ミュンの記憶【4】

 子供たちが危なくなっていると言うのに、シエル先生は黙ったままだ。


 きっと作戦を立ているのだろう。

 

 シエル先生の指示があった場合に備え、すぐに動ける様に準備しておかなければならない。

 

 きっと大丈夫。


 先生たちなら、皆んなを救ってくれる。


 シエル先生が口を開いた。



 「ここはもう……諦めましょう」


 え?


 シエル先生、何を言ってるの?


 私は、シエル先生が言った言葉が信じられず、思わず先生の顔を凝視してしまった。


 次に、ゼン先生が口を開き、


 「そうですね。いくら私たちでもアレは無理です」


 何で?


 あそこにはお母さんと……ユランくんも居るのに。


 私は、シエル先生の服の袖を掴み、


 「そ、そんな……先生、みんなを助けないと」


 そう言うのが精一杯だった。


 シエル先生は、私の肩に手を置き、微笑みながら言った。


 「ミュンさん。あそこにいる魔物たちのリーダーは『魔貴族』です。周りにいる魔物も普通の強さではないですし、戦っても勝ち目はありません」


 でも、先生たちは元聖剣士なのに。


 それでも勝てない相手なの?


 私の頭の中は、ぐちゃぐちゃになってしまい、上手く考えがまとまらない。


 「それよりも、逃げる事を考えなければ……貴方や私、ゼン先生は『貴級』。選ばれた人間なんです」


 選ばれた人間?


 それって何?


 何で逃げるの?


 私は、先生たちが言っている事が理解できなかった。


 「そうです。生き残れば、我々には未来がある。平民とは命の重さが違うのですよ」


 ゼン先生が言う。


 へいみんって……だれのこと?

 

 おとうさんのこと?


 おかあさんのこと?


 ゆらんくんのこと?


 むらのひとたちのこと?


 私は混乱する頭で、辛うじて言葉を絞り出す。

 

 「でも、このままじゃ皆んなが殺されちゃう」


 ユランくんも……。


 私が中央広場に視線を向けると、未だにグッタリとしているユランくんが目に入った。


 ユランくんを助けないと……。


 「悲しいのもわかります。辛いのもわかります。でも、子供たちや村の大人たちを犠牲にしてでも、私たちは助からなければならないんです……村人たちもそれを望むはず」


 シエル先生……。


 本当にそうなの?


 だって、皆んな泣いてる。


 怖くて泣いてる。


 シエル先生は、優しい顔で私の方を見ている。

 優しい顔で、優しい声で、


 「私たちと一緒に逃げましょう。勿論、『魔貴族』が追ってきたら、私とゼン先生が囮になります。必ず、貴方だけはここから逃しますから」


 そんな事を言う。


 私に、皆んなや先生たちを犠牲にして助かれって言うの?


 シエル先生の言葉に、ゼン先生も頷いている。


 私にはそんな事できない。


 私が戸惑っていると、シエル先生は、優しい顔で残酷な現実を突きつける。


 「戻ったところで、私やゼン先生、もちろんミュンさんにも出来る事はありません……無駄死にになってしまいます」


 ダメなの?


 先生たちは聖剣士だったのに、皆んなを助けられないの?


 私は、何も答えられず、そして、皆んなを犠牲にする選択などできなかった。


 私の沈黙を肯定だと思ったのか、シエル先生は私の手を引き、その場を離れようとした。


 でも、私は……。


 ユランくんの言葉を思い出していた。


 『聖剣士は強くて、弱い者の味方なんだ。どんな敵にも負けない、強い剣士なんだよ』


 私は、ユランくんの夢を継ぎ、聖剣士になると誓った。


 ユランくんを護ると誓った。


 だから、


 「せ、先生……やっぱり、私は皆んなを助けたい……ユランくんに聞いたんですけど……『聖剣士』は弱い人を護る正義の味方なんですよね……私も将来、聖剣士になるなら……そんな人になりたい……皆んなを助けたいんです」


 私は、強くなりたい。


         *


 「シエル先生とゼン先生も……元聖剣士なんですよね……? 私に……私に…力を貸してくれませんか?」


 シエル先生やゼン先生の命も危険に晒してしまうだろう。

 

 でも、やっぱり私は皆んなを助けたい。


 今の私には力がない。


 実戦授業の成績が優秀だとしても、所詮は子供だ。


 でも、元聖剣士の二人が力を貸してくれるなら……。


 私は、先生たちの答えを聞くのが怖くなり、下を向き、目を瞑ってしまった。


 断られたらどうしよう?


 そんな考えが浮かんだが、『聖剣士は正義の味方』と言うユランくんの言葉が私に勇気をくれた。


 「ミュンさんの意志は、しっかり、私とゼン先生に伝わりましたよ」


 シエル先生がそう言ったのを聞いて、私はやっぱり『聖剣士』は正義の味方なんだと、嬉しくなった。


 私は目を開けて上を向く。


 俯いている場合じゃない。


 先生たちと力を合わせて、皆んなを助けるんだ!


 でも、


 だと言うのに、


 何で、そんな顔をするんですか?


 シエル先生……。


         *


 バシッ


 私の手が振り払われる。


 シエル先生が握ってくれた私の手。


 私は何が起こっているのかわからずに、思わず声が漏れてしまった。


 「……え?」


 私は振り払われた手を見つめる。


 

 「まったく、少し優しくしていればコレだもの……だからガキは嫌いよ」



 シエル先生の顔が感情を無くした様に無表情になる。

 今まで、見たことがない様な冷たい視線を向けられる。


 何で?


 シエル先生…なんでそんな事を言うの?


 シエル先生が私の肩を強く掴む。

 肩に痛みが走る。


 「せっかく、こっちが忠告してやっているのに、何様のつもりかしら」


 ダメ……。


 ダメだよ、先生。


 先生が協力してくれないと、皆んなを救えない。


 ゼン先生。


 シエル先生が冗談を──


 「ミュンさん、謝ったほうがいい。シエル先生は怒ると怖いからね」


 ゼン先生までそんな事を言ってくる。

 

 私の言ったことが間違ってるの?


 シエル先生はそれで怒ってしまったの?


 肩が痛いよ……シエル先生……。


 「謝ってももう遅いわ……まあ、死にたいなら勝手にすれば? アンタ一人で村人を救ってみなさい」


 私一人で?


 そんな事、できるわけない。


 「シ……シエルせんせい?」


 「もう先生じゃないわ。もう、辞めるもの。それよりもアンタ言ったわよね?」

 

 「……え?」


 「一緒に戦えって。バカじゃないの? 何で私がこんな、クソ田舎のクソ村人を救うために戦わなきゃならないのよ。私に無駄死にしろって言うの?」


 シエル先生が、掴んでいた私の肩を強く押す。

 私は身体に力が入らず、尻餅をついてしまった。


 「行きたいなら一人で行きなさい。一人で行って死んでくればいい。どうせマトモに戦えないんだから……アンタみたいなガキに何ができるのよ」


 ひどい。


 ひどいよ、シエル先生。

 

 自分が弱いことくらい、私自身が一番わかってる。


 神様、何で私に『貴級聖剣』を与えたの?


 こんなに弱い私に……。


 「わ……わたしは……ただ……お父さんを……お母さんを……村の人を……ユランくんを救いたいだけで……」

 

 そうなのだ。


 私はただ、村の人たちを、父を、母を、そしてユランくんを救いたいだけだ。


 それが、そんなに罪深い願いなのだろうか。


 そんな私の願いを他所に、シエル先生は言う。


 「めんどくさいガキね……ユランってあのユラン? 『劣等生』の? あんなガキすぐに殺されるわ……アンタが助けてやったら? 助けを待ってるかもよ?」


 シエル先生の言葉に、私はハッとなる。


 そうだ、ユランくんは助けを待ってる。


 「行かなきゃ……」


 私が広場に向かって歩き出すと、後方から、


 「本当に行くんだ……バカなガキね」


 シエル先生のそんな言葉が聞こえた。


         *


 『さて、役者も揃ったところで、始めましょうか』


 『魔貴族』のそんな声が聞こえ、私は足を止めた。

 止めたと言うよりも、足が震えて動けなくなってしまった。


 私一人で、どうすればいいの?


 子供達を囲んでいた魔物の内の一体が動き出す。

 子供たちの集団に近付き、その中から一人を選んで、無造作に持ち上げた。


 魔物に片腕を掴まれ、身体が宙に浮いてしまっている。


 アレは私たちより一つ上の学年の少年、ミゲルだ。


 子供たちの先頭にいたガストンは、ミゲルを護る様に背に置いたが、巨大な魔物の腕はガストンの頭上を悠々と越え、後ろにいたミゲルを掴んでいた。

 

 魔物はミゲルの片腕を掴んだままで、『魔貴族』の前まで移動する。

 そして魔物は、ミゲルのもう片方の腕も別の腕で掴み、彼の身体を小屋の方向に向けた。


 小屋の大人たち、そして私の位置からもミゲルの姿がよく見えた。


 ちょうど磔の様な格好になっている。


 『さて、先ずは余興と行きましょう』


 『魔貴族』が口元を歪め、言う。


 ミゲルは恐怖に震え、泣き叫んでいる。


 彼が母親や父親を呼ぶ声が辺りに響く。


 ミゲルは村の子供だ……。


 私が助けないと。


 そう思うのに、足が前に進まない。


 助けて。


 誰かミゲルを助けて。


 『アナタは最初の生贄に選ばれました』


 魔貴族がそう言って、嬉しそうにミゲルを見る。

 

 『魔貴族』が魔物にチラリと視線を向けると、魔物はミゲルを掴む手を左右に引っ張る。


 ゆっくり


 ゆっくり


 ミリ ミリ ミリ


 ミゲルの身体が軋む音が、ここまでハッキリ聞こえる様だった。


 「ぎゃ」


 ミゲルの口から、短い悲鳴が漏れる。


 『苦労して集めた子供達ですが、一人くらいは良いでしょう』


 魔貴族が呟く。


 一人くらい良いって……どう言う事なの?


 ミゲルはどうなるの?


 ミゲルの顔は苦痛に歪み、瞳から止めどなく涙が溢れている。

 

 ミリ ミリ ミリ


 私は、それ以上見ていられなくて目を逸らす。


 やめて


 これ以上、誰かを傷付けないで……。


 「やめてぇぇぇ!」

 

 突然、小屋の中から叫び声が聞こえた。

 女性の声だ。


 「その子を……私の息子に酷い事をしないで!」


 叫んだのはミゲルの母親だ。

 『魔貴族』に騒ぐなと言われたのに、ミゲルの母親は自分の息子の為、叫び声を上げてしまった。


 すぐに、くぐもった様な声に変わり、再び辺りは静けさを取り戻す。

 ミゲルの母親が、他の村人に制止されたのだろう。


 しかし、『魔貴族』は、それを待っていたかの様に、


 『おやおや、静かにする様に言ってあったのに……残念ですが、この子供は助かりません。恨むなら、約束を守らなかった母親を恨んでくださいね』

 

 ミリ……


 ミリ……


 ミリ……


 「あ……やめて……痛い……たすけて、おかあさ──」


 ブチン……


 ミゲルの右腕が、



 ちぎれるおとがした



 「────」


 ミゲルは、声にならない叫び声を上げた後、


 泡を吹いて気を失った。


 『おやおや、両手が千切れる様に調節させたのですが……失敗でしたね』


 『魔貴族』がそう言うと、ミゲルを掴んでいた魔物が、ポイっと『魔貴族』の前にミゲルを投げ捨てた。


 『魔貴族』の足下で影が蠢く。


 影が大きくなり、ミゲルの身体全体を包み込んだかと思うと──


 バキッ


 メキッ


 ゴリュッ


 影が、


 ミゲルを……


 咀嚼し始めた。


 「あ……うぐ……ぺぎょ……」


 ミゲルの口から聞こえたのは、泣き叫ぶ声ではない。


 ただ、口から漏れた空気が、音を立てただけだ。


 その場には、血に濡れた、ミゲルの右腕だけが残っていた。


 「うげぇ……うぐ……うぅ……」


 私は、ミゲルの最後を目撃し、嘔吐した。


 ポタポタと、私が吐き出した吐瀉物が地面に落ちて、音を立てる。


 私はまだ、心のどこかで、死という現実を甘く見ていた。


 人が死ぬという事


 昨日まで、普通に生活していた人たちの日常が突然、奪われる事


 頭で理解している様で、何一つわかっていなかった。

 

 「な……で……みげる……」


 胃液が込み上げてきて、声にならない。


 「あぁぁぁぁ! そんな! ミゲル! ミゲルぅぅ!!」


 小屋の中から、女性の泣き叫ぶ声が聞こえる。

 『魔貴族』は、そんな叫びを聞いて、


 『良いですね。これからは目一杯、叫んでください。私が許可します……それより、やはり恐怖に侵された子供は良い。肉の質が違う』


 と言った。


 ああ、やっと今わかった。


 私たちは、ヤツらの餌なのだ。


 オモチャなのだ。


 ヤツらが楽しむ為の、ヤツらが食欲を満たす為の──家畜でしかない。


 『さて、次です。次こそは成功させてくださいよ……沢山いるとはいえ、数に限りがありますからね』


 『魔貴族』は魔物に向かって微笑む。


 私たちはゲームの駒でしかない。


 魔物が、再び子供たちの方に歩いていく。


 また、適当に子供たちの中から一人を選び、手を伸ばす。


 しかし、その手にしがみ付いた子供がいた。


 ガストンだ……。


 「おい、化け物! やめろぉ!」


 ここからでも、ガストンの全身が恐怖で震えているのがわかる。

 どんな時でも、強気な態度を崩さなかったガストンが、泣きながら魔物の腕にしがみ付いている。


 『おや、勇敢な子供だ……』


 『魔貴族』は興味深そうにガストンを見る。

 こんな状態で、自分に楯突く子供が珍しく、興味を惹かれた様だった。


 「リネアを……俺の妹をどこにやった!? 」


 ガストンは、魔貴族に向かって叫ぶ。


 そう言えば、子供たちの中にリネアの姿はなかった。


 『大した度胸だ。この状況下で、気丈に振る舞える子供など初めてですよ……貴方みたいな子供は、強者から好かれる。思わず生かしてあげたくなってしまう』


 『魔貴族』はガストンに笑顔を向ける。

 楽しそうに笑う。


 グサッ……



 『まあ、私は嫌いなタイプですがね』



 『魔貴族』の影が、細く細く尖り、


 ガストンの胸を貫いた……。


 その心臓に、深く、深く、突き刺さった。


 『リネア? そんな子供は知りませんね。ここに居ないという事は、もう死んでるんじゃないですか?』


 ズブッ


 影の槍がガストンの胸から引き抜かれる。


 ドンと音を立てて、ガストンの身体が地面に倒れる。


 ガストンは動かなくなった。


 すぐに影がガストンを覆い、ミゲルと同じ様に、ガストンの身体は影に咀嚼された。


 広場全体に、そして、小屋の付近まで、影がガストンを喰む音が届いていた。


 影が離れた後には、ガストンの足の一部だけが残されていた。


 『あ、ちなみにコレは私の優しさです。人生の最後に何も残せないなんて悲しいでしょう? コレがこの子たちの生きた証です』


 何を言っているんだろう?


 片方の腕だけが、


 足の一部だけが、


 彼らが生きた、短い人生の証だというの?


 ミゲル、そしてガストンの凄惨な様を見て、大人たちは叫び声を上げる。


 怒号


 悲鳴


 懇願


 様々な叫び声が入り混じり、嵐の様に木霊する。

 その声に、広場全体が震えている様だった。


 『好きに叫んで良いとは言いましたが、少し不快ですね』


 『魔貴族』はそう言うと、右手を挙げる。


 影か蠢き、複数の槍を作る。


 槍の先端が、子供たちに向けられた。


 「何を、やっているんだ……?」


 横から声が上がる。


 怒りを含んだ怒鳴り声だ。


 「何をやっているかと聞いている!」


 いつもの優しく、頼もしい声とは違う。


 娘の私も聞いたことのない、怒りの声だった。


 『おや、遅かったですね……既に、ショーは始まってしまいましたよ』


 父の右手には、例の腕輪、『ソドムの腕輪』が握られている。

 そして、左手にはサブウェポンも……。


 「約束が違うぞ……腕輪は持ってきたんだ。これ以上、村人に手を出すな」


 父は、右手に持っていた腕輪を魔貴族に向かって差し出す。


 『いやいや、私は考えてみると言っただけです。初めから、誰一人逃すつもりはありませんよ?』

 

 「……そうか」


 『魔貴族』の言葉を聞き、父は左手に持っていたサブウェポンを地面に突き刺す。

 

 腕輪を左手に持ち替え、右腕に装着した。


 お父さん……やめて


 ダメだよ……そんなの使ったら……


 父は、地面に突き立っていたサブウェポンを左手で引き抜くと、右手で聖剣を握った。


 聖剣から、無機質な声が響く。


 『──レ──べ──2──はつ──し──』


 ノイズがかかった様な声で、内容は理解できない。

 腕輪が黒色の光を発し、父の聖剣の刃が二割ほど露出する。

 露出した聖剣の刀身の色は、黒く濁っている様に見えた。


 父は元々、『下級聖剣のレベル1』だ。

 腕輪の力が本物なら、発動したのはレベル2の抜剣なのだろう。


 『おやおや、まさか、その程度で私と戦うつもりなんですか?』

 

 嘲笑う様に、『魔貴族』が言う。


 『我々と戦うには、それなりに資格が必要なんですよ? 貴方程度なら、そうですね……この子で十分です』


 『魔貴族』は再び地面にモヤの塊を作る。

 モヤの中から現れたのは、4本足の犬の様な魔物。

 ユランくんの家の近くで遭遇した魔物だ。


 左目にサブウェポンが突き刺さっている事から、同じ魔物で間違いない。


 『おや? 誰かに片目をやられた様ですね……まあ、貴方程度なら問題ないでしょう』


 『魔貴族』が、犬型の魔物のアゴを撫でる。


 『この子は私のお気に入りです。強くはありませんがね……もし、貴方がこの子に勝てたら、残りの村人は見逃してあげましょう』


 「そ……そんなことは……しんじられない」


 父は、息も絶え絶えという感じで、言葉を発するのも辛そうだった。


 『私は嘘はつきません。真実を惑わす事はありますがね……』


 「やくそくは……まもれよ……」


 父も、自分の力では『魔貴族』に到底敵わない事はわかっているのだろう。

 せめて、あの魔物を倒せれば……皆んなが助かるかもしれない。


 でも、勝ったとしても、お父さんは……。


 私は、溢れる涙を止めることができなかった。

 父との思い出が頭の中に蘇ってくる。


 村長としての父


 父親としての父


 どれも優しく、頼もしい父だった。


 お父さんなら大丈夫。


 絶対に、村のみんなを救ってくれる。


 お父さんは、強いんだから──


 バウン!


 「へきょ?」


 バリッ メキッ ゴリッ ベキッ ゴリュ    

ゴリュ ゴリュ ゴリュ ゴリュ ゴリュ ゴリュ ゴリュ ゴリュ ゴリュ……


 「あぁぁぁぁぁ! いやだぁぁぁぁ!! うぎゃぁぁぁぁあ!!」

 

 父は、

 

 一瞬にして、


 魔物の大口に飲まれ、


 すり潰されてしまった。


          *

 

 『まさか、ここまで弱いとは思いませんでしたよ』


 父は右腕と左腕だけを残して、魔物に飲まれてしまった。

 

 『魔貴族』は、父の右腕にハマったままになっている腕輪を拾おうともしなかった。


 邪魔は入らない。


 いつでも回収できると思っているのだろう。


 父の残された左手には、サブウェポンが握られたままになっていた。


 お父さん……ごめなさい。


 私は『貴級聖剣』の主なのに。


 私の止まっていた足が、再び動き出した。


 村の人たち……お母さん……ユランくんを


 助けなきゃ……。


 私は、一歩一歩、フラフラとおぼつかない足取りながらも、広場に向かって歩いた。


 『おや、隠れていたのに……出てきたんですね。他のお二人は一緒じゃないんですか?』


 『魔貴族』には、全てお見通しだった様だ。


 私たちが隠れていた事も。


 放っておいても害はないと判断したのか、それとも、その方が面白いと思って敢えて気付かないフリをしていたのか……。


 なんだ、最初から逃げ場なんて無かったんだ……。


 『貴方、今更なんで出てきたんですか?』


 私は、『魔貴族』の前までやってくる。


 父の亡骸……唯一、その場に残された両腕を見下ろす。


 相変わらず、涙は止まらなかった。


 私に出来る事は一つしかない。


 皆んなを、ユランくんを守るために。


 『どういう、つもりですか?』


 私は、


 地面に頭を擦り付け、


 『魔貴族』に懇願した。


 「お願いします……もう、やめてください」


 無力な私には、それしか方法が無かったのだ……。


         *


 「私はどなうなっても良いです……だから……もう、誰も殺さないで……誰も傷つけないで……どうか、お願いします……」


 最後の方は言葉になっていなかったかもしれない。


 涙が次々に溢れてきて、上手く喋れなかった。


 『ああ、そういうのは不快です』


 グサッ……


 「おぶ……ぶぇ……」


 また、誰か、殺されてしまった。


 でも、私は頭を上げずに、懇願し続ける。

 私には、これしか出来ることがない。


 「おねがいします……おねがいします……」


 『……』


 グサッ グサッ グサッ……。


 「もう、やめてください……おねがいします……もう、やめてぇ……」


 『実に不快です……私は、面白くないものが嫌いでね』

 

 グチャ ドチュ ブリュ ベキョ


 何かをこねくり回した様な音と、


 「やだぁぁぁ! おがあざん……おどゔざん……ぐぎぃ! がぁごぉ……」


 子供たちの悲鳴が聞こえた。


 私が顔を上げると、


 「あ……あぁ! ダメ! ダメぇ!!」


 子供たちを囲んでいた魔物たちが、


 子供を、弄ぶ様に、蹂躙していた。


 潰され


 千切られ


 捏ね回され


 血飛沫が上がる。


 子供たちだったモノは、血に濡れた、大きな、肉団子の様になっていた……。


 小屋の中にいる大人たちは、誰もが泣き叫び、その叫びはもう声になっていなかった。


 『あぁ……あまりに不快で、楽しみを潰してしまった』


 『魔貴族』は後悔した様に右手を顔に当て、嘆息する。


 広場にいた子供たちは皆、物言わぬ肉塊となってしまった。

 

 昨日までは、普通に生活して、父親に頭を撫でられ、母親に甘え、笑っていたいた子供たちが。


 なんで?


 なんで?


 なんで、皆んなは死ななければならなかったの?


 わたしのせい?


 私は、子供たちだったモノを、ぼーっと眺めていた。


 そして、気が付いた。


 子供たちの中で、なぜか、ユランくんだけが無事だった。


 『ああ、もう良いです……興醒めですね。私は人間が上げる恐怖の悲鳴が好きなんです。貴方は……既に生きることを諦めている』


 私は、どうすれば良かったのだろうか?


 皆んなを守るために、戦えば良かったの?


 『貴方にチャンスをあげましょう。そうですね、貴方が自ら命を断てば、残った村人の事は考えてあげていいですよ?』


 ほんとうに?


 わたしが死ねばみんなたすかるの?


 「ミュン! だめぇぇ! 殺すなら、私を殺してぇ!!」


 大人たちの叫び、怒号の中でも、その声はハッキリと私の耳に届いた。


 お母さんの声だ……。


 いつもは優しい、母の声が、今は悲痛な叫びとなり、痛々しい。


 お母さん……ごめんね。


 私は、残された父の左手が握る、サブウェポンに右手を伸ばす。


 ガシャン


 右手が震え、サブウェポンを落としてしまった。


 おかしいな……覚悟は決めてたはずなのに……。


 わたしは、震える右手を、左手で強引に押さえ付け、サブウェポンを手に取る。

 

 そして、両手で柄を握り直し、刃を首に当てる。

 

 「おねがいします……これで……村のみんなを助けてください……」

 

 『魔貴族』は、ニコリと笑い、頷いた。


 私は、気を失っているユランくんを見る。


 ごめんね……ユランくん。


 私は、ゆっくりと両目を閉じた。


 これで、村のみんなを……お母さんを……ユランくんを救える……。


 できれば最後に、ユランくんに私の気持ちを伝えてから死にたかったな……。


 私は、サブウェポンを握る両手に力を込め──


 ドゥン!!


 後ろで轟音がしたかと思うと、大人たちの叫び声が突然、聞こえなくなる。


 お母さんの声も……。


 嫌な予感がした。


 相手は『魔貴族』なのだ。


 なんで、信じてしまったんだろう。


 私が目を開けると、小屋の正面に無数の巨大な穴が開いていた。


 沢山の大きな針で、串刺しにされた様な穴だった。


 『残念、時間切れです』

 

 その言葉を聞き、私は小屋の中の大人たちが、殺されてしまったと悟った。

 小屋の中にいた母も……。


 ガラン


 両手に力が入らず、握っていたサブウェポンを地面に落としてしまった。


 「な……な……んで……」


 絶望する私に向かい、『魔貴族』は嬉しそうに笑う。

 

 『貴方の決断が遅すぎるのですよ』


 『魔貴族』はそう言うと、私の耳元まで顔を近付け、囁く様に言った。


 『悔しいですか? 貴方が強ければ、子供じゃなければ、選択肢を間違えなければ、村人は死ななかったかもしれない』

 

 違う。

 

 コイツが村に来なければ皆んな死ななかった。


 『貴方の卑屈な態度が、私を不快にさせた。貴方が村人を殺した様なものです』


 違う。


 村の人たちを殺したのはコイツだ。


 「ゆるさない……なんで、なんで村の皆んなを……」

 

 怒ったところで、私に何が出来るの?


 戦う力もないのに。


 『良いですね。先程の卑屈な態度とは違う、私を心底、憎んでいる目だ』

 

 「なんで、この村を……狙ったの?」


 『そうですね、その腕輪が目的ではありましたが、敢えて言うなら……ここの村人が弱かったからですよ』


 意味がわからない。


 弱ければ、滅ぼされても良いと言うの?


 『私は慎重派なんですよ。この村に強者がいたなら……例えば、王都にいるグレン・リアーネ。あんな化け物がこの村にいたら、腕輪が目当てだったとしても私は襲撃を躊躇ったでしょう……ああ、ちなみに、この村のことは以前から偵察していましたから、強者がいない事は把握済みです』


 どう言う事なの?


 『魔貴族』は、私たちが最初から抵抗できないとわかって攻めてきたの?


 『グレン・リアーネ……あれは神人ですからね……我々、『魔貴族』では、到底太刀打ちできない』


 最後の方は、独り言に近い呟きだった。

 

 「……」


 私たちの村は、たまたま『魔貴族』が欲しがる腕輪を持っていて、手頃に滅ぼせそうだから狙われたのだ。


 皆んな、ただ生きていただけなのに。


 殺される様な事はしていないのに。


 私は、残された父の右手から、『ソドムの腕輪』を抜き取る。


 『おや? もしかして、貴方……』


 『魔貴族』が何か言っているが、関係ない。


 私に残されたのはユランくんだけ……。


 お父さんも、お母さんも、村のみんなももう居ない……。


 ユランくんだけは、護らないと。


 その時、私はユランくんの言葉を再び思い出していた。


 『聖剣士は強くて、弱い者の味方なんだ。どんな敵にも負けない、強い剣士なんだよ』


 私は、ユランくんの聖剣士になりたい。



 …………なりたかったなぁ。



 私は、『ソドムの腕輪』を右腕に装着した。

 

 そして、地面に落としたままになっていたサブウェポンを左手に握る。


 神様、おねがいします。


 対価を支払えと言うなら、私にはあげられるものが一つしかありません。

 

 私の命をあげます。

 

 どうか、ユランくんを救える力を私にください。


 私の聖剣から、ノイズ混じりの声が響く。


 『──レ──べ──1──はつ──し──』

 

 私の聖剣の刃が、一割ほど露出し、『抜剣』が発動する。


 私の身体の中で、異物が暴れ回っているのを感じる。

 

 腕輪に、命が吸われているのがわかる。


 身体に力が溢れてくるのを感じるが、同時に、身体が動かなくなっていくのもわかった。


 あんまり……時間がない……。


 私は、未だに気を失ったままのユランくんを見る。


 どうか、このまま眠っていて……。


 ユランくんは優しいから……目を覚ましたら、ユランくんはきっと……私の死に責任を感じてしまうから。


 私はコイツらを倒したら……ユランくんの前から黙って消えよう。

 ひっそりと、誰にも気づかれずに死んでいこう。

 これは、私の覚悟だ。


 『愚かな選択をするものだ……その腕輪がどう言うものか理解しているでしょうに』

 

 『魔貴族』はつまらなそうに言うと、犬型の魔物に指示する。


 父の時と同じだ。

 『魔貴族』は私の資格を測るつもりなのだろう。

 

 犬型の魔物が私と対峙した。

 

 シエル先生は以前、実戦授業の時に言っていた。


 「貴方の才能は素晴らしい」


 今は、その言葉を信じようと思う。


 グルルルルゥ


 対峙した魔物が唸り声を上げる。


 ユランくんの家の近くで、私と遭遇したことを覚えているのだろう。

 

 その時に傷付いた左目の事を根に持っている様で、魔物が発する怒りの感情が伝わってきた。


 やったのはシエル先生だが、私も同罪だと魔物は思っているのだろう。


 ダン!


 魔物が地を蹴り、私に向かって走ってくる。


 『抜剣』のおかげか、魔物の動きがとても遅く感じる。


 スローモーションの世界の中で、私だけが普通に動ける感覚。


 遅い


 遅すぎて、こんな魔物すぐに殺せる


 お父さんを殺した魔物


 タダでは殺さない


 できるだけ、苦しめて、殺す


 一撃、右目を潰した


 二撃、身体を斬りつけた


 三撃、腹を裂いた


 四撃、牙を折った


 五撃、六撃、七撃、八撃、九撃…………


 魔物は動かなくなったが、私は魔物の身体を斬り続けた。


 『素晴らしい。でも、次はどうですか?』

 

 『魔貴族』が指示を出すと、今度は6本腕の魔物が6体、私を囲む様に立った。


 全部倒す。


 全部倒して、ユランくんに内緒で消えるの。


 魔物たちが、一斉に襲いかかってくる。


 でも、遅い


 さっきの犬型よりも早いけど、


 でも、遅い


 とりあえず、一体目の胸あたりをサブウェポンで突き刺す。

 深々とサブウェポンが刺さると、簡単に動かなくなった。

  

 心臓の位置は、人間と変わらないみたい。


 なら、簡単だ。


 二体目、三体目、四体目、五体目、六体目


 正確に、全ての魔物の心臓をサブウェポンで貫く。

 相手の動きが遅すぎて、心臓の位置を正確に突くことができた。


 「がふっ……ごほっ! ごほっ!」

 

 咳と一緒に、喉の奥から大量に血液が溢れ出る。

 口から漏れた血液が、ポタポタと地面に落ちた。


 もう、時間が無いみたい……私の最後が近い。


 あとは、『魔貴族』を……


 「…………ミュン?」

 

 突然、横から声がした。


 私の名前を呼ぶ声。


 私の大好きな人の声……。



 かみさま、ひどい


 さいごなのになんで、こんないじわるするの?


 ユランくんの声を聞いたら、決意が揺らいでしまう。


 ずっと一緒にいたいと思ってしまう……。


 ユランくんは、サブウェポンを握る私の姿を見て、不思議そうな顔をしている。


 しかし、すぐに周りの状況を見て、理解し、顔を歪めて、泣き出してしまった。


 「ゆ……らん……くん」

 

 もう、話すことも辛くなっている。


 体の熱が奪われ、冷たくなっていくのを感じる。


 『おやおや、目を覚ましてしまいましたか。まあ、良いでしょう……そろそろクライマックスです。貴方も見学していなさい』

 

 『魔貴族』がユランくんに向かって、そんな事を言う。


 『魔貴族』は何故、ユランくんだけ生かしたのだろうか?


 偶然?


 それとも……。


 「父さん……母さん……どこにいるの?」


 ユランくんが泣いている。


 「だい……じょ……なか……ない……で」


 ユランくんに伝えたいのに、なかなか言葉にならない。


 『さあ、続きをしましょう』


 『魔貴族』はそう言うと、影を操り、無数の影の槍を私に飛ばしてくる。


 でも、やっぱり遅い。


 私は、その影を避けながら、前進する。


 サブウェポンが届く間合いまで入った。


 サブウェポンを振りかぶると、『魔貴族』の影が壁の形を作り、盾となって『魔貴族』の身体を守ろうとする。

 

 でも、完全じゃ無い。


 私はその盾の隙間を縫う様に、サブウェポンを走らせる。


 ザンッ!


 『魔貴族』の右腕が切断され、宙を舞う。


 影が私を捕まえようと迫るが、後ろに飛んでそれを回避した。


 ごぷ……


 私の口から、血液の塊が溢れ出た。


 足に力が入らず、地面に膝をついてしまう。


 手に力が入らず、サブウェポンも取り落としてしまう。


 ここまでみたい……。


 『ふむ……なかなかやりますね。まあ、これで終わりの様ですが』


 魔貴族は、右腕を切断されたと言うのに、気にも留めていない様だった。

 

 私は、自分の命が、終わりを迎える時が来たのだと悟った。


 もう、私にできる事はない。


 『魔貴族』は、未だ健在だ。


 でも、ユランくんだけは……。



 「たす……け……て……くだ……ゆら……だけ……は」


 私は『魔貴族』に懇願した。

 

 もう、頭を下げる事もできない。


 身体が動かない。


 「ミュン……何を……言ってるの?」

 

 ユランくんは、涙を流しながら、私を見ている。


 そんな顔しないで……泣かないで……私は大丈夫だから。


 『クックック……やはり、貴方たち人間は面白い。こんな時に他人の命乞いとは』


 もう身体が動かないよ……。


 ユランくん……逃げて……。


 『元々、一人だけ……この少年だけは、殺さずにおくつもりでした。私は、この少年に興味があったのでね……』


 ああ、良かった。


 ユランくんは助かるんだ。


 『それに、貴方は放っておいても死にそうですし、ここまでにしましょう』


 バシュ! ザンッ!


 『魔貴族』が影を操り、私の右腕を切断した。

 腕を切り落とされたと言うのに、すでに痛みも感じない。


 「ミュン!」


 ユランくんが叫び、こちらに走ってくる。


 『コレは回収させてもらいましょう』


 切断された私の腕から、『魔貴族』が腕輪を抜き取る。

 

 別に良い。


 ユランくんが助かるなら、そんなものくれてやる。


 『それと、そこの少年。このミュンという少女は貴方を護るために死ぬ様ですよ。この様子では、もう、助かりません』


 「……え?」


 ユランくんに余計な事は言わないでほしい。


 これは、私が勝手にやった事で、ユランくんの所為ではないのだから……。


 『この腕はすぐに再生可能ですが、目印として、このままにしておきましょう。悔しければ、私を殺しに来なさい。私は、いつでも待っています』


 『魔貴族』は、新しいおもちゃを手に入れた子供の様に、嬉しそうに笑っていた。


 そして、それだけ言い残し、黒いモヤの中に消えていった。


 広場に残されたのは、私とユランくんだけ。


 皆んな、ここで死んでしまった。


 村中に放たれた炎はすでに燃え尽き、消えている。

 辺りを照らすのは月の光だけとなり、夜の暗さを取り戻す。


 しかし、月明かりに照らされて、ユランくんの顔はよく見えていた。


 ユランくんの顔は、涙でクシャクシャになっていた。


 こんな時だけど、そんな顔も可愛いと思ってしまった。


 でも、ユランくんに涙は似合わないから……。

 

 目が霞んで、ユランくんの顔がわからなくなってくる。


 ユランくんは、私の残った方の手……左手を両手で包み込む様に握ってくれた。


 わたし、こんな腕じゃもう、ユランくんを抱きしめる事もできなくなっちゃったね……。


 「ミュン……僕、決めたんだ。僕は、『下級聖剣』だけと、聖剣士になってみせる」


 ユランくんは、私の手を力強く握り、そう言った。


 「『下級聖剣』が聖剣士になれないなら、僕が初めての聖剣士になる……そしたら……そしたら……ミュンを護るんだ。約束しただろ?」


 うん


 そうだね、やくそく


 ユランくんの両目から、止めどなく涙が溢れている。


 ユランくんが悲しんでる。


 ユランくんが泣いている。


 だったら私は、いつもの言葉で慰めてあげなきゃ。


 「ゆ……ゆらん……くん……なら……すごい……せい……けんしに……なれる……よ」


 笑顔を作ったつもりだけど、うまく笑えたかな?

 

 我慢していたのに、ユランくんの顔を見ていると、自然と涙が溢れ、止まらなくなってしまった。

 

 私はユランくんの夢を応援したい


 遠くの空で、ユランくんの夢が叶うのを願っているから


 でも、でも、やっぱり……


 「ゆらんくん……やだぁ……わたし……しにたく……ないよぉ……」


 隣で、一緒に、夢を叶えるユランくんを見ていたかった……。


 「大丈夫……大丈夫だから。ミュン……必ず助かるから……僕が、必ず助けるから……だって、僕はミュンを護る聖剣士なんだ……だから……だから」


 ユランくんが私を抱きしめてくれる。


 暖かい……。


 やっぱり、私はユランくんが好き。


 大好き。


 「ゆらん……くん……」


 大好き。


 そう、口に出してしまいそうになり、口をつぐんだ。


 だって、私の気持ちを伝えたら、ユランくんの足枷になってしまうから……。


 だから、心の中で、いっぱい言うの。

 

 ユランくん大好き。


 ユランくん……


 ユランくん……


 ユランくん……


 ……ユラン……くん


 …………


         *


 「ケガは酷く無い様だけど、大丈夫かい?」


 「……」


 「僕は、グレン・リアーネと言うんだ。少し、話をさせてほしい」


 「……」


 「すまなかったね……僕がもう少し早く来ていれば、こんな事にはならなかっただろうに」


 「……」


 「この馬車は王都に向かっている。ケガもしているし、到着したらすぐに病院で診てもらおう」


 「……」


 「……今は話したくないだろうね。僕も無理に聞こうとは思わない……でも、話せる様になったら、村であった事を話してほしい」


 「……」


 「聞きたく無い事だろうが、一応、話しておく必要があるから、話しておくよ……」


 「……」


 「村人たちの遺体は損傷が激しいものが多く、人定確認が難航しそうなんだ……わかる範囲でいいから、村人の特徴などを教えてほしい」


 「……」


 「すまない、急かしすぎたね。コレも話せる様になったら聞くとしよう」


 「……」


 「だけど、君が抱えている、その娘だけは離してあげてくれないか?」


 「……」


 「保存の神聖術をかけてあるから……状態は大丈夫だが、ちゃんと弔ってあげよう」


 「……」


 「それが、その娘の為なんだよ」


 「……」


 「そうか、王都まではまだ時間が掛かるだろうから、それまではゆっくり休むと良い」


 「……」

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