誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした

第13話 『死の魔王』

　『あー……めんどくせぇな。いつまで続けりゃ良いんだ』

　ファルスの大平原の極北。

　魔王城の最深部にある王の間に設置された玉座に、一体の魔族が座っている。

　『死の魔王』と呼ばれる魔族だ。

　『死の魔王』は、玉座の肘掛けにダラリと身体を預け、気怠げに言った。

　『あの、やたらと強ぇ女は何なんだ……オレの邪魔ばかりしやがって』

　不機嫌そうに語る『死の魔王』の言葉に、魔王の側に控えていた魔族の女が答える。

　『アーネスト王国……トイウ……国ノ……王女デス……』

　ニッコリと笑う魔族の女。

　容姿は人間の女性に近く、美しい顔立ちをしているが、その頭部に突き出た山羊の様な二本の角と、羊の様な動物の下半身が、その女が人間でない事を表していた。

　『そんな事は分かってんだよ。本当にテメェは使えねぇ奴だな……オレはそんな事聞いてねぇ。オレが言ってんのは、あの女の力の事だ』

　『死の魔王』は、魔族の女に悪態を付くが、本人は気にしていないのか笑顔を崩さない。

　『何でオレにはこんな部下しかいねぇんだ……まともな『魔貴族』でもいりゃあな』

　『ワタシ……ハ……魔貴族デハ……アリマセン』

　『……』

　魔族の女の言葉に、『死の魔王』は苛立たしげに右足を小刻みに揺する。

　魔族の女のは、やはり笑顔を崩さない。

　『死の魔王』は、魔族の女との対話を諦めたのか、独り言を呟き始める。

　『あの女が使ってた武器……『聖剣』っていったか？　何か引っかかる言葉だが……思い出せねぇ』

　聖剣と言う言葉を思い浮かべると、軽い頭痛が『死の魔王』を襲う。

　魔王は思わず、右手で頭を押さえた。

　『聖剣……魔剣……魔族に魔王……思い出そうとすると頭痛がしやがる……思い出せねぇ……生まれたばかりで、頭が混乱してやがるのか？』

　ドガッ！

　『死の魔王』が、玉座の肘掛けを右手で殴打する。

　未だに頭痛は続いていた。

　『思い出せねぇ事ばかりだが……確かな事がある。オレは、聖剣を持つ者を殺すために生まれてきた……頭の中で声がしやがる』

　『死の魔王』の頭の中には、この世に生まれ落ちた瞬間から、ある声が響いていた。

　聖剣を持つ者を殺せ

　人間を殺せ

　『聖剣を使う奴を殺せ、殺せ、殺せってか？　何でそんな事をしなきゃならねぇのか分からんが……オレ自身もそれが正しい、楽しいと思っちまってる』

　バッと、『死の魔王』は玉座から立ち上がる。

　右手で顔を覆い、高らかに笑う。

　もう、頭痛は治っていた。

　『あー、めんどくせぇ……だが、我慢できねぇ……殺してぇ……アイツらを……人間をぶっ殺してぇ……それが俺の生まれてきた意味……もう、素直になっちまおうぜ』

　玉座を降り、『死の魔王』はフラフラと、王の間の出入口に向かって歩いていく。

　「頭の中の声に従え……オレは『魔王』だ……我慢なんてしねぇ……オレは聖剣を殺す者だ……」

　この世に生まれ落ちて三ヶ月余り。

　頭の声に抵抗し続けていた『死の魔王』は、自らの欲望を素直に解放する事に決めた。

　『まずは人間の兵士ども……そして、あの女……人間は……聖剣は滅ぼさなきゃな』

　『死の魔王』は、開戦以来初めて、戦場へと足を向ける。

　魔族の女は、そんな『死の魔王』に追随する事なく、笑顔で見送るのだった。

　　　　　　　　　＊

　ファルスの大平原の中央に近い場所で、アーネスト王国の聖剣士──魔王討伐軍の兵士たちは、『死の魔王』の配下、死霊兵と対峙していた。

　死霊兵の中には、

　全身の肉が腐り落ちて、原型を留めていない中級種の魔物、

　同じく、所々の骨が露出し、地面を這う様に蠢く野生動物、

　そして、生気のない虚な瞳で虚空を見つめ、フラフラとおぼつかない足取りで立つ、暗紫色の肌をした人間の兵士がいた。

　この人間の兵士は、元々魔王討伐軍のメンバーだった兵士たちだ。

　死霊兵との戦いで戦死したはずだったが、死後、突然立ち上がり、死霊兵と化してしまった。

　かつて仲間だった者たちを前にして、討伐軍の兵士たちの士気はどん底近くまで落ちていた。

　「一体、いつまでこんな無意味な戦いを続ければ良いんだ……」

　敵を前にしていると言うのに、一人の兵士が弱音を吐く。

　何度倒しても立ち上がり、突撃を仕掛けてくる死霊兵に討伐軍は防戦一方になっていた。

　一人の兵士の言葉が火種となり、皆、堰を切ったように口を開いた。

　不平、不満、弱音、怒り……。

　無益な戦いを強要する事、

　兵士の命を顧みない事、

　かつての仲間を何度も手に掛けねばならぬ事、

　ほとんどは、討伐軍の隊長であるジェミニに向けられたものだ。

　今や、ギリギリのところまで追い詰められた討伐軍の精神は深刻な状態であった。

　このままでは、いつ逃亡者が出てもおかしくない。

　そんな中、

　ゴンッ！　ゴンッ！　ゴンッ！

　ファルスの大平原に轟音が轟く。

　「あ、あれは何だ！？」

　最前線にいた兵士が、死霊兵の後方、遥か遠くの地に巨大な山が迫り上がっていくのを発見し、声を上げた。

　その山は、てっぺんに行くほど細くなっていき、頂上には岩石で出来た玉座が置かれている。

　玉座には、小太りの魔族が一体、鎮座していた。

　『死の魔王』だ。

　山の様子を遠眼鏡で見ていた兵士の一人が、玉座に座る『死の魔王』見て、言った。

　「あ、あれは……『死の魔王』だ！　間違いない！」

　兵士たちは、開戦時に一度、『死の魔王』の姿をその目で見ている。

　『死の魔王』自らが、前線に出てきて、名乗りをあげたからだ。

　　　　　　　　　＊

　ファルスの大平原に陣を構えた討伐軍の前に、突如として小太りの魔族が現れた。

　たった一人で。

　討伐軍の面々は、最初はそれが討伐目的の『魔王』だとは認識しておらず、疑問符を浮かべた。

　しかし、その魔族が──

　『オレは不死身の王だ……新参だが、テメェらには『死の魔王』の恐ろしさを教えてやる』

　そう高らかに宣言し、その魔族──『死の魔王』は平原に数百の中級種の魔物を召喚する。

　それが、開戦の合図だった。

　当初は、討伐軍の面々も、自軍の１０分の１程度の敵戦力に勝利を確信していた。

　数での圧殺も可能な程の戦力差があったからだ。

　しかし、討伐軍の兵士たちは、すぐに違和感に気付いた。

　何度斬り付けても、

　何度突き刺しても、

　何度引き倒しても、

　敵の魔物は平然と立ち上がり、休む事なく突撃してくる。

　楽勝を予想していた兵士たちは焦りに焦ったが、集まったのは歴戦の聖剣士たちだ。

　過去にもっと過酷な討伐戦も経験している。

　すぐに気持ちを切り替え、体制を立て直した。

　いくら相手がタフだと言っても、所詮は中級種の魔物に過ぎない。

　兵数の面でもこちらが圧勝している……。

　最初は、ただの油断だった。

　兵士が繰り出したサブウェポンでの攻撃が、魔物の胸に深々と突き刺さり、抜けなくなってしまう。

　魔物は倒れたが、サブウェポンは魔物の胸に刺さったままだ。

　すぐにサブウェポンを投棄すればよかだたものを、その兵士は力を込めれば抜けると判断し、実行した。

　ズク……。

　兵士の予想通り、サブウェポンは魔物の胸から引き抜く事ができたが……兵士はその時、忘れかけていた。

　相手が死霊兵──何度殺しても生き返る兵だと言う事を。

　ズムッ

　「へ……？」

　兵士が間抜けな声を上げるが、時すでに遅し。

　相手が格下であり、さらに数の面でも圧倒的な理がある状況が生んだ、兵士の油断だった。

　中級種の大きな手が、兵士の身体をいとも容易く握り込む。

　バキ　ベキ　ボキ　

　「ほぐ……ひぎゃ……ぎょば……」

　悲鳴を上げる暇すらない。

　兵士の身体は、血飛沫を上げながら、全身の骨を砕かれた。

　ドサッ……。

　地面に無造作に投げ捨てられた兵士の身体は、手足があらぬ方向に曲がり、全身がボロボロになっていた。

　傍から見ても、生きているはずがないと分かる有様だ。

　「大丈夫か！？」

　近くにいた別の兵士が、倒れた兵士に駆け寄る。

　そして、倒れた兵士の上半身を抱き上げた。

　これもまた、油断が招いた愚行だ。

　戦闘中ならば、死亡した仲間の下に無防備に駆け寄るなど、あってはならない事。

　死亡や、致命傷が明らかならば、仲間であっても捨て置くのが正解だ。

　聖剣士は、誰しもがその覚悟を持って戦闘に挑んでいる。

　見捨てる覚悟。

　見捨てられる覚悟。

　普段ならば、皆そうしただろうが、明らかな勝ち戦に挑む油断や慢心が、兵士の判断を鈍らせた。

　ズグッ……。

　「……は？」

　心臓を一突き……。

　倒れたはずの兵士のサブウェポンが、駆け寄った兵士の胸部分に深々と突き立てられた。

　心臓を貫かれた兵士は、間もなく絶命する。

　たが、すぐに立ち上がり、死霊兵と化して味方に襲いかかる。

　兵士たちが、いくら鍛え抜かれた聖剣士であっても、即座に判断し、味方だったものを攻撃するなど出来ようはずもない。

　もしかして、まだ生きているのでは？

　操られているだけなんじゃないのか？

　兵士たちの中に疑問や迷いが生じ、判断を鈍らせる。

　所々で、同じ様な現象が起き、味方だったものは、次々と死霊兵と化していく。

　まるで、ウィルス感染が広がって行く様に……。

　討伐軍にとって幸いだったのは、死霊兵と化した兵士が『抜剣術』を使う事が出来なかった事だ。

　死霊兵と化した兵士が『抜剣術』を使えていたら、討伐軍は一週間と持たずに全滅していただろう。

　その後も、味方だったものの死霊兵は増え続けていく。

　討伐軍が『味方が蘇り、敵となる』と言う情報を受け、体制を立て直すのに時間がかかった事が原因だ。

　さらに、数日置きに魔王城から中級種の魔物が数百体規模で追加されて行く上に、死霊兵の波が野生動物なども巻き込み、それらも死霊兵と化していく。

　気が付けば、敵の兵力は一万を超えていた。

　流石に、体制を立て直してからは、討伐軍の犠牲者は減っており、反撃する場面も増えていたが、そんな事は関係ないほどに取り返しのつかない状態になっていた。

　対魔王の切り札であるジェミニはそんな状況を見兼ね、何度か先頭に立って戦った。

　「ジェミニ様の『皇級聖剣』でなければ『魔王』は討伐できません。体力の温存を」

　と言って彼女を止める部下の手を振り払って。

　しかし、相手は死なぬ兵だ。

　ジェミニの能力と死霊兵の相性が最悪だった事もあり、結局、戦況は好転しないまま開戦から三ヶ月の月日が流れてしまった……。

　　　　　　　　　＊

　「魔王が現れたぞぉ！　突撃だ！」

　岩山の玉座に現れた、『死の魔王』の姿を確認し、討伐軍は死霊兵に突撃を仕掛ける。

　先陣を切るのは、突撃を指示した、現場指揮官を任されたベテラン聖剣士だ。

　死霊兵は、魔王の魔力で生み出されている。

　魔王さえ倒せば、死霊兵も倒れ、戦いが終わるのだ。

　終わりの見えない戦いに四苦八苦していた討伐軍の面々は、『アイツを倒せば戦いが終わる』と言う誘惑に駆られ、強引な突撃を仕掛けた。

　数は圧倒的にあちらが上だが、個々の戦闘力はこちらが圧倒的に上だ。

　勢いで押し切り、魔王までの道を切り開く。

　後は、後方に控えているジェミニが魔王を何とかしてくれるはずだ。

　そう言う期待を込めた突撃だ。

　『おいおい、敗れ被れかよ……くだらねぇな』

　『死の魔王』の声が、突撃を仕掛ける兵士たちの耳に届いた。

　自分たちの、遥か前方に居るはずの魔王の声がだ。

　いや、その声は魔王から直接発せられた声ではない。

　死霊兵の一体一体が、魔王の声を発し、伝えているのだ。

　全ての死霊兵が、魔王と意識がリンクしている様だった。

　『失敗から何も学ばねぇな、心底くだらねぇ存在だ……人間ってやつは』

　魔王が嘆息するが、討伐軍は構わず突撃を仕掛けた。

　しかし、すぐにその選択を後悔することになる。

　「な……何故だ……なぜ、こんな事が……」

　指揮官の男が、驚愕し、絶望の声を漏らす。

　『抜剣術』を用いた男の突撃が、ただの中級種の魔物だったものに、いとも容易く阻止されてしまったのだ。

　この男の攻撃だけではない。

　各地で、攻撃が全く通じず、兵士たちが困惑の声を上げる。

　それも当然だ。

　今までは、死霊兵は無限に立ち上がるものの、戦闘力が著しく低く、動く的の様なものだった。

　相手の鈍重な攻撃に気を付けさえすれば、楽に制する事が出来たのだ。

　困惑する兵士たちを、遠くの山から眺め、『死の魔王』は言った。　

　『テメェら、魔王を舐めすぎだ』

　ドゴォ！　バギッ！　ドガンッ！！

　所々で、巨大な破壊音が上がる。

　死霊兵が、侵攻を開始したのだ。

　『今まで、一方的に殺せて楽しかったか？　良い勝負ができて嬉しかったか？　そりゃ当然だよな、死霊兵（コイツら）はオレが近くにいなきゃ唯の抜け殻だ』

　各所で、兵士の身体が吹き飛び、千切れ飛ぶ。

　ファルスの大平原に血の雨が降り注いだ。

　下半身が吹き飛び、絶命した兵士は、死霊兵となり、地面を這いずりながら討伐軍に迫る。

　兵士たちは、悲鳴をあげて逃げ惑う。

　『おいおい、だらしねぇな。逃げんのかよ……まだ、本当の戦いは始まったばっかりだろ？』

　死霊兵が死霊兵を生み、戦場は地獄絵面と化していた。

　そこに在るのは一方的な蹂躙、虐殺……とてもではないが、戦と呼べる代物ではなかった。

　『本当はよぉ……本気を出しゃあ、こんなくだらねぇ戦いは一瞬で終わったんだ』

　『死の魔王』は心底、面倒臭そうにため息をつき、言った。

　『今までは、オレもちと混乱してたからよぉ……まあ、手加減してやってたって事だ……あー、もう誰も聞いてねぇか』

　『死の魔王』は、ゆっくりと玉座から立ち上がると、両手を広げて空を仰ぐ。

　ニヤリと口端を釣り上げて笑い、宣言した。

　『一人も残すな、殺せ、殺せ、殺せ、皆殺しだ、蹂躙しろ、圧殺しろ。魔王を舐めた代償を人間に支払わせろ』

　死の波が、討伐軍を飲み込もうとしていた……。