第11話 戦場のジェミニ
アーネスト王国の王都から北へ北へ行くと、ファルシオーネと呼ばれる土地がある。
ファルシオーネは、緑豊かな土地で、春になると、大地には様々な草花が芽吹き、野生の動物も多く生息する美しい場所だ。
アーネスト王国の領土内ではあるが、大陸の極北に位置し、王都からも遠く離れている為、未だに未開拓の土地でもある。
ファルシオーネには、ファルスの大平原という広大な面積を持つ平原地帯がある。
その平原地帯に、突如として大型の建造物が現れた。
『魔王』の棲家──『魔王城』だ。
人工的な建造物とは違い、ごつごつとした岩肌が剥き出しで、継ぎ目の無い壁。
面積自体は広いものの、岩山の様に突起した岩石が幾つも並んでいるだけの外装。
それは、とても城と呼べる様な代物では無い。
しかし、その建造物から漂う強大な魔力が、『魔王』の所有物である事を証明していた。
その『魔王城』から、南方に数十キロ離れた場所に、野営地を構える一団があった。
アーネスト王国の第一王女、ジェミニ・フォン・フリューゲルが率いる聖剣士団だ。
野営地の中心、一際大きな天幕の中に、十数人の男女が集い、円卓を囲んでいる。
集まった男女は皆口を閉ざし、一様に暗い表情だった。
その中でも、凛とした姿勢を崩さず、悲壮感などまるで感じさせないほど堂々と座る女性がいた。
歳の頃は17、8くらいだろうか、長い金髪を適当に引っ詰めただけの髪型だが、野暮ったさは一切感じない。
身に着けた軽鎧は所々薄汚れてはいるものの、着崩した様子はなく、整然としていた。
アーネスト王国の第一王女、ジェミニだ。
天幕内の重苦しい空気を払拭する様に、ジェミニが口を開く。
「それで、未だに動きは無いのか?」
ジェミニは、隣に腰掛ける男性に目線を向ける。
彼に問うたらしい。
「はい。『死の魔王』の配下……死霊兵にも動きは無く、平原での睨み合いが続いています」
そう答えたのは、死の魔王討伐軍の副隊長に任命された、ロイヤルガードのカイルだ。
カイルは、ジェミニの様子を伺いつつ、オズオズと続ける。
「これは、撤退も視野に入れるべきかと──」
ドガンッ!!
突然、円卓が宙を舞う。
大の男が、四人懸で運ぶ様な重厚な代物だ。
「……へ?」
カイルは、目の前から突然消失した円卓の行方を追い、青ざめる。
円卓は巨大な天幕の天井に当たると、誰もいない場所に落下し、「ドゴォン!」と轟音を立てた。
無惨にも真っ二つになってしまった円卓を見て、カイルは慌てて、ジェミニへと視線を戻す。
すると、ジェミニの短めのスカートから覗く足が、右足だけ僅かに上がっていた。
ジェミニが円卓を蹴り上げたらしい。
「……ん?」
ギンッと、ジェミニがカイルを睨め付ける。
その視線を受けて、カイルは──
「あ、はい。冗談はさておき、そろそろ真面目な話をしなきゃな、うん」
と、慌てて言い直す。
額からは、冷や汗がダラダラと流れていた。
三ヶ月以上も戦いが続き、討伐軍の面々は疲弊しきっている。
大した相手ではないと鷹を括っていた討伐軍であったが、蓋を開けてみれば、長期戦を余儀なくされているのだ。
たしかに、『死の魔王』は、魔王としては弱小で、王位に認定されている事が不思議なほどの相手だ。
魔王と言うよりも、貴族位の魔族──『魔貴族』と読んだ方がしっくりくる様な相手だった。
しかし、ジェミニたち討伐軍が、そんな相手に苦戦している理由は『死の魔王』の能力、『死霊術』にある。
この死霊術が、ジェミニの聖剣の能力と相性が悪く、苦戦を強いられていた。
魔王の相手は、『皇級聖剣』の主であるジェミニにしか勤まらない。
そう言う状況下では、能力の相性は戦いの重要なファクターとなるのだ。
討伐軍の聖剣士たちは、ジェミニを『死の魔王』の下へ導くために露払いを買って出たが、死の軍団に阻まれ、三ヶ月以上も前に進めていなかった。
「な、何か良案がある方はいませんか?」
カイルが、円卓(今は欠席中)に集った面々に問いかける。
ここに集まったのは、討伐軍の中でも部隊長などを任される大貴族たちだ。
勿論、皆、過去に『魔貴族』や『魔王』の討伐戦にも参加したことのある、優秀な聖剣士でもある。
そんな、歴戦の猛者たちが集まる場にも関わらず、誰一人として口を開かない。
カイルは慌てて否定したが、皆、『撤退』と言う選択肢が頭に浮かんでいた。
これ以上続けても、イタズラに兵力や物資を浪費するだけで勝機など見出せないだろう。
そう考えているのだ。
「あ、あの……」
誰も発言しない中で、一人の聖剣士が恐る恐る手を上げる。
まだ若い女性剣士だが、黙り込むベテラン剣士たちを見かねて、勇気を出して発言を求めた様だ。
皆、自分よりも年下の女性剣士の勇気を讃え、期待の眼差しを向けた。
「は、発言よろしいでしょうか……?」
「よい、許可する」
女性剣士は、決意を込めた視線をジェミニに向け、勇気ある発言をする。
これでジェミニが思い直してくれれば……と皆、一縷の望みを女性剣士に託した。
「我々だけでは最早、消耗戦は必至、イタズラに兵士の命を散らすわけにはいきません……ここは、援軍を──」
ズゥン!!
ジェミニの右足が地面を踏み砕き、地割れの様にヒビが入る。
天幕内が、地震のように大きく揺れた。
「…………と、カイル様が言っていました」
「な!? 貴様!」
女性剣士は簡単に仲間を売った。
*
「もう良い。余が先頭に立って雑魚どもを蹴散らそう」
ジェミニは立ち上がり、天幕を出て行こうとする。
「ちょ、待ってください! そんな事しても無駄です!」
カイルがジェミニを引き留めようと、前に立って両手を広げるが──
ドゴォ!
「ぐはっ!」
ただ歩いていただけのジェミニに吹き飛ばされてしまう。
「か、斯くなる上は!」
ガシッ!
カイルがジェミニの腰にしがみ付く。
王女に対して不敬に値するが、なりふり構っていられなかった。
しかし、
ズルズル……
カイルの制止など意に介さず、ジェミニはそのままカイルを引きずりながら歩いていく。
「み、皆んな! ジェミニ様をお止めしろ!!」
カイルの号令を受け、集まっていた聖剣士たちは──
「失礼する!」
「お待ちください!」
などと言って、各々、ジェミニを止めようとしがみ付くが……
ズルズル……
抵抗虚しく、全員が引きずられて天幕の外へと放り出された。
*
「ジェミニ様! お考え直しください!! 二ヶ月前、それと一ヶ月前にも同じことを言って、突撃して失敗してるじゃないですか!」
カイルはジェミニに引きずられながらも、必死の叫び声をあげる。
カイルの叫びにも、ジェミニは足を止めず、前進しながら「ギロッ」と彼を睨みつける。
「一カ月前の余ではない。余は常に進化しているのだ。その進化は歴史を変える」
「意味が分からないですし、それは一ヶ月前にも聞きました!」
こうなってしまったジェミニには、何を言っても無駄だ。
そう、分かっていた面々だったが、これ以上の無駄な戦いを避けたかった為、必死にジェミニを止める。
そんな時──
「貴方は……相変わらずですね」
呆れたように声をかける青年の姿があった。
「あっ、あなたは!」
カイルはその青年の姿を見て、喜びのあまり号泣してしまった。
ジェミニの腰から手を離し、青年にタックルするように抱きついて、そのまま縋り付く。
カイルの苦労が垣間見える瞬間だった……。
「ち、ちょっと……カイルさん。落ち着いてください」
青年は、いきなり縋り付いて号泣し出したカイルをなだめ、ジェミニを見る。
ジェミニはこの世のモノとは思えない形相で青年を見ていた。
「貴様、何をしにここへ来た……」
青年は、怒気を孕んだジェミニの視線を軽く受け流し、言った。
「雑務を片付けに……ですかね?」
人類最強──神人グレン・リアーネが戦場に舞い降りた。
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