第14話 ジェミニの戦い

 死の波が押し寄せる中、アーネスト王国の聖剣士──魔王討伐軍の兵士たちは我先にと戦場から敗走していく。


 歴戦の勇士たちも、崩壊しかけた精神で戦場に踏み留まる事はできず、死の波に巻き込まれた仲間に目もくれず、逃走する


 王国のために命をかけると誓った聖剣士とは思えぬ姿だった。


 『逃げろ逃げろ……かまわねぇぜ……どうせ逃げらんねぇからな』


 『死の魔王』は、無様に敗走する兵士たちを遠くの地から眺め、楽しそうに笑う。


 『……ん?』


 逃げ惑う兵士たちを眺めていた『死の魔王』は、その流れに逆らう様に歩いてくる一人の人間を認めた。


 その人間──ジェミニは、死霊兵が生み出す死の波を前に立ち止まる。


 『ああ、あの女か……確かに強かったが、今更、一人じゃどうにもならんだろ』


 『死の魔王』は、退屈そうにため息を吐く。


 死の波を恐れぬ人間がいる事が、心底気に入らない様子だ。


 『あの女の相手をしてる内に、雑魚に逃げられたら面白くねぇな……最初から全力だ』


 そう言うと、『死の魔王』は、死霊兵に指示を出す。

 

 強いと言っても、敵は所詮一人だ。

 数で圧殺する。


 多くの命を吸い、津波の様に膨れ上がった死の壁は、ジェミニをも飲み込もうとしていた。


         *


 押し寄せる敗走兵の波を抜け、ジェミニは前線に立つ。


 逃げる事に必死な兵士たちは、ジェミニの存在に気付いてすらいなかった。


 「やはり、脆弱な魔王と侮ったが敗因か……」


 ジェミニ自身も、早い段階で討伐軍敗北の予感はあった。

 

 魔王を殺傷できる者が『皇級聖剣』の自分しかいない現状で、魔王に届く術がなくなったのだ。

 どれだけ時間をかけようとも、初めから勝機などなかった。

 

 やるならば、開戦の時点で仕留めるべきだったのだ。


 最悪の状況で、それでも、ジェミニには『撤退』と言う決断を下す事は出来なかった。


 ジェミニは、逃げ惑う兵士たちを見て、嘆息する。


 やはり、コイツらも所詮は貴族か……と。


 結局のところ、国のために命をかけて戦うと高らかに宣言していても、聖剣士は貴族なのだ。

 

 彼らの言う国に、彼ら以外の人間平民は含まれていないのだろう。


 平民のために死ねと言われて、納得できようはずもない。

 

 戦力が拮抗している状態ならば、まだ良かった。


 しかし、敵の強さが増し、劣勢になれば、やれ『撤退だ』『援軍だ』と騒ぎ出す。


 援軍とて、来たところで、雑兵ならば相手の戦力を強化する結果にしかならないと言うのに……。


 魔王を相手取れる人間が、王国に何人いると言うのか。


 同じ『皇級聖剣』のレオか?


 それともアリエスか?


 どちらも現実的ではないと、ジェミニは首を振る。

 

 誰が来たところで、結局、この状況をひっくり返すなど不可能だ。

 

 それは、神人と呼ばれるグレン・リアーネであっても……。


 ジェミニは常々、考えていた。


 王女として生まれ、人の上に立つ事を義務付けられて生きてきた。

 

 人の上に立つ者に必要な事は?


 王族や貴族など、平民から税を取り、それで生活している寄生虫の様なものだ。

 我々など、平民彼らに生かされているも同然なのだ。


 それで、いざ窮地に陥ったら平民を見捨てて逃げるだと?


 そんな間尺に合わない事などない。


 それでは、眷属をいいように使い捨てる魔族と変わらないではないか。


 自分を聖剣士──貴族だと身分を誇示するならば、民衆の盾となり、潔く死ね。


 ジェミニは、王族や貴族という人種が心底嫌いだった。


 結局、奴らは自分の事しか考えていない。


 この討伐遠征とて、勝ち戦だと端から決めつけ、軽い気持ちで参加していたのだろう。


 窮地に陥れば、すぐに我先にと逃げ出す。


 逃げたければ逃げれば良い。


 生かされている恩も分からぬ俗物共よ……。

 

 自分は一人でも戦う。


 ジェミニは、そんな事を考え、サブウェポンを鞘から引き抜いた。


         *


 ジェミニは、サブウェポンを引き抜いた後、すぐに『抜剣』を発動させる。


 どうせ死に戦だ。


 せめて一太刀……。


 最初から全力で挑む腹積りだった。


 『抜剣レベル4── 『Over Drive ワン』を発動──使用可能時間は30分です──カウント開始』

 

 『抜剣』を発動すると、ジェミニの身体全体が淡い橙黄色の光を纏う。

 

 ドンッ!


 ジェミニが立っていた場所で、小規模な爆発が起こる。

 地面が抉れ、土煙が舞う。


 ジェミニの姿は、既にそこに無かった。


 橙黄色の光が一筋、黒い死の波に向かって突っ込んで行く。

 

 死の波が、光を飲み込もうとしていた。


 しかし──


 ドゴォ! バギッ! ガガガガ!!


 死の波は、


 裂かれ、


 弾かれ、


 飛び散る。


 ジェミニの突進は、死霊兵を吹き飛ばしながら波の中心を穿つ。


 死霊兵は中心に集まり、ジェミニの進撃を阻もうと折り重なって壁を作る。


 だが、ジェミニは、地面を掘り進むドリルの様に、死霊兵の壁を貫き、突き進んでいく。


 目指すは、『死の魔王』の首のみ。


 ジェミニは、身体に纏わり付き、手足にしがみ付いてくる死霊兵に構わず、前進する。

 

 『死の魔王』までの距離は、まだ遠い……。


         *

 

 ジェミニの聖剣の属性は『太陽サン』。

 レベル4の特殊能力は『Over Drive』だ。


 ジェミニの聖剣は他の聖剣と違い、その『抜剣』能力も特殊だった。


 通常の聖剣による『抜剣』は、レベル1〜3が身体強化で、レベル4から特殊な効果を発揮する。

 しかし、ジェミニの『抜剣』は、レベル1〜10まで、全て身体強化と言う特殊なものだった。

 

 勿論、レベル4から発動する『Over Drive』は、身体強化の威力も飛躍的に上がり、それだけでも特殊能力と言って良いほどの効果を発揮する。


 どんな敵もパワーで強引に捻じ伏せる事ができる、ある意味最強の能力だ。


 しかし、今回の敵、『死の魔王』は能力の相性が悪すぎる。


 どれだけ捻じ伏せようと、何度でも立ち上がってくる。


 頭を飛ばしても、


 身体を真っ二つにしても、


 身体を粉々にしても、


 動ける最低限の状態まで、即座に回復し、突進してくる。


 物理攻撃一辺倒のジェミニには、天敵と言ってもいい相手だ。


         *


 『ククッ……やっぱり、強ぇ女だ。死霊兵がまるで相手にならねぇ……オレの魔力で超強化されてるはずなんだが……まあ、どんだけ強くても意味ねぇけどな』

 

 ジェミニの決死の突撃を前にしても、『死の魔王』は余裕の表情を崩さない。


 ジェミニの存在など、歯牙にも掛けていない様子だ。


 ドドドドド!


 ジェミニの姿が、『死の魔王』からハッキリと目視できる距離まで迫っている。

 

 『おいおい、傷だらけじゃねぇか。そんなんで、ここまで保つのかよ』


 『死の魔王』の言う通り、ジェミニは全身に傷を負い、その周辺には血飛沫が舞っている。

 戦場に、真っ赤な鮮血の花が咲いている様だ。


 ジェミニに吹き飛ばされる死霊兵は、既に全身の血液を流し切っているためか、出血はなく、ジェミニの血液の赤さだけが戦場に色を添えていた。


 ジェミニは、なりふり構わぬ突進で──


 手足を掴む死霊兵の手を振り払い、


 のしかかってくる死霊兵の身体を跳ね除け、


 身体に纏わり付く死霊兵を吹き飛ばし、


 その度に、全身に傷を負っていく。


 『さあ、後ろの奴らも追ってきてるぜ……どうするつもりなんだ?』


 前進するジェミニの後方から、吹き飛ばされていた死霊兵が復活し、次々と後を追ってくる。


 一本道の様に空いていた隙間が埋まり、ジェミニの周辺が全て死霊兵で埋め尽くされる。

 逃げ場は既にない。



 ……そして、ついにジェミニの突進が止まった。


 

 『死の魔王』は目前まで迫っていたと言うのに……。



 『ここまでかよ……つまんねぇな……もういいや、押し潰しちまえ』


 ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!


 『死の魔王』の合図で、死霊兵がジェミニの上に次々と折り重なっていく。


 重量で圧死させるつもりの様だ。


 やがて、折り重なった死霊兵の動きが止まる。


 山の様にジェミニにのし掛かる死霊兵。


 ジェミニにかかる負荷は計り知れない。


 『コレで邪魔は入らねぇ……狩の続きを──』

 

 『死の魔王』がジェミニの死を確信し、気を逸らせた直後、


 「あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 雄叫びの様な、叫び声が上がる。

 

 ドゴォ!!


 ジェミニの上に折り重なっていた死霊兵が、爆音と共に吹き飛ぶ。

 そして、その中から満身創痍と言った様子のジェミニが現れた。


 「ゴフォ!」


 ジェミニの口から、血液混じりの咳が漏れる。


 その全身はボロボロで、所々から出血が見られた。


 『おー、頑張るねぇ。人間ってヤツは本当に無駄な努力が好きなこって』


 パチパチとジェミニに拍手を送り、『死の魔王』は、感心した様に言った。


 玉座に座り、高い位置からジェミニを見下ろしている。


 ジェミニと魔王との距離は、100メートルも離れていない。


 「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ジェミニは、再び雄叫びを上げると──


 ドンッ!!


 地を蹴り、一気に飛び上がる。


 一足飛びに『死の魔王』との距離を詰めた。


 ジェミニはついに、攻撃可能な距離まで迫り、『死の魔王』を追い詰めたのだ。


 いくら魔王と言えども、『皇級聖剣』の『抜剣』で超強化されたジェミニの一撃を受ければ、タダでは済まないだろう。 


 「……獲る!」


 ジェミニは、渾身の力を込め、『死の魔王』に必殺の一撃を放つ。


 が──


 「ぐっ……!」


 ドガッ!


 『死の魔王』の頭部を狙った一撃は、魔王の頭を貫く事なく、玉座の背凭れに深々と突き刺さっていた。


 『死の魔王』の首がわずかに傾き、頭の位置がわずかに横に移動していた。


 『死の魔王』は、最小限の動きだけで、ジェミニの攻撃を回避したのだ。


 ジェミニの体力が限界に近く、手元が覚束なかった事もあるが──


 『まあ、狙うよな……そこを』


 ジェミニの攻撃は、全て『死の魔王』に読まれていた……。

  

 『死の魔王』は近くにあったジェミニの額に、自らの右手を近付ける。

 そして、親指に中指を引っ掛け、力を込めた後──


 『もう少しだったのに残念だな……ご苦労さん。テメェは退場だ』



 中指を弾いた。

 

 

 ドゴォ!


 鈍い打撃音と共に、ジェミニの身体が後方へと飛ばされる。


 必殺の間合いまで詰めた距離が、無情にも再び開いていく。


 ドサッ


 力無く、地に落ちるジェミニの身体。


 そんなジェミニの姿を見て、『死の魔王』は告げる。

 無慈悲な現実を。

 

 『惜しかったな。最初からオメェが出てれば、オレを獲れたかもしれねぇのに』


 『死の魔王』は、ニヤリと笑うと、死霊兵に最後の指示を出した。


 力無く倒れるジェミニを蹂躙しようと、死霊兵が動き出した……。


         *


 もう勝負は着いた。


 後は残りの敵を蹂躙し、皆殺しにするだけだ。


 楽な仕事。


 いや、楽な遊びか?


 『死の魔王』はそんな事を考えており、油断していたためにある事を見逃していた。


 ジェミニが悪足掻く姿を見る事が楽しく、他に意識を向けていなかった。


 だから、気付いていなかったのだ。


 一人の人間が、


 ゆっくり、


 ゆっくりと、


 こちらに向かって、近付いて来ている事に。


 『は? なんだありゃ……どうなってる?』

 

 その人間は、死霊兵の壁を前にして、


 掻き分けるわけでもなく、


 退しりぞけるわけでもなく、


 ただ、ゆっくりと歩いてくる。


 『おいおいおい……どうなってやがる。死霊兵はどうした?』


 『死の魔王』は、その人間を注意深く観察し、あり得ない出来事を目の当たりにした。


 その人間の周り、攻撃しようと近付いた死霊兵たちが風化した様にチリとなり、煙の様に消え失せたのだ。


 その人間は、何かしている様には見えない。


 ただ、歩いているだけだ。


 ゆっくり、ゆっくりと……。


 『死の魔王』は、その異様な状況に混乱し、ジェミニの事など頭から消えていた。


 ジェミニに差し向けていた死霊兵を、全てその人間の下へ送る。


 100


 200


 300……。


 どれだけ死霊兵を送り込もうとも、その人間に近付く事さえできずに死霊兵はチリと消える。


 『はっ……冗談だろ? 何なんだアイツは!』


 『死の魔王』が、開戦から一度も見せた事がない焦りの表情を浮かべる。


 いや、それは焦りではなく、恐怖の表情だったかもしれない……。


 「あー、やっぱり、基本的に僕は空気が読めない人間の様です……」


 いつの間にか、その人間は、『死の魔王』に声が届くほどの距離まで迫っていた。


 「助けに入るタイミングを間違えてしまった……『死の魔王』とやらが、ここまで出来る奴だとは思わなかったので……まあ、所詮は弱小の魔王ですけど」


 聞き捨てならない言葉を吐き、その人間は、『死の魔王』を挑発する様にニッコリと笑った。

 

 『テメェ……ぶっ殺す』


 弱小と呼ばれた事に激怒し、『死の魔王』は、死霊兵を突撃させる。


 近付けないなら、物でもなんでも投げてダメージを与えて殺す。

 そんな事を考えたが──


 「無駄ですって……懲りないなぁ」


 まず、死霊兵が投げた武器、石礫など投擲したものが全て灰となって消える。


 そして、投擲を加えた死霊兵も、その後に跡形もなく消え去った。

 さらに──


 『なんで、死霊兵が蘇らねぇ……粉々になろうが、チリになろうが、動ける程度までは元通りになるはずだ』

 

 チリとなった死霊兵は、二度と蘇る事は無かった。


 「ああ、あなたに一つ良い事を教えましょう」

  

 その人間は、笑みを崩すことなく、『死の魔王』の疑問に答えた。


 「死者と言うのは、生き返らないんですよ……絶対にね」

 

 その人間とは……。


 人類最強、神人グレン・リアーネ


 神級聖剣レベル6……属性──



 『死』

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