誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした

ミュンの記憶【3】

　今日は祭りの当日の朝。

　自分を祝う祭りだと言うのに、私の心は相変わらず曇ったままだ。

　ユランくんはまだ、部屋から出てこない……。

　それも当然かもしれない。

　私の『貴級聖剣』授与を祝う祭りなんて、ユランくんは参加したくないだろう。

　でも、ユランくんならいつか立ち直ってくれると信じている。

　「ミュン、悪いがノーラさんの家の納屋からロープを持ってきてくれ」

　村の中央広場で、祭りの用意をしていた私たち。

　父がそんな事を言ってきた。

　「了解……」

　私は短く返事を返すと、ノーラさんの家へと走った。

　ちなみに、ノーラさんと言うのはガストンの母親の事だ。

　ノーラさんは優しい。

　ノーラさんの旦那さんも優しい。

　あの二人から、どうしてガストンの様な子供が産まれてしまったのか。

　疑問に思ってしまうほど、二人は人格者だった。

　私は、ノーラさんの……もとい、ガストンの家まで来ると、納屋からロープを一本、頂戴した。

　納屋から出て、広場に戻ろうとすると、私の目の前に、人影が現れる。

　「ガストン……」

　私は、突然現れたガストンを、キッと睨みつける。

　ガストンはユランくんが閉じ籠ってしまった原因の一端を担っている。

　「待てよ……お前と喧嘩するつもりはねぇ」

　では、どう言うつもりで私の前に現れたのか。

　私は、直ぐにでもガストンを殴り倒してやりたい衝動に駆られる。

　私はユランくんの事となると、理性が効かなくなってしまうらしい……。

　「ユランくんに近付くなって言ったけど、それは、私になら近付いて良いって意味じゃないんだけど？」

　私はガストンを威嚇する様に睨みつける。

　「謝ろうと思ったんだ……まあ、実戦授業のときは流石にやりすぎたよ」

　今更、何を言っているんだろうか。

　すでにユランくんは傷付いて、部屋に閉じ籠ってしまっている。

　「何で、私に謝るの？　ユランくんの事、馬鹿にしてるの？」

　やっぱり、コイツは卑怯者だ。

　本人に謝る事も出来ないなんて。

　「違ぇよ……ユランにも謝るさ。ただ、先にお前にも言っておかねぇとと思ってな」

　まあ、謝りたいのなら好きにすれば良い。

　ユランくんが、それで元気を取り戻すとは思えないけど。

　「ユランの事は……元々、あんまり好きじゃねぇが、嫌がらせするのは男のやる事じゃなかった。リネアの事があるにしてもな……」

　ガストンは本気で反省している様だった。

　かと言って、今までユランくんにしてきた仕打ちを許すつもりはないが。

　「例え、シエル先生に言われた事だとしても、考えて行動するべきだった。ユランにも必ず謝るよ」

　は？

　私はあまりに意外な人の名前が出たことに、動揺を隠せなかった。

　シエル先生？

　コイツ、今、『シエル先生に言われたことだとしても』って言った？

　「ちょ、ちょっと意味がわからないんだけど……シエル先生が何だって？」

　私が問いかけると、ガストンはキョトンとした顔をする。

　ガストンも私の言った事の意味がわかっていない様子だった。

　「お前、聞いてないのか？」

　「な……何を？」

　「シエル先生のクラスになってから、しばらくしたときに先生に言われたんだ──」

　『ユランくんはオドオドしていて男らしくありません。皆んなで、彼が男らしくなれる様に敢えてキツイ言葉、キツイ態度で接しましょう……それが彼の為なんです』

　私はそれを聞いて、気が狂いそうになった。

　それがシエル先生の教育方針だとしても、いくら何でもやりすぎだ。

　「ゼン先生も同じ様な事を皆んなに言ってたぜ。それに……俺は隠れてやるのは嫌いだったから堂々とやってたが──」

　それ以上は聞かない方が良いとわかっていても、私には、その先を聞かないと言う選択肢はなかった。

　ユランくんに関わる事だから……。

　「先生の言う事を信じて、クラスの奴らの殆どが陰でユランに嫌がらせしていたぜ。まあ、リネアはずっと学校に来てなかったから関わってねぇがな……そう言う話を先生にされた事も知らねぇんじゃねえかな」

　後半の言葉は私の耳に届いていなかった。

　どう言う事？

　クラスメイトたちが、ユランくんに嫌がらせしていたなんて。

　私の喉はカラカラになっていた。

　うまく言葉が出てこない。

　「何で、陰でそんな事をするの……？」

　やっと出た言葉は、そんな意味のない言葉だった。

　理由なんて明白だ。

　「そりゃ、決まってんだろ」

　私はユランくんを護るって決めたのに。

　私は……

　「お前がいるからだよ」

　ガストンの言葉が棘の様に、私の胸に深く、深く、突き刺さるのを感じた。

　　　　　　　　　　＊

　私は、広場に戻り、父に持ってきたロープを押し付ける。

　父が私の様子を心配し、声を掛けてきたが、それを無視してユランくんの家へ向けて走る。

　太陽はすでに沈み、辺りには夜の帷が下りていた。

　「はっ……はっ……はっ」

　全力疾走して来たせいで、息が上がってしまった。

　私は、とりあえず深呼吸して息を整える。

　ユラン君に謝らないと。

　気付かなくてごめん。

　守ってあげられなくてごめん。

　「ふー……」

　やっと息が整って来た。

　ユラン君の家は、ここから歩いてすぐの距離だ。

　歩きながら、ユランくんに伝える言葉を考えないと。

　私は、ユランくんの家に向けて、歩みを進めようとした。

　しかし──

　「……え？」

　私は、思わず息を呑んだ。

　ソレを見た瞬間、息をする事も出来なくなった。

　「なに……あれ……？」

　真っ黒い

　全身、真っ黒な体毛の……大きな犬？

　違う

　あんな犬、見た事ない

　私の……いや、村の大人たちの倍以上の大きさの犬みたいな動物。

　剥き出しになった牙が、真っ赤な血に濡れて、赤黒く光っていた。

　「あ……あ……」

　私は恐怖で動く事ができず、尻餅をついてしまった。

　逃げないと

　でも、体が動かない。

　その、大型の犬の様な動物が、ゆっくり私の方に近付いて来る。

　大きな口がゆっくりと開き、私に近付いて──

　「ミュンさん！」

　私を呼ぶ声がしたかと思うと、

　ザシュ

　何かが刺さる音が聞こえ、目の前が鮮血で真っ赤に染まる。

　グォォォォォ

　その動物が呻き声を上げ、私から離れる。

　動物の左目には、サブウェポンが深々と突き刺さっていた。

　「ミュンさん、早くこっちへ！　逃げましょう！」

　私は、突然現れた誰かに手を引かれ、その場を離れた。

　　　　　　　　　　＊

　私は、手を引かれて走っている。

　手を引いているのはシエル先生だ。

　その隣には、サブウェポンを手にしたゼン先生もいる。

　シエル先生は私を助けてくれたのだ。

　やはり、ガストンが行った事は、自分の行いを正当化するための嘘だったのかもしれない。

　「先生……あれは何なんですか？」

　私の質問に、シエル先生は答える。

　「あれは、魔物です。授業で習いましたよね？」

　「魔物って、高位の魔族が使役するっていう……」

　「そうです……魔物は単独で行動する事は殆どありませんから……魔族がこの村に襲撃して来たのかもしれません」

　魔族の襲撃？

　何でこんな小さな村に……。

　ユランくんは大丈夫なんだろうか。

　でも、魔族の襲撃だとしても、シエル先生とゼン先生がいれば大丈夫だよね？

　「シエル先生……広場に村の大人たちが集まっている様です」

　ゼン先生が広場に視線を向け、そう言った。

　今、初めて気がついたが、私たちは中央広場に向かって走っていたらしい。

　「そうですね、一旦、あそこに身を隠しましょう」

　シエル先生は私の手を引きながら、転がり込む様に、広場近くの小屋の裏に身を隠した。

　ゼン先生もそれに続く。

　小屋の陰に隠れ、様子を伺っていると、ゼン先生の言う通り大人たちは全員、広場に集まっている様だった。

　大人たちの一人、村の村長である私の父が、叫ぶ様に言った。

　「もうすぐ、魔族がここにやって来る！　俺は戦う準備をして来るから、子供たちを村から逃すんだ！」

　（お父さん……無事だったんだ。良かった）

　父の無事を確認し、私は安堵する。

　小屋の陰から、父の下に駆け寄ろうとしたが、

　ガシッ

　シエル先生に腕を掴まれ、制止させられる。

　「ダメです……今はまだ隠れていなければ」

　シエル先生は私の耳元で囁く様に言った。

　なぜ、

　何故、父の下へ行ってはいけないのか。

　私は、広場に集まっている大人たちに視線を向けた。

　父が走り出そうとした直後──

　『もう遅いですよ。既に逃げ場はありません』

　冷たい声だった。

　感情のない、ひどく冷めた様な男の声。

　いつの間にか、広場に程近い、小屋からもそれほど遠くない場所に一人の男が立っていた。

　長身で、ヘンテコな服を着た男。

　でも、醸し出す雰囲気が普通じゃなかった。

　さっき遭遇した魔物とは、比べ物にならないくらいの威圧感だった。

　「な、何だコイツは！」

　「いつの間に現れた！」

　村人たちは口々に、男の登場に驚き、声を上げた。

　小屋からは、それなりに距離があるはずなのに、やけに澄んだ空気のおかげで、声が小屋まで届く。

　何を話しているのか、内容まで聞き取れた。

　『子供たちを逃すと言っていましたね？　集める手間を省いてあげましょう』

　男がそう言うと、村の至る所で火の手が上がる。

　何が起こっているのかわからなかった。

　男は立っているだけなのに、村の家屋の所々で火の手が上がっているのだ。

　男の足下から、影が無数に伸び、生き物の様に蠢いていた。

　あれで何かしているのだろうか？

　「……先生、あの男も魔物なんですか？」

　ただの人間に、あんな事ができるとは思えない。

　あの男も、人間の様に見えるけど、魔物の類なのかもしれない。

　「……あれは魔物ではないです。あれは『魔貴族』……魔物たちの主人です」

　シエル先生の言葉に緊張の色が籠る。

　「眷属がさっきの『下級種』の魔物だとすると、この『魔貴族』もそれほど強くなさそうですけど……ゼン先生と力を合わせれば、ミュンさんを逃すくらいは」

　シエル先生は突然、ブツブツと独り言を呟く。

　小声すぎて、内容は聞き取れなかった。

　『さあ、どうなりますかね』

　男……『魔貴族』はそう呟き、腕を組んだ。

　何かを待っている様な様子だ。

　村の大人たちは、無防備な『魔貴族』を前にしても、『魔貴族』が発する威圧感に気圧されて動く事ができない様だ。

　勿論、私の父も……。

　しばらくすると、泣き叫ぶ悲鳴と共に、村の子供たちが広場に集まって来た。

　村の子供たちは、有事の際には『広場に集まる様に』と大人たちから教わっている。

　村中が火事になると言う緊急事態に、自主的に広場に集まって来たのだろう。　

　まさか、そこに『魔貴族』がいるとも知らずに。

　子供たちは父親や母親に抱きついて、泣きじゃくっていた。

　『おやまあ……まさか、ここまで簡単に集まるとは思いもしませんでしたよ。良い教育をなさっていますね』

　魔貴族はニコリと笑う。

　しかし、声は相変わらず抑揚のないもので、それがやけに不気味に感じた。

　『魔貴族』は満足げに頷いて、集まって来た子供たちを一人ずつ、指差しで数えていく。

　『子供が……３０匹ですか。コレで全部ですかね？』

　『魔貴族』は、誰に問うでもなく、独り言の様に呟く。

　『まあ、いいでしょう。これだけ集まれば十分です』

　そう言うと、動けない大人たちを尻目に、ゆっくりと右手を挙げる。

　影が『魔貴族』の足下で蠢く。

　そして、一瞬のうちに広がり、影が子供たちを拘束した。

　明らかに、子供たちだけを害しようとしている様子に、私は我慢できなくなり、シエル先生に言う。

　「先生、皆んなを助けないと」

　すると、シエル先生は、

　「大丈夫です……今は、タイミングを計っているだけです」

　と、私を安心させる様に微笑んでくれた。

　きっと、シエル先生にはこの場を何とかする作戦があるのだ。

　私が横槍を入れ、それを邪魔するわけにはいかない。

　私は、シエル先生の行動を黙って見守る事にした。

　　　　　　　　　　＊

　『魔貴族』は影を動かし、拘束していた子供たちを広場の中心に集めた。

　集められた子供たちは皆、恐怖に震え、泣きじゃくっている。

　自分たちの目の前にいるのが、『化け物』であると気付いたのだろう。

　子供たちの中でも、一人だけ涙を流さず、『魔貴族』を睨みつけている子供がいた。

　ガストンだ。

　ガストンは、皆んなを護るように、先頭に立っていた。

　『魔貴族』は、中央に集めた子供たちを指差し、

　『この子供らは人質です……貴方たちが、私の意に添わない行動をした場合、わかりますね？』

　村の子供を人質に取られても、大人たちは動けない。

　『魔貴族』に対する恐怖で動けない様だ。

　それほどまでに、『魔貴族』の発する威圧感は強かった。

　『まずは……そうですね。この村の代表は誰ですか？』

　『魔貴族』が問うと、私の父が辛うじて、答える。

　その声は、普段の頼もしい父の声ではなく、震えの混じった弱々しい声だった。

　「わ……わたしが……この村の村長だ」

　父の言葉に、『魔貴族』頷いて、

　『この村に、『特別な力を持った腕輪』が有る筈です。私はソレを探しに来たんですよ』

　私は、直ぐに『魔貴族』の言う腕輪が、この前父に見せられた『ソドムの腕輪』であると理解した。

　「腕輪……なぜ……何故、そんな物を？」

　『それは、貴方が知る必要はない事です……しかし、その反応から察するに、貴方は腕輪のことをご存知のようだ』

　そう言うと、『魔貴族』再び影を操り、今度は村の大人たちを拘束する。

　私の母も……。

　無事なのは父だけだ。

　『貴方は、その腕輪をここに持って来なさい……急いだ方が良いですよ。ショーに間に合わなくなる』

　「腕輪を渡したら……村人を見逃してくれるのか……？」

　父は、絞り出すように声を出し、『魔貴族』に問う。

　声が震えている。

　今の精神状態では、それを聞くのが精一杯だったのかもしれない。

　『まあ、考えてあげなくも無いですね』

　その言葉を聞いて、父は走り出した。

　おそらく、家の金庫部屋にある腕輪を取りに行ったのだと思う。

　それを見て、シエル先生はまた独り言の様に呟く。

　「村長のくせに馬鹿じゃないの？　『魔貴族』がそんな約束を守るわけないじゃない」

　呟きは小さすぎて聞き取れなかったが、シエル先生は冷たい目で広場の方を見ていた。

　『……それにしても、あのお方は何故そのような腕輪を欲しがるのか……理解しかねます。まあ、私はショーを楽しむだけですがね』

　『魔貴族』はそう言うと、拘束していた村人たちを、私たちが影に隠れていた小屋の中に放り込むようにして投げ入れる。

　私たちは小屋のすぐ裏にいるため、村人たちの悲鳴がよく聞こえた。

　『さて、まずは準備ですね……』

　『魔貴族』が右手を挙げる。

　すると、その右手を黒いモヤの様なものが覆う。

　そして、黒いモヤがかかった右手を地面に向かって下ろす。

　黒いモヤか地面に流れ、大きな塊になった。

　モヤが晴れる。

　そこには、見たこともない生き物がいた。

　２メートルを軽く超える身長、

　筋肉が異常なほどに盛り上がった体躯、

　普通の生物としてはあり得ない、身体から生えた６本の腕、

　さっき、ユランくんの家の近くで見た魔物が可愛く見えた。

　実戦経験の無い私でも、その生物が異常な強さを持っているとわかった。

　異様なほど静かで、強さを感じさせない『魔貴族』とは正反対の生き物だ。

　「な、何よあれ……あれって、『中級種』じゃないの？」

　シエル先生の声が震えている。

　「さっきの『下級種』は何だったの……？　アイツ以外にも『魔貴族』が居るってこと……？　一体、どうなってるのよ。『中級種』なんて、私たち二人がかりでも無理よ」

　シエル先生が、ブツブツと独り言を呟いている。

　近くにいたゼン先生も、顔中に汗をかき、動揺している様子だった。

　『取り敢えず、大人たちを閉じ込めておきなさい』

　『魔貴族』が、突然現れた生物（おそらく魔物であると推測される）に指示を出すと、魔物は小屋の出入り口の方に向かっていく。

　私たちがいる場所からは影になって見えない位置だが、小屋の中にいた大人たちが、

　「扉が開かない！」

　と叫んでいた事から、小屋の中に閉じ込められてしまった様だった。

　『もうすぐショーの幕開けです。貴方たちも出て来なさい』

　『魔貴族』はそう言うと、先ほどと同じ様に黒いモヤを作り、地面に流した。

　しかし、今度は先ほどと違い、地面に５つの塊が出来ている。

　その中から、６本腕の魔物がそれぞれ１体ずつ出て来る。

　最初にモヤから出て来た魔物を含めると、全部で６体だ。

　私は、この魔物や『魔貴族』を見ても、悲観してはいなかった。

　何故なら、ここには元聖剣士のシエル先生とゼン先生がいるからだ。

　ユランくんはいつも言っていた。

　『聖剣士は強くて、弱い者の味方なんだ。どんな敵にも負けない、強い剣士なんだよ』

　だから、きっと大丈夫。

　私は、このとき気付いていなかった。

　シエル先生が諦めた様にため息をつき、

　ゼン先生が、無言でサブウェポンを鞘に収めている事に……。

　『そこの先頭の貴方、この村を一回りして残っている村人を探して来なさい……せっかくのショーを見逃したら可哀想ですからね』

　『魔貴族』がそう言うと、指示された魔物は、家屋がある方に走って行った。

　巨大な体躯に似合わない、素早い動きだった……。

　　　　　　　　　　＊

　その後、村を一回りして来たのか、魔物が『魔貴族』の下に戻って来る。

　それほど時間は経っていない。

　父はまだ戻って来ていなかった。

　戻ってきた『魔貴族』は、子供を一人抱えている。

　ユランくんだ……

　魔物に抱えられたユランくんは、グッタリしている。

　気を失っているのか、それとも……

　最悪な想像をしてしまい、私は思わず、叫び声を上げて小屋の陰から飛び出しそうになる。

　しかし──

　「行ってはダメです」

　シエル先生に後ろから羽交締めにされ、口を手で塞がれた。

　「ユランくんは気を失っているだけです……大丈夫」

　シエル先生は、何を根拠にユランくんが大丈夫だと言うのだろうか。

　シエル先生を振り払おうともがくが、大人の力には敵わず、ビクともしない。

　「冷静になってください……今は、私たちが為すべきことを為さなければ……」

　シエル先生に言われて、ハッとなる。

　そうだ、今はユランくんだけじゃない。

　村の皆んなを助けるために、行動しなければならない時だ。

　ユランくんは大丈夫とシエル先生が言うなら、きっと大丈夫だ。

　私はやはり、ユランくんの事となると、冷静でいられなくなってしまうらしい。

　私が落ち着いたのを確認すると、シエル先生は私を解放してくれた。

　『この子供は……なるほど、部屋に隠れていたんですね。村が大変な事になっているのに気付かないとは……たまたま家が火事にならずに助かった様ですね。幸運な子供だ……』

　『魔貴族』は、ユランくんを連れて来た魔族からの報告を受け、何かを考えている様子でユランくんを見ている。

　報告していた魔物は言葉を発している様には見えなかった。

　彼らは、何かしらの方法で意思の疎通ができる様だ。

　『他の子供と一緒に、そこに集めておきなさい』

　『魔貴族』にそう言われ、魔物は腕に抱えていたユランくんを広場の中心、子供たちが集まっている場所に投げ入れた。

　ユランくんはゴロゴロと転がり、子供達の輪の中で止まる。

　投げ入れられた衝撃にも、ユランくんは目を覚まさない。

　「ユラン！　ユラン！　大丈夫なの！？」

　小屋の中から、女性の悲鳴の様な声が上がる。

　この声は、ユランくんのお母さんだ。

　ユランくんのお母さんの声を皮切りに、村の大人たちは次々に声を上げる。

　自分の子供の名前を叫ぶ大人たちの中に、ノーラさん……ガストンのお母さんの声もあった。

　私の母は、子供たちの中に私がいない事に安堵するのだろうか。

　それとも、姿が見えない事に不安になっているのだろうか。

　お母さん、ユランくん、待っていて。

　シエル先生とゼン先生の力を借りてでも、必ず助けるから。

　小屋の中から大人たちの声が響いている。

　悲痛な叫び。

　中には、『魔貴族』に対して、自分の子供の命を助けてほしいと懇願する声まであった。

　『少し……うるさいですね』

　『魔貴族』の声が低くなる。

　タダでさえ抑揚がなく、感情の籠っていない声なのに、さらに冷たく底冷えする様な声色になる。

　『私はショーを邪魔されるのが嫌いです。もう少ししたら目一杯、叫ばせてあげますからお待ちなさい。これ以上騒ぐ様なら……わかりますね？』

　そう言って、『魔貴族』は配下の魔物に命じて、子供たちを取り囲ませる。

　……大人たちはそれ以降、押し黙ってしまった。