第15話 人類最強グレン・リアーネ

 グレンは、逃げ惑う兵士たちの波に逆らい、死霊兵の前に歩いて行こうとするジェミニを、丘の上から見下ろしていた。


 そして、ジェミニに先ほど言われた事を考え、自問自答していた。


 ジェミニの、


 『聖剣士は弱者を守って死ぬべし』


 と言う考え方には、グレン自身も考えさせられる部分があった。


 グレンは、今まで、神人として……そして聖剣士としてアーネスト王国のために剣を振るってきた。


 王国のつるぎとして……弱者のために剣を振るってきたつもりだった。


 弱者とはなんだ?


 それは、戦う力のない弱い者たちだ。


 ジェミニの言う通り、グレンは今まで平民たちを守る対象として見ていなかった。

 

 と言うよりも、そこに考えが至らなかったと言う方が正しい。


 グレンは、悪い意味で聖剣士──貴族なのだ。

 

 彼は、生まれた瞬間から貴族として生き、10歳と言う若さで神人となった。


 神人となってからは、常に特別な存在として周りが勝手にグレンを敬う。


 グレンの人生で、特別ではない瞬間など一度たりとも無かったのだ。


 そんな、特別な存在であったグレンは、どこか考え方も貴族的であった。

 

 『全てを守る』と大言を吐きながら、その『全て』に優先順位を付けていた。


 しかし、これは貴族社会においては当たり前の考え方だ。


 『平民は貴族のために犠牲になるのが当たり前……平民=いくらでも替えが効く存在』


 自分たちを特別な存在、聖剣──神に選ばれた唯一無二の存在だと考えている貴族も多い。


 そんな自問自答の末に、グレンは自分の至らなさに気付き、自嘲気味に笑う。


 (僕には、神人としての驕りがあったのかも知れない。それに比べ、彼女は──)

 

 グレンは、出立前にアーネストが言った事を思い出していた。


 『ジェミニの国主としての素質は随一』


 アーネストが、ジェミニをそう評した意味が分かった気がした。


 ジェミニは、王女として生まれ、王女として生きてきたにも関わらず、『王国』と言う言葉の意味を広く捉えている。


 一方、グレンは貴族的な考えから抜け出せていなかった。


 そんな考えで、『全てを守る』などと宣うなど、ジェミニに『偽善者』と言われても仕方ない。


 グレンは、そう思った。


         *


 ジェミニの無謀な突進が始まる。

 その進撃は、少しずつだが『死の魔王』への道を作っていく。


 しかし、吹き飛ばされた死霊兵が再び立ち上がり、ジェミニを追随した事により、切り開いた道が塞がっていく。


 ジェミニは、死霊兵に囲まれる形になっていた。


 「グレン様……我々はどうすれば」


 次第に劣勢に陥っていくジェミニを、丘の上から見下ろしながら、カイルが言う。

 不安そうな表情で、グレンの指示を仰ぐ。


 「どうするって……助けに行かないんですか?」


 討伐軍の総大将であるジェミニが、絶体絶命の状況なのだ。

 部下ならば──聖剣士ならば、命を捨ててジェミニを救出に向かうか、共に死ぬか、好きな方を選べば良い。


 「あ……しかし、この状況では……」


 グレンは、しどろもどろになるカイルを見て、


 (この人はロイヤルガードだったな……ああ、ロイヤルガードだろうと何だろうと、所詮は貴族なのか)


 などと、蔑んだ視線を向けるが、『自分だって大差ないじゃないか』と思い直す。


 ジェミニを救出に向かえば、自分も巻き込まれ、確実に命を落とす事になるだろう。


 それに、ここに集まった面々は、ジェミニの身勝手な行動に振り回され、その影響で自分たちが危機に陥っていると思っている。


 ジェミニを助けに向かいたいと思う人間など、一人もいなかった。


 「へ、平民など捨て置き、撤退すべきだったのだ……我々には、王女様のワガママに振り回されても、逃げず、屈せず、戦って死んでいった同胞の『名誉の死』を王国に伝える義務がある……こ、こんな所では死ねん」


 言い淀んでいるカイルの後方から、ベテランの聖剣士が、そんな事を言い出した。


 「……」


 ジェミニを見殺しにする事への罪悪感からか、誰もベテラン聖剣士の意見に表立って賛同はしない。

 しかし、皆、押し黙り、口を開く者はいなかった。

 それは、ベテラン聖剣士の意見に同意しているのも同じだった。


 ベテラン聖剣士の言葉を受け、グレンはその内容に失笑する。


 (『名誉の死』か……それをアンタらが語るのか……主人を見捨てる決断をした者たちが……)


 『名誉の死』などと言って戦死者を讃える言葉は、所詮、生き残ってしまった者が罪悪感を薄める為に口にする言い訳でしかないのだ。


 その死に名誉があるかどうかなど、後で周りが決める事だ。


 生き残った者がそれを語り、誇るのは戦死者に対する冒涜でしかない。


 しかし、グレンは、ジェミニを見殺しにする決断を下した聖剣士たちを、蔑む気持ちを持ちつつも、仕方のない事だとも思っている。


 助けに行くと、気軽に選択できるのは、グレンが圧倒的な強者だからだ。

 立場が逆ならば、グレンだってそう言う選択をしたかも知れない。


 「あぁぁぁぁぁぁ!!」


 戦場から、ジェミニの雄叫びが上がる。


 折り重なった死霊兵を吹き飛ばし、ジェミニが『死の魔王』に決死の一撃を繰り出そうとしていた。


 グレンは──


 「おっと、間に合わなくなってしまうな……」


 そう呟くと、丘から戦場へ向かって飛び降りる。


 「グレン様!」


 カイルが叫ぶが、グレンは最早、そちらに返事を返そうともしなかった。

 

 グレンは、この戦場において貴族的な自分の考えを断ち切り、真の意味で聖剣士になろうと自分に誓った。


 ならば、ジェミニに教えを乞うのも良いかも知れない。


 冗談混じりにそう考えながら、グレンは戦場に降り立つ。


 グレンは、ジェミニの考え方こそ、国主に相応しいと思った。

 弱者のために命を投げ出し、戦う……自分もそう言う国主に仕えたいと、グレンは思う。


 ジェミニは継承権を放棄し、国主になる事を拒否しているが、そんな事はグレンには関係ない。


 ジェミニを国主にするために、全力で後押ししようと決めた。


 神人、グレン・リアーネとして……。


 ならば、


 「死なせるわけにはいかないよな……」


 グレンの目前には、増えに増えた死霊兵が密集し、壁の様に蠢いている。

 死霊兵は、遙か前方にいるジェミニがいる方角を向いており、グレンの存在に気付いていない。


 無数に蠢く死霊兵を前にして、グレンは、腰の後ろに斜め差しにしていた『聖剣』の柄を、右手で握る。


 死霊兵が気付いていない今、奇襲をかけるか?


 いや、神人グレン・リアーネにその様な小細工など必要ない。


 正面だろうが、背面だろうが、側面だろうが、上空だろうが、地下だろうが、全部関係ないのだ。


 「さて、『死の王』が……僕の『死』にどこまで抗えるのかな。お手なみ拝見と行こう」

 

         *


 『抜剣レベル5── 『偽りの生』を発動──使用可能時間は60分です──カウント開始』

 

 最初に、聖剣が発する無機質な声に気付いたのは、近くにいた数体の死霊兵だ。


 死霊兵は、『死の魔王』の指示が無くともある程度自立行動をし、敵を発見すれば勝手に攻撃を加える。


 グレンの存在に気付き、振り返ろうとするが──


 遅い。


 グレンの存在に気付いた死霊兵、気付かなかった死霊兵、まとめて400体近くが一瞬のうちに消滅する。


 消滅した死霊兵は蘇る事なく、チリとなって空に舞い上がる。

 

 グレンは、サブウェポンを抜いてすらいない。


 サブウェポンとは、聖剣士が『戦う』ために使う武器だ。


 サブウェポンを抜くまでもない相手……つまり、グレンにとってコレは一方的な蹂躙であり、戦いですらないのだ。


 「さあ、『死の魔王』とやらに、本当の死というものを教えてあげよう」

 

 グレンは、ゆっくりと歩き出す。


 『死の魔王』の下へ。


 そして、ジェミニの下に向かって。


         *


 グレンは、ただ、平原を歩いているだけだ。

 『抜剣術』を発動させている以外は、何も特別な事はしていない。


 それなのに、死霊兵たちは、勝手にグレンに突撃を仕掛け、勝手に消滅していく。


 グレンに近付くこともできない。


 しかし、死霊兵たちは、『死の魔王』の命令を受けておらず、自動でグレンを攻撃するため、無謀な突撃をやめない。


 100や200では利かない数の死霊兵が、一瞬のうちに消滅していくのだ。


 やがて、『死の魔王』も、グレンの存在に気が付く。

 一万に近い数の死霊兵の中を、平然と歩いてくるグレンの存在に……。


 戦い……ではなく、一方的な『死』が、『死の魔王』に訪れようとしていた。


         *


 「死者と言うのは、生き返らないんですよ……絶対にね」


 グレンの言葉に、『死の魔王』は理解が追いつかず、グレンに対して、近くにいた死霊兵を差し向ける。


 無駄な足掻きだというのに……。


 サー……。


 死霊兵は、死の風に煽られた様に、チリとなって空に舞い上がる。


 「グレン……リアーネ……なぜ……ここに」

 

 満身創痍で、立ち上がることもできない状態のジェミニは、目の前にいるグレンの存在に驚き、目を丸くした。


 「それは、また後でお話しします。それよりも──」


 グレンは、玉座から自分たちを見下ろしている『死の魔王』に視線を向ける。


 『な、何だテメェは! 何者なんだ!』


 驚愕、困惑、恐怖……様々な感情がごちゃ混ぜになり、『死の魔王』は、ガタガタと身体を震わせる。

 グレンは、そんな『死の魔王』を嘲笑い、言った。


 「魔王のくせに、僕を知らないとは……ああ、そう言えば、君は新参でしたね……それよりも、そこから降りてきて下さい。僕は見下ろされるのが嫌いでね」


 『は? な、何言ってやが──』


 グレンがそう言った瞬間、見上げるほどに高かった岩石の山が、一瞬のうちにチリの様に消滅した。

 玉座も同様に……。


 『グォ』

 

 玉座から地面に落下し、『死の魔王』は情けなく呻きを漏らす。

 そして──


 『ひ、ひぃぃぃぃぃ!!』


 グレンから少しでも離れようと思ったのか、必死に後ずさる。


 「君は弱小の魔王ですから、コレが正しい位置関係でしょう?」


 腰を抜かして座る『死の魔王』を、グレンは上から見下ろす。

 蔑む様なグレンの視線に、『死の魔王』は、最後の抵抗を見せた。


 『あぁぁぁぁぁ! 殺せ! お前ら、全員でコイツを殺すんだ! 全員で行け!!』


 形振り構わない突撃命令に従い、残る全ての死霊兵がグレンに向かって突進する。

 死霊兵は、まだ半数以上の数が残っている。

 

 『死の魔王』は、死霊兵をグレンに突撃させ、自分は逃走を図るつもりだった。


 しかし──


 「コレでおわりです」


 グレンがそういうと……


 サー……


 周りにいたはずの、


 7000体近くいた死霊兵が──


 一瞬のうちにチリとなった。


 平原に残っているのは、グレンとジェミニ……そして、『死の魔王』だけだ。


 『死の魔王』は、動かない。


 逃走を図ることも、グレンに攻撃を仕掛けることもなかった。


 いや、しないのではなく、出来なかったのだ。


 『ど、どうなって……やがる……身体が……動かねぇ』


 『死の魔王』は、この場から逃走しようと必死に動こうとするが、すでに指一本動かせなくなっていた。


 グレンは、


 「へえ、少しは抵抗出来るんですね……流石、腐っても魔王だ。でも──」


 『死の魔王』を嘲笑する。

 

 所詮は弱小だと。


 「死の『王』ごときが……死の『神』に適うわけがないでしょう。最初からね……」

 

 『死の魔王』の身体が、端から熱を失っていく。

 

 指先、足先から、中心に向かって少しずつ……。


 『嫌だ……死にたくねぇ……オレはまだ……生まれたばかりで……』


 身体の中心まで、熱が失われ、『死の魔王』の身体はチリと消えた。


 平原には何も残らず、今までの激戦がまるで嘘の様に、穏やかな風が走り抜けた。


 結局、この戦いで、グレンはサブウェポンを使用せず、レベル6も使う事はなかった。


         *


 ジェミニは、目の前で起こったことが信じられず、我が目を疑った。


 「ば、ばかな……神人とは、ここまで……」


 自分とて『皇級聖剣』の主だ。


 貴級よりも特別な聖剣……。


 それなのに、これほどまでに違うものなのか。


 ジェミニは、アーネスト王国が神人を神の様に崇め、重用する理由が分かった様な気がした。


 対魔王の切り札として、これ以上のものはない。


 「大丈夫ですか?」

 

 地面に横たわるジェミニに、グレンが右手を差し出す。


 「……」

 

 ジェミニは、差し出されたグレンの手を、素直に取ることが出来ずにいた。

 ジェミニは、


 『助けてもらっておいて何だが、やはりこの男は……何というか、生理的に受け付けん』


 などと、とんでもなく失礼な事を考えていた。


 一方、グレンの方もジェミニを君主として認めてはいる(まだジェミニの了承を受けていない)が、性格的に合わず、水と油の様なものだと思っている。


 これは、二人の聖剣が『太陽』と『死』という、ある意味対極に位置する属性である事が、深く関係しているのかも知れない。


 「アーネスト王国、第一王女、ジェミニ・フォン・フリューゲル様……」


 いつまでも自分の手を取ろうとしないジェミニを前に、グレンは手を引っ込める。


 そして、その場に片膝をついて跪いた。


 「これよりわたくし、神人グレン・リアーネは、あなたに忠誠を誓うとお約束いたします……どうか私に、貴方の一番の聖剣士としてお仕えする栄誉をお与え下さい」


 神人としての誓いを述べ、グレンは頭を垂れる。


 これは、現国王であるアーネストに対しても述べたことのない、グレンの初めての誓いの言葉だ。


 「……ちっ」


 ジェミニは心底嫌そうに顔を歪め、舌打ちする。

 グレンがどう言うつもりで、誓いの言葉を口にしたのかを理解していたからだ。


 この男は、自分を祭りあげ、国主にしようと画策しているのだろう。


         *


 神人は国主にのみ忠誠を誓い、仕える者だ。

 そして、自分が忠誠を誓うに値すると判断した者以外には、決して従わない。

 それが、現国王であろうとだ。


 神人が選んだ主人と言うだけで、王に相応しい人間であると公言する様なものだ。

 王位を争っている人間からすれば、神人に認められると言う事は、とんでもないアドバンテージになる。


 王国に属しながら、相手がどれほどの権力を持っていようとも、主以外の命令に背く権利を持つ唯一の存在……それが神人だ。


 グレンは人格者でもあり、聖務を自主的にに行うタイプであったため、問題は生じなかったが、神人が思うままに振る舞えば、国の崩壊を招く可能性すらある。


 さらに、神人は自らが選んだ主人が道を誤った場合、その者を殺傷する権利も与えられている。

 つまり、主人が国王であるなら、王を殺しても罪には問われないと言う事だ。


 神人の主人になると言う事は、ある意味諸刃の剣であると言っても良い。

 

 ちなみに、神人からの忠誠の誓いは、余程の事がない限り断る事が出来ない。


         *


 「貴様……どう言うつもりだ。余は王になど……」

 

 ジェミニは、グレンの誓いを拒否しようと思ったが、体力の消耗が激しく、上手く呂律が回らない。

 そんなジェミニの様子を見て、グレンは──


 「僕は、貴方を王にすると決めたんです。貴方に拒否権はないんですよ……僕は、神人ですから」


 目を細めて言った。


 グレンの瞳が、感情のない人形の様に見えて、ジェミニはブルッと身体を震わせた。


 薄れゆく意識の中で、ジェミニは、


 「やっぱり……私はお前が……心底好かん……」


 と悪態をついた。


 「今はゆっくりお休み下さい……我が主よ……」


 グレンは微笑みながら、ジェミニを抱き上げ、野営地に戻るのだった。


         *

 

 何はともあれ、これにてグレンの『死の魔王』討伐任務は終わった。


 これで、何の問題もなく、グレンはリアーネ家の当主となれるだろう。


 

 そしてその後、魔王討伐の祝杯を上げる間もなくグレンは、


 『リリア・リアーネが何者かに誘拐された』

 

 と報告を受けた。

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