第12話 ジェミニと言う人間

 「うーん……これは壮観ですね」


 ファルスの大平原、討伐軍と死霊兵が睨み合う戦場を一望できる丘にグレンたちはいた。


 平原の一部を埋め尽くすように蠢く死霊兵を眺め、グレンは率直な感想を述べる。

 死霊兵の数は、少なく見積もっても一万はくだらないだろう。


 「こちらの兵数は二千ちょっとですよね? よく、三ヶ月も戦線を維持できましたね」


 グレンが疑問を呈すと、カイルがそれに答える。


 「数は多いですが、死霊兵一人一人の戦力は大したことないのです。ただ、何度倒しても甦ってくるので……数が減りません」


 カイルがゲンナリしたような表情になり、死霊兵を眺める。

 死霊兵に今のところ目立った動きは無く、じっと相手の動きを伺うように待機している。


 「動かないんですか? あれ」


 「我々が待機している限りは……戦線を進めようとすれば阻止してきますし、こちらが引く姿勢を見せれば追撃してきます……まったく、面倒な奴らだ」


 カイルがグレンに戦況を説明している間、ジェミニは不機嫌そうに腕を組んでいる。

 心底、グレンの事が気に入らないようだ。


 「兵士の犠牲も増えてきています。このままでは、戦線が維持できなくなるのも時間の問題です」


 カイルは、忌々しげに語ると、部下に指示して死傷者や残存勢力などが記載されたリストを持って来させる。

 グレンはそれを受け取ると、ペラペラと書類を確認した後、カイルに返す。


 「ジリ貧ですね……何故、援軍を要請しなかったのですか?」


 グレンは、僅かに咎めるような視線を、ジェミニに送った。


 「我々もそれは考えたのですか……『死の魔王』は死人を操ります。人間の遺体ですら……援軍は逆に邪魔になると判断しました。それに、多少数が増えても、際限なく復活する死霊兵を前には、焼け石に水です」


 カイルが、援軍を呼びたくても呼べなかった理由を述べる。

 最後に、小声で「なので、撤退を進言したのですが……」と、独り言の様に呟いていた。

 

  グレンは、それを聞き、カイルに助け舟を出すつもりで、ジェミニに言った。


 「このまま続けていても、勝機は見えません。撤退して体制を立て直すのが良策だと思いますが」


 グレンの物言いに、カイルを始め、集まった聖剣士たちは「その通りだ」と言わんばかりの視線をジェミニに送る。


 「撤退はない」


 ジェミニは腕組みをして、グレンを睨め付ける。

 「お前の意見など聞いていない」と、その視線が言外に語っている。


 「し、失礼を承知で申し上げますが……グレン様のいう通りです。このままではイタズラに兵士の命、また、物資も消費する事になるでしょう……このままでは王国の財政にも多大な影響が──」

 

 ギンッと、ジェミニがカイルを睨みつける。

 が、今回はカイルも怯まなかった。

 

 グレンが近くにいる事が、彼の背中を後押ししたのかもしれない。


 「こ、今回ばかりは言わせて貰います! 長期間の戦で、兵たちは疲弊し切っています。いずれ戦線は崩壊し、我々の敗戦は必至。幸いにも、ファルシオーネは王都から離れた遠方の地です。退却し、体制を立て直す時間は十分にあるのです」


 皆、一様にカイルの勇気ある発言に賛同し、頷いている。


 現に、ジェミニは勝算のない戦を延々と続け、兵にも多くの犠牲が出ている。


 ここに集う面々には、ジェミニが意地を張り、我儘を言っている様にしか見えなかった。


 王国に忠誠を誓ったベテラン聖剣士たちですら、「兵の命を何だと思っているのか」と非難の視線をジェミニに向ける。


 カイルは続ける。


 「ジェミニ様、プライドの高さが邪魔をして、撤退を選択できないのは分かりますが……王国の為に、どうか賢い選択を」


 カイルの発言に、周囲がどよめく。

 今まで、ジェミニにここまで突っ込んだ発言を出来る者はいなかった。


 しかし、カイルは副隊長としての義務を果たそうと、ジェミニを恐れず勇気ある進言をしたのだ。


 周囲の者は、カイルの勇気を称え、自分たちも小声では有ったが「そうだそうだ」とカイルの意見に賛同の声を上げた。


 「兵士たちにも家族があります。名誉の戦死ならまだしも、この様な無意味な戦いに──」


 ドゴォ!!


 瞬間、ジェミニの右拳がカイルの腹に炸裂した。

 重鎧越しではあったが、ダメージが貫通し、カイルはもんどり打って倒れる。


 「馬鹿は貴様だ」


 ジェミニは吐き捨てる様に言うと、地面にうずくまるカイルに冷たい視線を送る。


 そして、周囲でカイルに賛同していた聖剣士たちにも、鋭い視線を送った。


 「貴様らも、そこのいけ好かない男も……そして、この国の国王あのジジイですら、結局のところ、王国や王都の事しか考えておらん」

 

 ここに集う者たちは、皆、聖剣士──貴族だ。

 国の事を第一に考え、国のために命をかける事を当然と思っている忠臣たち。

 しかし、彼らはどこまで行っても貴族なのだ。

 勿論、グレンですらも……。


 「我らがおめおめと逃げ帰れば、ファルシオーネ周辺に住む民はどうなる。敵は腐っても『魔王』だ。非戦闘員だからと言って、人間の民草に温情などかけぬ」


 ジェミニは、起きあがろうとしていたカイルの胸ぐらを右手で掴み、引き上げる。

 カイルの身体が宙に浮く。


 「貴様らは、罪なき民に対し、『王国のために黙って死ね』とでも言うつもりか? 民を救えずして何が聖剣士か……その様な腹積りであるなら、今すぐ剣を置いてここを立ち去れ」


 カイルの身体を地面に投げ捨て、ジェミニは歩いていく。

 その足は、戦場へと向いていた。


 「王国の事を第一に……いや、王国の事しか考えぬのはお前たち聖剣士の悪い癖だ」


 ジェミニに威圧され、カイルたちは動く事ができなかった。

 もはや、ジェミニの行動を阻止しようとする者は誰もいない。

 

 「それと、そこのお前……」

 

 ジェミニは立ち止まり、グレンの方に視線を向け、言った。


 「貴様がどう言うつもりでここに来たかは知らないが、貴様の考える国や国民の中に、平民彼らは入っているのか?」


 グレンは、言い淀んでしまう。


 全てを守ると豪語して王都を出たにも関わらず、結局、自分は妹や王国の事を第一に考えている。

 

 戦況を把握し、王国に被害が及ばぬ様に、気軽に『撤退』と言う判断を口にしてしまった。


 「余は、貴様のそう言う偽善的なところが心底好かん。貴様も所詮は聖剣士──貴族なのだ」


 ジェミニはそう言うと、再び足を進め、戦場へと向かっていった。

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