第10話 神人ユランは誕生せず
「『神級』って、『神級聖剣』の事だよね? ユランくん……すごい」
リネアが感嘆した様にユランを見る。
ミュンもポカンとした顔で、ユランを見ていた。
サイクスは──
「おいおい……ユランの奴、何が確率的にあり得ないだ。一体、どうするつもりなんだよ」
頭を抱えていた。
ザッ ザッ ザッ
突然、教会の神官や教徒たちが別室に入ってきたかと思うと、ユランの前で、頭を下げ、
「え? な、何??」
ミュンたちは、教会員たちの突然の行動に、戸惑いを隠せない。
一番前に跪いていた神官が口を開く。
「神人、ユラン様……貴方様は、『光の創造神ソレミア』の代行者……我々、聖剣教会の信徒は貴方様の僕にございます……」
恭しく頭を下げる教会員たちを見下ろしながら、ユランは黙り込む。
「おぉ……まさか、新たな神人誕生の瞬間に立ち会えるとは……神よ……」
神官の中には感動を抑えきれず、号泣し出す者までいた。
皆がユランの言葉を待っていた。
新たな神人の最初の言葉を……。
「……えと、コレってどうやったら止まるの? 眩しいんだけど……」
手を離しても輝きを失わない水晶を指差し、ユランは頭を掻きながら言った。
新たに誕生した神人のありがたい最初の言葉だ。
(わかってはいるけどさぁ……何を言えばいいのよ、実際)
「……」
教会員たちは、ポカンとした顔でユランを見上げ、しばらく口を開かなくなってしまった。
*
「何ですと! 自分が神人である事を公表しないと言うのですか!?」
ユランたちの聖剣鑑定を担当した神官──ノリスは、血管が切れそうなほど興奮し、大声を出す。
ユランは、ノリスに連れられ、教会の応接室を訪れていた。
部屋への入室が許可されたのはユランだけで、ミュンたちは外で待機している。
神人としての心得などを、教示すると言う話だったが、部屋に入って早々のユランの発言にノリスが激怒した。
ユランが言い出した事が心底信じられないと言った表情だ。
「ちょっとややこしい事情があって、せめて16……成人するまでは」
ノリスが大興奮している理由は、ユランが『神級聖剣』を与えられた事を秘匿とし、『貴級聖剣』の主と言う事にして欲しいと提案したからだ。
「ユラン様! 貴方様は自分が神人である自覚が無いのですか!!」
先程までの恭しい態度から一変、興奮したノリスは唾が飛ぶほどの勢いで、ユランに詰め寄る。
「し、神人ならグレン・リアーネ様もいますし、特に問題ないのでは?」
「なっ!?」
ノリスはユランの物言いに絶句し、目を白黒させる。
本当に血管が切れて倒れてしまいそうだ。
「人数の問題ではありませぬ! グレン様にはグレン様の、貴方様には貴方様の聖務があるのです!」
「聖務って言っても、実際に従事しなければならないのは、アカデミーを卒業後──聖剣士に成ってからですよね?」
「……ぬ」
ユランに図星を突かれ、言い淀むノリス。
神人は、聖剣教会の信徒たちの信仰の象徴となる為、ノリスとしては、ユランを新たな旗印にしたいのだろう。
しかも、ノリスが聖剣鑑定を担当した事で、名目上は彼が新たな神人を見出した事になる。
ユランが公表を先延ばしにすれば、ノリスが得られる功績もしばらくお預けになってしまうのだ。
「し、しかし……隠す意味が分かりませぬ」
普通に考えればノリスの言う事はもっともだが、ユランが神人だと公表されれば、全ての国民がユランの存在を認知する事となる。
未成年のうちは、聖務(神人として行う公式な職務)に従事する義務は発生しない。
しかし、何かと理由をつけて、信仰の対象として活動を迫られるのは目に見えている。
当然、自由に行動など出来なくなるだろう。
それでは、ジーノ村での戦果をシエルとゼンに押し付けた意味がなくなってしまう。
いや、名声を得ると言う意味では、それを望んでいないユランにとっては、なお悪い。
宿屋でサイクスに話した様に、貴族としての力が必要になることもあるだろう。
しかし、それならば『貴級聖剣のユラン』で十分なのだ。
「正式に公表する際には、『神官様がいなければ、神人としての私はなかった』と付け加えましょう」
ユランは、この短時間のやり取りで、ノリスがどう言う人間かを理解していた。
彼は損得勘定で物事を考える人間である。
教会の神官としては
「ぐぬぬ……納得しかねる部分はありますが、それがユラン様の望みであるなら……致し方ありますまい」
ノリスはそう言うと、続ける。
「しかし、国王陛下を始め、国の中枢に位置する方々に、鑑定の結果を隠蔽する事は不可能です。近いうちに王城より出頭命令が下るでしょう……言い訳を考えておいて下さい」
王城に出頭……。
回帰前の世界で、ユランがシリウス隊に参加した以前に、アーネスト王国はすでに崩壊しかけていた。
三番目の厄災、『魔女アリア』の誕生が原因だ。
王族の大半は『魔女アリア』に殺害されてしまった為、回帰前のユランは一人を除いて王族には会った事がなかった。
よって、ユランに王族やその周辺の人間の考え方など分かる訳がない。
ノリスの言う通り、彼らを説得するための言い訳は、用意しておく必要があるだろう。
「王城かぁ……」
ユランが王城に入ったのは、回帰前の『鎧の魔王』討伐隊の決起パーティに参加した際の一度だけだ。
(あの時も、私は辞退しようとしたけど……ニーナに、無理矢理引っ張られて参加させられたんだったな)
ユランは、王城という場所に、僅かな懐かしさを感じ、微笑みを浮かべた。
「わかりました……出頭の件は何とかします。では当分の間、僕は『貴級聖剣のユラン』と言う事でお願いしますね」
「……」
笑顔で親指を立てるユランを、ノリスは恨めしそうな視線で睨む。
「受付カウンターで等級識別証を受け取って下さい……『偽物』の」
偽物の部分を強調して、ノリスは言う。
かなり根に持っている様だ。
*
「……で、この人は何をしているのかな?」
ユランが応接室を出ると、一人の女性が、床に頭を擦り付けて平伏していた。
ユランたちを小馬鹿にしていたメガネの受付嬢だ。
「あー! ユラン様ぁ! お話は終わったんですかぁ? ミュン、ずっと待ってたんですぅ」
ぞぞっ……
ユランの背筋に悪寒が走る。
ユランは、一瞬、ミュンが壊れたのかと思った。
「こいつぅ、ユラン様に謝罪したいんですってぇ! ミュン、ぶっ飛ばしてやろうと思ったんですけどぉ、取り敢えずぅ……ひれ伏させましたぁ」
ミュンは、いきなりユランの右腕に抱きつくと、上目遣いで見上げ、人差し指を口に当てる。
「ミュン、えらいですかぁ? 褒めてぇ〜」
ユランは驚愕して、近くにいたリネアとサイクスを見る。
二人は黙って首を左右に振った。
「す、すみませんでした! 神人様とはいさ知らず、大変失礼な態度を!!」
メガネの受付嬢は、絶叫する様に大声で、ユランに謝罪する。
全身がプルプル震えていた。
「えぇ〜、声が小さくなぁい? ユラン様はお怒りなのぉ…………ちゃんと謝罪しろや、コラ」
最後の方だけ、ミュンの声のトーンが下がる。
かなりドスの効いた声だった。
後でサイクスから聞いた話だが、教会に来てから溜まりに溜まったストレスが爆発し、ミュンの精神が崩壊した様だった。
応接室から追い出された上に、ユランたちを小馬鹿にしていた受付嬢が、目の前に現れた事がトドメになったらしい。
その後も、ミュンに何度も謝罪のやり直しを要求され、受付嬢はついに泣き出してしまった。
茫然自失状態のユランが正気を取り戻し、ミュンを止めるまで、受付嬢の悪夢は続いたのだった。
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