ミュンの記憶【2】
私たちが乗る馬車は、無事に王都まで到着した。
王都までの長時間の馬車移動で、疲れている私とは違い、ユランくんはワクワクする気持ちを隠しきれていない様子だった。
引率のシエル先生が、宿の手配のためにその場を離れ、しばらくして戻ってくる。
シエル先生は私たち村の子供にとって、学校の教師であると同時に、剣術の先生でもあった。
信頼できる先生ではあるけど、ユランくんに対する接し方が、他の生徒に比べて厳しい様に見えて、私は正直シエル先生が苦手だった。
「皆さん、行きましょうか」
シエル先生の号令を合図に、私たちは王都に着いて早々、聖剣教会に向かう事になった。
*
「それでは、これより聖剣授与式を始めます」
聖剣教会の神官様の宣言で、聖剣授与式が始まる。
教会に集まった人たちの名前が一人ずつ呼ばれ、祭壇に上がって聖剣を授与されていく。
私の隣には、ワクワクを抑えきれない様子のユランくんが立っていた。
私は、正直言って不安な気持ちの方が勝っていた。
出発前、ガストンが言った事を思い出す。
『バカじゃねえの。俺たち『平民の子』が聖剣士になれるわけねぇだろ』
平民の子。
そう、私たちは平民の子だ。
平民の子に与えられる聖剣は『下級聖剣』と相場が決まっている。
一部の例外はあるが、そんな事は稀だ。
私だって平民の子。
ガストンだって平民の子。
そして……ユランくんも平民の子。
『下級聖剣』では聖剣士にはなれない。
そこに例外はなく、法律で定められた絶対的な決まり事だ。
私の事はどうでもいい。
でも、神様、どうか、
ユランくんの夢を奪わないで……
私はそう願ってやまないのだった。
*
「ジーノ村のミュン、前へ」
私の名前が呼ばれる。
正直言って、自分の事などどうでも良かった私は、予め教わっていた授与式の一連の流れに従い、そつなくこなして聖剣を受け取る。
「ジーノ村のユラン、前へ」
ユランくんが返事をしながら、祭壇に続く階段を駆け上がる。
ワクワクが抑えきれなかったのだろう。
一連の流れは教わっていたのに……。
興奮でそれを無視してしまう姿も、不謹慎ながら可愛いと思ってしまった。
*
「これより『聖剣鑑定』の儀式を行います。希望者は別室へ移動してください」
神官様がそう言うと、聖剣を授与された子供たちは、別室へ移動していく。
「ミュン、聖剣鑑定だって。早く行こう」
そう言って私に右手を差し出すユランくん。
聖剣鑑定を受ければ、自分の聖剣の等級が判明する。
これによって、その者の人生が決まると言っても過言ではない。
下級聖剣は平民に
貴級聖剣は貴族に
皇級聖剣は王族に
神級聖剣は……それこそ、神に近い扱いを受ける信仰の対象に
それぞれ、聖剣の等級だけでその人の全てが決まるのだ。
これは私も授業で習ったし、この世界の常識であると誰もが知っている事だ。
そして、ユランくんの夢である聖剣士になるためには、『貴級聖剣』以上が必要になる。
私の胸は、不安で押しつぶされそうになった。
*
「この水晶の上に片手を置いてください」
神官様が言うと、水晶の前に子供たちが並び、列を作る。
一人、また一人と、水晶に手を置いていく。
「残念ですが、貴方の聖剣は『下級聖剣』です」
先ほどから、その言葉を何度聞いたかわからない。
それはそうだ。
ここには、各所から集められた平民の子供しかいない。
普通に考えれば『貴級聖剣』以上など出るわけがない。
現に、聖剣鑑定をする神官も、退屈そうに職務をこなしている。
授業で習った話では、貴族の聖剣鑑定は王城の敷地内にある聖剣教会内で行われるらしい。
「次は、僕だ……」
ついに、ユランくんの番が回ってくる。
私の前に並んでいたユランくんは、一歩前へ出ると、水晶に手を置いた。
水晶が白い光を発する。
……光の色、光の強さ、その全てが前の子供たちと変わらない、平凡なものだった。
「残念ですが、貴方の聖剣は『下級聖剣』です」
その一言で、
キラキラとした瞳で夢を語ったユランくんは、
私の大好きな、ヒーローは、
夢を失い、平民の少年となった。
「……っ!」
私は、現実に打ちひしがれ、俯いてしまったユランくんを抱きしめようと手を伸ばすが、ユランくんはその手を制止し、
「次は、ミュンの番だよ……皆、待ってるから……」
と言った。
私は、なんでこの列に並んでしまったのか。
ユランくんを抱きしめるために、列外で彼を待つべきだった。
私の後ろに並ぶ子供たちが、私を睨んでくる。
順番を譲り、列外に飛び出したかったが、神官様がそれを制した。
「時間はかかりません……一度並んでから列を出ることは、神に背を向けたと同義ですよ」
意味不明な事を言ってくる神官様の手を振り払い、水晶に手を置く。
こんなもの、さっさと終わらせてユランくんのところへ行かないと。
水晶が、眩い、青色の光を放つ。
明らかに、他の子供たちとは違う反応だ。
やめてほしい。
そんな事は望んでない。
神様、こんなのは間違ってます。
「これは素晴らしい! ミュンさん、貴方の聖剣は『貴級聖剣』です!」
そう言った神官様の一言で、ユランくんはさらに絶望の淵へと叩き落とされたのだ。
*
聖剣授与式の日から、ユランくんは私と口を聞いてくれなくなった。
仕方のない事だ。
私はユランくんの夢を奪った様なものだから。
ユランくんは学校に登校してきてはいるが、いつも上の空で授業を受けていた。
私が『貴級聖剣』に選ばれた事に、両親は大喜びした。
私は複雑な心境で、喜びなど少しも感じなかったが、喜んでいる両親の手前、落ち込んでいる姿を見せるわけにも行かず、とりあえず笑っておいた。
私の聖剣授与を受けて、父に家にある金庫部屋に連れて行かれた。
「ミュン、お前も聖剣を持つ立派な大人だ……まだ、10歳だけどな」
冗談まじりに言う父は、どこか嬉しそうな顔をしていた。
「お前は『貴級聖剣』の主だ。こんな小さな村の村長に収まる器じゃなくなった……だが、この家の人間である以上、コレの事は話しておかなければならない」
そう言って父が指差したのは、祭壇に収められた一本の腕輪だった。
「私、コレの事なら知ってるよ。前にユランくんと一緒のときに見せてくれたじゃない。ウチの家宝なんでしょ?」
「その通りだが、この腕輪の事について詳しくは話してなかっただろう?」
その通りだ。
私は、この腕輪が『我が家の家宝』で、『村の宝』と言うことしか聞いていない。
「この腕輪は、『ソドムの腕輪』と言う。この腕輪は、装着した者の『抜剣術』のレベルを一つ上げてくれる効果を持つんだ」
父の言葉に、私は驚きを隠せなかった。
授業で習ったことだが、『抜剣術』は大変な努力と才能を持ってやっと使用できる技だ。
多くの人間は『抜剣レベル1』にたどり着くのが限界で、それ以上に行くには特別な教育も必要になるほどの難関である。
「ただし、それには使用者の命を対価として支払わなければならない」
「……は?」
「つまり、使ったら死んでしまうって事だな」
簡単に言うが、そんなもの誰が使うと言うのだろうか。
そんなものが我が家の……村の宝なのだろうか。
「勿論、絶対に使う事はない。お守りの様なものだ……ただ、この腕輪の存在は我が家の子供である以上は、知っておかなければならない」
父はそう言ったが、私が成人したらこの腕輪はこっそり処分しようと心に決めた。
*
今日は、学校で実戦授業が行われた。
試合場の中で、それぞれ先生に指名された生徒同士で、実戦に即した試合が行われるのだ。
私の相手はガストンの取り巻き、トリノだった。
私は比較的、実戦授業が得意な方だったらしく、難なくトリノを倒すことができた。
試合の後、シエル先生が私に色々とアドバイスをくれた。
私はユランくんの事ばかり考えてしまい、あまり集中して聞くことができなかった。
私の聖剣が『貴級聖剣』だとわかってから、学校の先生、特にシエル先生とゼン先生の私に対する態度が明らかに変わった。
私に対しては常に笑顔で、優しい言葉をかけてくれる様になったけど、贔屓されている様で、私は二人のことが苦手だった。
特に嫌なのが──
「ユランくんとガストンくん」
ユランくんとガストンの名前が呼ばれる。
おそらく、シエル先生は敢えてこの組み合わせにしたのだろう。
私はシエル先生のこの行動が本当に嫌だった。
シエル先生は最近、授業をまともに聞いていないユランくんを敵視している。
ユランくんは夢を絶たれたのだ。
今は落ち込んで、他の事が手につかないのは仕方がない。
私はシエル先生に何度も説明したが、先生は私に笑いかけるだけで、ユランくんに対する態度は変わる事がなかった。
「あ……あの、僕、体調が悪いので見学を」
ユランくんがそう言うと、シエル先生は、
「そうは見えませんけど? 仮病は許しませんよ。さっさと開始線につきなさい」
ニヤリと笑いながら言った。
「そ、それなら……せめて相手を変えてください」
ユランくんは目に涙を溜めながら、シエル先生に懇願している。
私は我慢できなくなり、一言いおうとしたが、私に助けられたらユランがもっと惨めになるのではないかと、思いとどまってしまった。
*
私は、自分の判断が間違っていたのだと後悔した。
無理にでも声をあげ、止めるべきだったのだ。
「……ぐぇ」
ユランくんが、うめき声を上げて床に倒れる。
ガストンに何度も打ちのめされ、立ち上がることも出来なくなってしまう。
すでに、勝負がついているのは明らかだ。
しかし、シエル先生は終了の合図をかけない。
端の方で見ているゼン先生もだ。
倒れているユランくんに、尚も追撃をかけようとしているガストン。
私は我慢できずに、
「先生! 試合を止めてください!」
と叫んでしまった。
シエル先生は、私に視線を送った後、
「それまで!」
つまらなそうな顔をして、試合終了を宣言した。
私は気を失っているユランくんに走り寄る。
「こんな……ひどい」
私の呟きに、シエル先生は、
「ミュンさん、貴方は選ばれた人間です。これから聖剣士として、戦闘に参加することもあるでしょう……この様な事は日常茶飯事です。慣れていかなければ」
と優しげな笑みを浮かべて言った。
*
授業の後、保健室に運ばれたユランくんは、治療後にそのまま帰宅したらしい。
私はすぐにお見舞いに行きたかったが、先に話しておかないといけない奴がいる。
「ガストン、どう言うつもり?」
私は、ガストンを学校の校舎裏に呼び出した。
彼は取り巻きを連れず、一人でやってきた。
「なんだよ……もんくでもあんのか?」
ガストンの太々しさに、直ぐに掴み掛かりたい衝動に駆られるが、抑えた。
「なんで、ユランくんにあそこまで酷い事をしたの? それに、なんでユランくんを虐めるのよ」
ガストンは、小声で、「めんどくせぇな」と呟く。
聞こえてるぞ、おい。
私が握り拳を作るのを見て、ガストンは一瞬だけビクリと身体を震わせる。
強がってはいても、私の方が実力は上だ。
「……べつに、今に始まった事じゃねえよ。元々、俺はユランみたいなヘタレ野郎が嫌いだ」
私はガストンの胸ぐらを掴み、自分の方に引き寄せる。
「……最近、俺に新しい家族ができた」
ガストンが言い出した事の意味がわからず、思わず胸ぐらを離してしまう。
「同じクラスのリネアって奴だ。あいつ、両親に捨てられちまったんだと」
ますます意味がわからない。
それとユランくんの事と何の関係があると言うのか。
「前は明るい性格だったのが、その日から塞ぎ込んでオドオドする様になっちまった……ユランは、アイツは、両親も普通にいて不自由なく暮らせてるのに、いちいちオドオドしやがって」
ああ、つまりコイツはそのリネアっていう子のために、関係ないユランくんに八つ当たりしてたって事か。
「元々、気に入らなかったが、聖剣を貰ってからは特にひでぇ……平民の聖剣が『下級』になるなんて当たり前の事じゃねぇか。そんな事で落ち込んでウジウジと」
私は怒りが抑えきれなくなっていた。
ユランくんがどう過ごそうとガストンには関係ない。
ユランくんが、落ち込んでいる理由もよく知らないくせに。
「アンタ……その子のこと好きなの?」
「……そういうんじゃねえよ。アイツは俺の家族になった。妹みてぇなもんだ」
ドゴォ!
私は右拳をガストンの顔面に叩き込む。
メキリと音を立てて、ガストンの身体が地面に倒れる。
「私は、ユランくんが好き! これ以上、私の好きな人に手出しするな!」
キョトンとするガストンを置き去りにして、私はユランくんの家まで走った。
*
ユランくんの家まで来たものの、ユランくんは部屋に篭って出てこないらしい。
最近、ユランくんにとって辛いことばかり起こっている。
心配だ。
私は、最近、考えている事がある。
ユランくんの『聖剣士になる』という夢は叶えられなくなった。
でも、私は聖剣士になれる可能性がある。
ならば、私が強くなってユランくんを護る。
強くなって、彼の笑顔を、彼の幸せを護るのだ。
ユランくんは納得しないかもしれないけど、コレは私の自己満足だ。
私は彼とずっと一緒に居られればそれで良い。
ユランくんは、私がお見舞いに来たと聞いても、部屋から出てきてはくれなかった。
私は仕方なく家に帰る。
家に帰った後、父から私の『貴級聖剣』授与を祝うお祭りを催すと聞かされた、
決行は二日後。
父は、明日と明後日、つまり当日の日中は、村の大人たちと祭りの準備をするらしい。
私も祭りの主役として準備に参加する様に言われた。
祭りの準備中は忙しくて、ユランくんの所に行けないかもしれないけど、一緒に祭りに参加できたら嬉しい。
その後、祭りの準備に参加したユランくんのお母さんに聞いた話では、ユランくんは結局、祭りの当日になっても部屋から出てこなかったらしい。
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