第14話 遭遇、そして……
ピクニックの悲劇があった後、リネアは草原に一人倒れているところを村人に発見された。
外傷も殆どなく、身体的には健康であったが、精神的ショックがあまりに酷く、しばらく診療所に入院する事になってしまった。
村人がリネアに「何があったのか」「何故あんな所に倒れていたのか」などと質問しても、譫言のように何か呟いているだけで、まともに話が出来る状態ではなかった。
リネアがある程度話ができるようになるまでは、一ヶ月以上の期間が必要だった。
一ヶ月間診療所に入院し、治療を受けていたリネアは、当時のことをぽつりぽつりと話すようになっていた。
リネアは、「お父さんとお母さんは魔物に殺されてしまった」と真実を話すが、村の大人たちはそれを信じなかった。
過去に、村の周辺に魔物が出た事は一度もない。
それに、魔物に殺されたと言うのに、草原にはリネアの両親の遺体や争った形跡が全くない。
リネアの両親が流した血の跡も、草原から綺麗に無くなっている様だった。
唯一残っている証拠は、当日リネアが着ていたシャツの胸元に残った血痕だけだった。
「本当です……信じてください」
リネアは涙ながらにそう訴えたが、大人たちは、
「両親が魔物に殺されたと言うのに、一緒にいた君は何故無事なんだ? 嘘をつくんじゃない」
と、逆にリネアを攻める様な事を言う始末だった。
シャツに残った、母親の血痕を大人たちに見せるも、「大人を騙すために、そんなものまで用意したのか」と、逆に嘘つき呼ばわりされる様になってしまった。
「お父さんとお母さんが護ってくれたんです……本当です」
リネアはそう訴えたが、最終的に村の大人たちはこの事件を、
『子供の存在を疎ましく思った両親が、子供を捨てて夜逃げした』
と、結論付けた。
リネアは、両親に捨てられたことを受け入れられずにあんな嘘をついたのだと、村の大人たちは考え、リネアに同情的な目を向ける様になり、結果的にリネアを嘘つき呼ばわりする者はいなくなった。
リネアは、村の大人たちが誰一人、自分の言葉を信じてくれなかった事や、自分を護って死んでしまった両親を侮辱する様な態度を取る村人に絶望し、心を閉ざしてしまった。
それから、しばらく入院生活を送っていたリネアだったが、食べ物を一切口にしなくなっていた。
診療所の医師は、リネアの心の傷を癒そうと、親身になって話を聞いていたが、大人を信じることが出来なくなっていた彼女は、それを拒絶した。
リネアは日に日に窶れていった。
診療所の医師は、このままでは彼女が衰弱死してしまうと心配し、元気づけるためにリネアにある話をした。
「リネア、アナタの両親は死んでしまったかもしれませんが……こういう言い伝えがあるのは知っていますか?」
医師も、村の大人たちと同様に、リネアの両親が魔物に殺害されたなどと信じていなかったが、あえてリネアの言葉を信じるフリをする事にした。
まずは、リネアに心を開いてもらう事が重要だと考えたのだ。
「死者の魂は夕暮れ時に戻ってきて、陽が沈んだ後に現れる」
その話はリネアも聞いたことがある。
しかし、彼女はその話を『夜になるとオバケが出る』程度の意味にしか捉えていなかった。
実際に、迷信はその程度の意味で、『夜になったらオバケが出るから早く帰れ』と言う以上の意味など含まれてない。
医師はその迷信を利用する事にした。
「人間は死したとしても、生者の祈りは死者に届くんです。アナタが健康になって両親のために祈れば、夕暮れごろに戻ってきた魂は、夜になった後にアナタの前に現れるかもしれませんよ?」
めちゃくちゃな理屈であったが、両親の死を受け入れられなかった10歳の幼い少女は、医師の言葉を信じ込んでしまった。
「健康になってお祈りすれば、お父さんとお母さんが戻ってくる」
そう強く信じ込み、リネアはみるみるうちに健康を取り戻していった。
両親のいない寂しさから、以前の様に屈託なく笑う娘では無くなってしまったが、時折笑顔を見せる様にもなった。
医師は、リネアに嘘をついてしまった事に罪悪感を感じていたが、リネアが嘘に気付く前に、夜逃げした両親を探し出せば良いと高を括っていた。
リネアは孤児となってしまったため、ガストンの両親に預けられる事になった。
ガストンの両親は、「ずっと娘が欲しかった」と思っていたため、リネアが家族になった事を大変喜び、彼女に優しく接した。
村の大人を信用できないリネアだったが、
「いつかお父さんとお母さんが戻ってくるから、それまで良い子にしていよう」と、ガストンの両親の言う事をよく聞いた。
ガストンは、「今日から俺たちは家族だ。だから、お前の事は俺が護ってやるよ」とぶっきらぼうに言った。
彼は身内には存外、優しい少年だった。
リネアはこのガストンという少年が苦手だった。
いつも学校でユランに意地悪をしている事を知っていたし、大柄な身体や威圧的な態度も怖いと感じていた。
しかし、我慢して接するしかなかった。
両親が戻るまではと、大人しくガストンの取り巻きとして過ごした。
医師から迷信を聞いた後、リネアには日課ができた。
両親のお墓参りだ。
村の大人たちは、リネアの両親が夜逃げしたと決めつけているため、村の墓地に両親のお墓を建てる事はできなかった。
リネアは村外れの森の中、あまり村人が立ち入らない場所に、こっそり両親お墓を作った。
遺体がなかったことから、両親の遺品を埋め、その上に大きめの石を乗せて、名前を書いただけの簡素なお墓だ。
リネアは手作りのお墓に、毎日、夕暮れ時に訪れて祈りを捧げた。
「お父さん、お母さん、早く戻ってきて」
リネアは祈りを捧げた後、いつも両親のお墓の前で、その日にあった事を楽しそうに話した。
リネアが他愛無い話をした際、両親がとても嬉しそうに聞いていた事を覚えているからだ。
リネアは両親のお墓の前でだけは、本当の笑顔でいられた。
しかし、何日も両親のお墓に通っているうちに、いつまでも両親が戻ってこないことが寂しくなり、お墓の前で泣いて過ごすことが多くなっていった。
*
祭りの日の当日も、リネアは村の子供たちが広場に集まっているのを尻目に、一人で森に来ていたのだ。
リネアは、ひとしきり泣いた後、両親に別れを告げて踵を返す。
既に陽が落ち、夜になっていたが、月光が差し込んでいるため辺りは比較的明るい。
ガサッ
リネアの後方、両親の墓の方から何かが動く音が聞こえた。
リネアはハッとして、こう思った。
(お父さんとお母さんが帰ってきた!)
リネアは嬉しくなり、笑顔で振り返った。
「お父さん! お母さん!」
が、そこにいたのは両親では無い。
「あ……」
そこにいたのは、全身真っ黒な犬型の魔物だった。
魔物の姿を見た瞬間、リネアの頭の中にピクニックの悲劇がフラッシュバックする。
「あ……あぁ……いや……いやだよ……おとおさん……おかあさん」
リネアは蹲り、シャツの胸元を強く握った。
それは、リネアを護ために犠牲となった、母親の血痕が残っていた場所だった。
着ているシャツは当時の物では無いが、母の事を思い出したリネアがとった咄嗟の行動だ。
魔物はそれ以上、リネアに近付く事なく、じっとして様子を窺っている。
魔物に対する恐怖。
両親が殺された時の絶望感。
色々な感情がごちゃ混ぜになり、リネアはその場から動くことが出来なくなってしまった。
『お久しぶりですね』
リネアが震えながら蹲っていると、魔物の後方から、急に感情の籠っていない冷淡な声が聞こえた。
ソレはまるで、久しぶりに会った親類に挨拶を交わす様な軽い調子の言葉だった。
リネアが蹲りながら、頭だけを声の方向に向けると、そこには一人の長身の男が立っていた。
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