能性を考え、ミュンを何とか説得しようと試みた。

 しかし──


 「は? 私が自主的に残るって判断しただけだよ? お父さんやユランくんには止める権利ないよね?」


 などと、言って押し切られてしまった。


 ミュンが残ると言い出せば、彼女にライバル心を燃やしているリネアも当然、「自分も残ると」言い出す。

 そしてリネアは──

 

 「私は、将来ユランくんの従者になるの……ユランくんとずっと一緒に過ごして、身の回りのことは、全部私がするんだから……最低限のことは学んでおかないと……こんな所で離れるわけにはいかない……絶対に……ふふふ……ユランくんはミュンの重さにウンザリしてるはず……ミュンはユランくんの事になると途端におバカになるんだから……ユランくんだってそんな女、嫌だよね……私は無理に自分を主張せずに、影から彼を支えるの……そしたらゆくゆくは……貴族とその従者だって結ばれて良いはず……妾だって良い……一番が私ならいずれ……うふ」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、ぶつぶつと独り言を呟き始める。


 ユランは、その呟きを聞き取る事が出来なかったが、リネアが醸し出す雰囲気に言い知れぬ恐怖を感じた。

 しかし、ミュンにはリネアの呟きが聞こえていたらしく、


 「全部聞こえてるわよ、この変態!」


 とリネアを罵倒する。


 そこから、いつもの様に二人の口喧嘩が勃発し、ユランとサイクスが口を挟む余地なく、いつの間にか二人の教会滞在が決まった。


 一応、教会の神官であるノリスにもお伺いを立てるが、『神人であるユラン様や、貴級であるミュン様と共にであるなら、ミュンさんの滞在も大丈夫でしょう』と許可が降りた。


 その時、ノリスが、


 「神人として貴族位を拝命した暁には、たっぷりと教会に寄付をお願いしますぞ」


 と言って、笑顔でユランの肩に手を置いたが、ユランは「ははは……」と笑って誤魔化した。


         *

 

 実を言うと、ミュンやリネアに聖剣教会の『教育』を受けさせる事は悪い話ではない。


 聖剣教会の『教育』には、座学の他にも基礎的な『戦闘訓練』なども含まれている。

 

 これから、魔族の動きが活発化する可能性を考慮すれば、『貴級聖剣』であり、幼いながらも非凡な才能を持つミュンの能力を伸ばすことは、ユランとしても願ったり叶ったりだ。


 同時に、今は重要視されていないリネアの『特級聖剣』も、戦闘で重要な役割を果たす可能性を秘めた特別な聖剣である。

 リネアの教育についても、後々のことを考えれば、かなり有益であると言えるのだ。


 後でノリスに聞いた話だが、聖剣教会では、男子と女子の宿舎は別々になっており、それぞれ個室が用意されるとの事だった。

 

 日中は講義を含む『教育』で、教会を離れられないため、秘密裏に活動するなら夜だと考えていたユランには朗報だ。


 『宿舎が別々なら、二人が教会に残ることも良い方向に働くはず……多分。』


 などと、ユランは、自分を無理矢理納得させた。

 

         *

 

 聖剣教会に滞在して一日目の夜、ユランは自室で外出着に着替え、上からローブを羽織ると、本格的に調査を開始するための準備をしていた。


 今の所、リアーネ家に大きな動きは見られない様だが、今のユランには、グレンが死亡する切っ掛けや、それが起こる日時も分からない。


 回帰前、グレンが死亡した時期にリアーネ家に滞在していたユランは、何か思い出せないかと記憶を掘り起こす。

 しかし、ユラン自身が、茫然自失になっていた時期ということもあり、上手く思い出す事が出来なかった。


 「もう一度……リリアに会ってみよう。何か思い出すかも……」


 ユランは準備をする過程で、顔を隠せる『あるもの』を用意していた。


 聖剣教会に世話になっている以上、面が割れるのは避けたい。


 何か問題が起きたとしても、顔さえ隠しておけば何とかなるだろう。

 

 『変身の神聖術』と言う、姿を変えられる便利な術も存在するが、生憎ユランは使う事が出来ない。


 「できれば、こんなものは使いたくなかったが……これしか用意できなかった……」


 ユランは用意した変装用の『仮面』を顔の前で掲げ、苦々にがにがしい表情になる。

 

 飾りっ気のないピエロの仮面。

 

 白地に、目と口の部分だけが三日月の様な形にくり抜かれている。


 「ああ、これを着けたからと言って……『俺』は封印しなければ……」

 

 沈みかける心を振り払う様に、ユランは宿舎の窓から外に飛び出すのだった。

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