第9話 いざ、聖剣鑑定
アーネスト王国の王都、その中心に建つ一際大きな建物がある。
聖剣教会だ。
人類に聖剣を与えた神、『光の創造神』を信仰する教会で、『聖剣授与式』や『聖剣鑑定』などが行われる場所でもある。
今年は、すでに聖剣授与式が終了していることもあり、『祈り』や『懺悔』に訪れる人々以外の来訪者は、ほとんど見受けられない。
「聖剣鑑定ですか? 勿論、常時受け付けてはいますが、なぜ今更?」
教会の受付に立つ若い女性が、メガネをクイっと上げ、怪訝そうな顔で来訪者を見る。
来訪者は、ユラン、リネア、サイクス、ミュンの四人だ。
聖剣鑑定に無関係なミュンは、留守番している様にサイクスに言われたが、
「は? 何で? ユランくんが関係してる事なら、私の事と同じでしょ? 」
と、留守番を断固拒否。
勝手に付いてきた。
「実は、諸事情で受けられていない子が二人いまして……今回、事情が解決しましたので、受けにきた次第です」
メガネの受付嬢は、ユランたち一同を一瞥した後、「ふん」と鼻で笑い、羊皮紙を二枚サイクスに渡す。
「これは?」
とサイクス。
「聖剣等級の申請書です。そこに『下級聖剣』と書いて提出して下さい」
「な!?」
受付嬢の態度に、サイクスが思わず声を上げる。
そんな彼の様子を見て、受付嬢はバカにした様に笑った。
「貴方たち平民でしょう? 聖剣鑑定なんて受ける意味ありますか? 鑑定なんて受けなくても、下級聖剣なら申請は通りますから、さっさと記入して下さいな……こっちは忙しいんだから」
受付嬢の態度に、サイクスは絶句し、顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
そして──
「アンタね! そんな事が許されて──」
ドカン!
サイクスが言い終わる前に、受付カウンターにミュンの右拳が炸裂する。
木製のカウンターが、『メキッ』と音を立てて軋んだ。
ミュンの右手には、青色のクリスタルが握られている。
「ジーノ村の……『貴級聖剣』のミュンよ、すぐに神官様を出しなさい」
完全に目が据わっていた。
今にも受付嬢を殴り倒しそうな勢いだったので、ユランが止めに入る。
ミュンの怒りを受け、受付嬢は、
「し、失礼しました……すぐに呼んでまいりますので、お待ちを……」
額に冷や汗をかき、慌てて奥に引っ込んで行った。
ちなみに、ミュンが取り出した青いクリスタルは、『等級識別証』と言う名の宝石である。
聖剣鑑定に用いられる水晶と同じ加工がされており、持ち主の聖剣等級を色で表してくれる。
『下級聖剣』……無色透明
『貴級聖剣』……青色
『皇級聖剣』……赤色
『神級聖剣』……金色
と言った具合だ。
聖剣鑑定の実施後に聖剣教会から貸与される物だが、個人登録がしっかりと行われているため、他人が持っても反応しない。
しばらく受付で待つと、受付嬢を伴って、初老の男性が、慌てた様子で走ってくる。
教会の神官の様だ。
「し、失礼しました……ミュン様ですね。先先程は、この者が失礼をいたしました」
神官は頭を下げて非礼を詫びるが、後ろで待機していた受付嬢は不満顔だ。
ミュンが睨み付けると、慌てて横を向く。
「謝る相手が違うんじゃ無いの? この女は私の大事な人……あと、ついでにリネアもバカにしたのよ。そちらに謝るのが筋じゃない?」
リネアがニッコリと笑って、ミュンを見るが、怒り心頭の彼女は気付いていない。
「そ、そうでしたね……皆さま、申し訳ありませんでした……すぐに鑑定の準備をいたします」
神官に案内され、ユランたちは教会の奥へと通された。
*
「それにしても、ミュン様。授与式以来で御座いますね……お元気そうで何よりです」
ユランたちを別室へと案内した神官は、他の教会員に聖剣鑑定の準備をさせている間に、ミュンと話をしている。
「覚えておいでですか? あの時も私が鑑定をさせていただいたのですが……」
「まあね……一応覚えてはいるわ。あれから色々あったけど、とりあえず元気よ」
すげない態度を取るミュンに、神官は媚び諂う様に下手に出て話す。
ミュンは『貴級』。
いずれ、貴族の身分になる事が決定している存在だ。
教会の神官としては、良い関係を築いておきたいと考えているのだろう。
はっきり言ってユランたちは蚊帳の外だ。
「あの時の事を、今でも思い出します。私は初めから、ミュン様が他とは違うオーラを持っていると気付いていました」
「……」
適当なことを言う神官に、嫌気がさしたのか、ミュンは返事すら返さなくなった。
神官は、ユランたちが蚊帳の外にされている事で、ミュンが機嫌を悪くしていることに気付いてすらいない。
神官がミュンに、
すると、すぐ後ろから、
「どうせ『下級』なのに時間の無駄よ……平民のくせに生意気な奴らね……」
などと言う囁きが聞こえた。
いや、偶然聞こえたのではなく、明らかに聞こえる様に喋っていた。
それも、ミュンの耳には届かない様な、絶妙な声の大きさだ。
ユランが振り向くと、そこにはやはり、メガネの受付嬢が立っており、蔑んだ笑いを浮かべてユランたちを見ていた。
おそらく、先程ミュンにされた事の仕返しなのだろう。
*
「準備が整いました。それでは、ジーノ村のリネアさんから……この水晶に手を置いて下さい」
「は、はい……」
緊張した面持ちで、リネアが水晶に近付く。
そして、右手を水晶に置いた。
「どうせ白光でしょ……茶番だわ」
またもや、受付嬢は厭味たらしく、わざわざ聞こえる様に呟いている。
流石に、ユランも不快な気分になり、受付嬢にチラリと視線を向ける。
しかし、受付嬢は、ユランの視線など意に介さず、余裕の笑みを浮かべている。
「こ、これは!」
神官が驚愕した様に叫ぶ。
ユランも慌ててリネアに視線を戻すと、水晶は──
紫色に輝いていた。
(紫色? 何だあれ、私でも聞いた事がないぞ……)
「え? これ、何か変なんですか??」
リネアが、心配そうに神官を見て、質問する。
「あー……いえ、変ではないですが……貴方の聖剣は『
(特級! そう言う事か!)
神官の戸惑った顔と言葉に、リネアは不安になり、アタフタしてしまう。
「私はこの聖務を30年以上続けていますが……『特級』は初めて見ました。希少性は高いですが……これは、何とも」
バツが悪そうに言い淀む神官。
「えぇ……ダメな聖剣なんですか?」
リネアが、泣き出しそうな表情になる。
神官はため息をつき、リネアの『特級聖剣』について話し始めた……。
「実は、『特級聖剣』とは──」
*
『特級聖剣』とは、聖剣に存在する四つの等級、『下級』『貴級』『皇級』『神級』のどれにも属さない特殊な等級の聖剣だ。
『特級』が、普通の等級に含まれていない理由は、その能力の特殊性にある。
四つの等級に含まれる聖剣は、どれも共通して『抜剣』によって聖剣の能力を引き出し、加護を受ける事ができる。
それは『特級聖剣』にも共通している事だが、『特級』は他の四等級とは違い、『抜剣』の発動条件が自体が根本から違う。
他の四等級は、大変な努力と才能を持って『抜剣』に至る事ができる。
『抜剣のレベルを1上げるだけでも、何年も修練を積み、その結果、やっと成し遂げる事ができるものだ。
しかし、『特級聖剣』は違う。
条件さえ整えば、4レベル以上の『抜剣』が即座に発動可能なのである。
しかも、抜剣時の加護は『神級』に匹敵すると言われている。
ここまで聞けば、最強の聖剣の様に聞こえるが、『特級』の厄介なところは、『抜剣』を発動させる為の『条件』の難易度が高すぎる事だ。
聖剣の『抜剣』とは、そもそも、加護に特殊効果が現れるのはレベル4からだ。
これは全ての聖剣に共通している事で、レベル1〜3までは、レベルに応じた身体強化が得られるのみ。
その身体強化も、同じレベルであっても、等級によって威力が変わる。
つまり、
レベル1〜3……身体強化
レベル4〜10……特殊効果+身体強化
となる。
ここで、『特級聖剣』の話に戻るが、『特級』は、レベル3までの『抜剣』は、他の四等級と同じで、努力や才能で開花しなければならない。
しかし、レベル4──特殊効果が付与される段階からは、特殊な条件を満たして発動させる必要がある。
この聖剣の特殊性はそこにあり、普通は1レベルずつ、段階を踏んでいかなければならない『抜剣』のレベルを、条件次第でスキップできる。
なので、『抜剣』の才能に恵まれず、レベル1すら発動できない状態であっても、条件クリアでレベル4以上がいきなり発動できると言う訳だ。(逆に、レベル1〜3は努力や才能で使える様になるしかない)
リネアの聖剣を例に挙げると、
レベル4発動条件──
『レベル1〜3の抜剣を使用しない状態で、相手から敵対心を向けられ、かつ、聖剣を握った状態を30分維持する』
と言う、とんでもない条件だ。
『相手から敵対心を向けられる』と言う条件がある為、隠れて時間を稼ぐと言う事ができない上に、発動までは、『抜剣』を使用せずに戦闘する必要がある。
当然、身体強化などの加護を得られない為、生身で戦わなければならない。
しかも、『相手からの敵意がなくなる』『聖剣から手を離す』などで条件はリセットされる。
さらに、本気の敵意にしか反応しない為、対象は完全に敵対している事が条件となっている。
以上の理由から、『特級聖剣』は『神級聖剣』に匹敵する力を持ちながら、その特殊性から人々から忌避されている。
『抜剣』レベル1が使用できない人間を、『
*
「……と、言うわけなのです」
神官の説明を受け、リネアは疑問符を浮かべる。
それって、何が困るの?
と言いたげな顔だ。
「いや、申し訳ありません……そうですね、リネアさんは平民でしたね……それならば『下級』とそう大差ないと言うか、平民は聖剣自体を滅多に使用しませんから」
神官の言う通り、差別の対象となるのは、ある程度の地位を持った人間……。
例えば、貴族の子息、子女などだ。
平民の身空では、聖剣を使用する事自体が稀なので、『無剣』であろうと、『特級聖剣』であろうと、あまり関係はなかった。
「だったら、わたしコレでいいです。貴族になるつもりなんて、最初からないですし──」
リネアは、チラリとユランの方に目線を向ける。
「……?」
ユランは、リネアの視線の意味に気付かない。
「大切な人と一緒にいられるならそれでいいです。貴族になったら、職務に追われて、大切な人にもなかなか会えなくなちゃいそうですし」
リネアは、次いでミュンに視線を向ける、勝ち誇った様に「ふふん」と笑う。
「つッ〜……!!」
「……?」
ミュンが拳を握って、身体をワナワナと震わせていたが、当然、ユランは何も気付かない。
「そ、そうですか……本人が良いなら、それで……続いて、ジーノ村のユランくん」
ユランの名前が呼ばれる。
またもや、ユランの後ろから、メガネの受付嬢のつぶやきが聞こえてくる。
「『特級』とはね……ふふん…まさか『下級』以下だなんて……とんだ笑い草だわ……所詮平民ってことかしら」
まあ、言わせておけばいい。
とユランは考え、水晶の前に立つ。
(何か、緊張してきたな……大丈夫だよな? 『魔貴族』を倒した時の威力は凄かったし、きっと大丈夫だ……)
この場に立つまでは自信があったユランだったが、いざ、鑑定を前にしたら緊張を隠しきれなくなってしまった。
(頼む……コレからの活動に大きく関わるんだ……こい!)
ユランは、決意を固め、水晶に手を置く。
「…………え?」
まず、最初に、神官が放心した様に水晶が発した光を眺める。
「綺麗……」
「うん、すごく綺麗だね……」
次いで、ミュンとリネアが水晶が発する光の美しさに心奪われる。
「これは……?」
ユランが、神官に視線を向けると、神官は放心した様に棒立ちで、
呆けた様に口を開けている。
その、口から漏れた言葉は、
「……
だった……。
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