第6話 グレン・リアーネ

 「グレンよ……お前は神人しんじんだ。この国では、ある意味私よりも価値の高い人間である……」


 「存じております!」


 「お前の行いは、この国の平民……いや、大貴族たちですら、模範としている所が大きい」


 「そうですとも!」


 「して、今は何時で、ここは何処どこだ?」


 「今は深夜で、ここは国王陛下の寝室です!!」


 「お前……神人でなければ極刑物だぞ?」


 「でも、僕は神人ですから!」


 「あぁ……お前は本来、そう言う奴だったな」

 

 「実は……陛下に折り入ってお願いがあるのです!!」

 

 「………………用もなく寝室に押しかけてきたのなら、神人であろうと即座に投獄しているところだ」


 「でも、明日まで待てないんです!」


 「………………お前は、やはり第一王女ジェミニと合っていると思うがなぁ……猪突猛進ちょとつもうしんな所とかそっくりだ」


 「似た物同士での婚姻というのは、大抵上手くいきません! お互いの足りない部分を補える関係でなければ!」


 「………………いきなり、それっぽい事を言うな……お前の結婚観など知らん。まあ良い、先に応接室で待っていろ……着替えてすぐに行く」


 「はい! 出来るだけ急いでくださいね!!」


 「………………貴様、私を何だと思っている」


         *


 「それで、こんな時間に何の用なんだ?」


 王城の応接間、そこは、国王であるアーネストがごく親しい人間と会うときにだけ使用するプライベートルームだ。


 こことは別に、外客対応用の応接室も存在するが、アーネストがグレンとオフで会う時は、いつもこの部屋だった。


 部屋の外には、常に二人の『ロイヤルガード』が待機している。

 そして、彼らは、この部屋で見聞きした事は絶対に外部には漏らさない。


 彼らは、この部屋にネズミ一匹通さない覚悟で職務に従事している為、この部屋の秘匿性はこの国で一番高いと言っても良い。


 「今より三ヶ月前、大陸の極北、ファルシオーネの大地に新たな『魔王城』が現れたと聞きました……先発隊がだいぶ苦戦しているとか」

 

 王城の寝室で見せた砕けた態度は鳴りをひそめ、グレンは神人の顔に戻る。


 アーネストの対面で椅子に腰掛けているが、背筋はピンと伸ばし、姿勢は崩さない。


 グレンの話を聞き、アーネストは口の端を上げ、ニヤリと笑う。


 「白々しい事を言うな……先発隊が組まれた時、お前にも話が行ったはずだ」


 アーネストは、グレンが深夜に訪ねてきた理由にすでに心当たりがあるのか、揶揄からかう様に言った。


 「その時は、大切な用事があったので……」


 「大切な用事とは……妹の事だな?」


 「その通りです。リリアはまだ幼い。出来るだけ一緒にいてあげたかったので……遠征に出れば、しばらくは王都に戻れませんから」


 その時、グレンはリリアのことを思い出していた。

 リリアは、いつからか、グレンが遠征で長期間家を空けても「寂しい」と口にしなくなった。

 

 グレンにしがみ付いて泣くことも無くなった。

 

 しかし、「行ってらっしゃいませ」と、彼を送り出す時のリリアの悲しげな笑みが、グレンの胸に焼きついて離れないのだ。


 「では、なぜ今更ここに来たのだ? 妹のために遠征の参加を拒否したと言うのに」


 確かに、アーネストの言う様に、グレンはリリアの側にいる為に王都に残った。

  

 しかし、王都にいても職務に追われ、実際にリリアといられる時間は少なかった。


 それでも、遠征に行くよりは、リリアにとって良い事だろうと思い込んでいた。

 

 しかし、結局ホフマンは相変わらずリリアに酷い仕打ちを繰り返し、リリアの笑顔は悲しげなままだ。


 側にいるだけでは守れない……。


 グレンは、アーネストの目をまっすぐに見つめ、言った。


 「成すべき事を成す為に……」


 妹のリリアの為に……。


 リアーネ家を変える為に……。


 グレンの答えを聞き、アーネストは目を細め、ジロリと睨みつける。


 腕を組んで、ため息をついた。


 「今回新生した『魔王』はそれほど強力な相手ではない。『魔王城』の規模も大した事はない様だしな……城と呼べるかどうかも怪しい代物だそうだ。」


 『魔王』がこの世に誕生する際には、必ずその棲家となる『魔王城』も同時に誕生する。

 これは、『魔王』の、魔力によって生み出された物で、『魔王城』の規模によって、その『魔王』の大体の強さが分かると言われている。


 「存じております。だからこそ、私は今回の遠征に参加しませんでした。新生した『魔王』が、私にしか相手できないほどの強者つわものなら、私も……リリアを置いて参加していたでしょう」


 グレンが言う様に、事前にもたらされた情報では、新生した『魔王』の力は並程度で、それほど苦戦しないだろうと予想されていた。


 グレンの天秤が、国の方に振れるほどの相手ではなかったのだ。


 「先発隊の隊長はジェミニだ。あの娘であれば、問題なく『魔王』を討伐できるだろう。ロイヤルガードも何人か参加しているしな……今更、お前が行かなくとも方が付くぞ」


 アーネストは、フリフリとグレンに向けて手を振る。

 明確な拒否の意思を見せた。

 

 「そうでしょうね。あの人は剣士としても優秀だ。でも……『時間がかかり過ぎている』」

 

 「む……」


 「このままでは戦が長期化し、国力の低下に影響が出かねません」


 「して、お前は結局、何が言いたいのだ?」


 「その『魔王』、私が討伐して御覧に入れましょう……そうですね、期間は一週間、援軍はいりません」


 グレンの答えを聞き、アーネストは口元を緩め、楽しげに質問する。


 全て分かっている顔だった。


 「『皇級聖剣』持ちでも最強と言われるジェミニが、三ヶ月経っても討伐できない相手だぞ……? それを一週間……しかも援軍も要らんと?」


 アーネストは、楽しくて仕方のないと言う顔だ。

 今にも大声で笑い出しそうだった。

 

 グレンは、まるで近所に買い物にでも出かける様に、事も無げに言った。


 「ファルシオーネまでは6日は掛かりますから、一週間なのかはください」

 

        *


 「しかし、お前は何をするにも回りくどい。さっさと望みを言え。今回の征伐の報酬に何が欲しい?」


 グレンの答えを聞き、一頻ひとしきり笑った後、アーネストは言った。


 グレンはそれを聞き、


 「リアーネを……リアーネ家の全権を私にお与えください。『魔王』討伐には、それほどの価値は有りましょう」


 と答えた。


 グレンの答えを聞き、アーネストは満足げに頷き、グレンの肩に手を置いた。


 「ついに決意したか……些かいささのんびりしすぎの様な気もするが、貴族連中のシリウスに対する不満も飽和状態だ。良い時期かもしれん」


 「ありがとうございます……」

 

 「しかし、お前は神人だ。その権限を使えば、新しく家を興すことも可能だぞ?」


 アーネストは、グレンの答えが分かっていにも関わらず、そんな質問をした。


 実際に、神人ならば富も名声も思いのままなのである。


 しかし、それはグレン個人にのみ適応されることで──


 「そう出来たとしても、リリアは『リアーネ』ですから……」


 グレンには、選択肢など最初から無かったのだ。


 リリアを孤独から、リアーネから救う為には、自分がリアーネの当主になるしかない。

 

 グレンはそう結論付けた。


 「お前は、いつも自分の事よりも国民の事……いや、今は何よりもリリアの事が大事な様だな」


 「いいえ、違いますよ」


 グレンはアーネストの言葉を即座に否定する。

 

 グレンは決心したのだ。


 「私はリリアだけじゃない……王国も……国民も……全てを守りたいのです」


 グレンの天秤はすでに破壊された。


 ならば、妹と王国、そして国民を秤にかけて選ぶ必要などない。


 「全てを救います。私にはそれが出来る」


 アーネスト王国に、人類最強の英雄が誕生した瞬間だった。


         *


 「それでは、準備が出来次第、すぐに出発いたします」


 グレンが応接室を出ようとしたところで、アーネストが、たった今思い出したかの様に、ポンと手を打つ。


 「そう言えば、今回の『魔王』は、自分の事を『死の魔王』と公言しているらしいぞ」


 アーネストの言葉に、グレンはピクリと反応し、苦笑する。


 「『死』の魔王ですか?」


 「なんでも、『死霊術』を得意としている『魔王』らしい。不死身の軍団を操り、『自分は不死だ』と声高らかに叫んでいるそうだ」


 それを聞き、グレンはクククと不敵に笑う。

 

 僕に対して『不死』だと?


 『不死』は死なないとでも?


 「へえ……それは面白い」


 グレンは込み上げる笑いを抑えられず、右手で顔を覆う。

 

「本当の『死』とは何か……僕が教えてあげよう」


 そう言うと、グレンは、笑いながら応接間を出て行ったのだった。

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