第10話 ユランとミュン

 シエルとの勝負を経て、実戦を想定した『隠剣術』の使用感覚をある程度取り戻す事が出来た。

 その為にシエルを故意に怒らせる事になってしまったが、収穫は大きかった。

 今のユランは10歳の身体で、フィジカル面で回帰前に比べて遥かに劣る。

 今の身体で、まともに戦おうと思えば、隠剣術は必要不可欠だ。


 「……つっ」


 ミュンに運ばれ、保健室のベッドに横になっていたユランは、身体を起こそうとするが、全身に痛みが走り上手く動けなかった。

 未熟な身体で『隠剣術』を使用した反動がユランを襲ったのだ。


 (『隠剣術』ですらこの反動なんて……抜剣を使ったらどうなるんだよ……)


 幸いにも、隠剣術の反動は1日程度休めば回復しそうだが、今直ぐには動けそうになかった。


 ユランは保健室のベッドに横になりながら、魔族襲撃の事を考える。


 その日は、ミュンが『貴級聖剣』を手にした事を祝う祭りが開催されていた。

 村人たちが騒ぎ出し、ユランが父親から魔族の襲撃を聞かされたのは夜だった事から、襲撃の日付と大体の時間だけはわかっていた。


 (もう、襲撃まで二日を切っている……)

 

 準備万端とは言えないが、やれる事はやったと、ユランは自負していた。

 ただ、一番の問題は、回帰前の世界でユランは魔族襲撃の際に部屋に引きこもっていた為、魔族がどの様にして現れたのかを知らない事だ。

 さらに、少年だったユランには魔族の強さを推し量る事は出来ず、敵の強さもわからない。


 魔族のリーダーが『魔貴族』だったのは間違いないが、それ以上の事はあまり覚えてい無かった。


 (私にとっては、20年以上も前の出来事だからな……)


 ユランが物思いに耽っていると、


 「ユランくん! 目が覚めたの!?」


いつの間にかベッドのそばに来ていたミュンが、叫び声を上げる。

 ミュンは驚いて、手に持っていた救急箱を落としてしまい、床に落ちた救急箱がゴトッと音を立てた。


 「身体は大丈夫なの?」

 

 泣きそうな顔で、ユランを心配するミュン。

 ユランは「大丈夫」と返事をし、笑顔を作る。

 身体を動かせなかった為、顔だけミュンの方に向けた。

 

 「良かったぁ……」

 

 ミュンは、ユランがひとまず無事であった事に安堵し、胸を撫で下ろした。


 「シエル先生に木刀で何度も打たれて……倒れちゃったんだよ」


 そう言って、ミュンは落とした救急箱を拾い上げてユランに近づく。


 「治療しなきゃ……何度も打たれたんだから、傷も酷いはずだよ」


 激しい傷を負ったユランを想像し、ミュンは再び泣きそうな顔になる。

 動けないユランの上半身をベッドから起こし、上着を脱がせた。


 「あれ?」


 ユランの体を見て、ミュンは首を傾げた。

 シエルに何度も木刀で打たれたはずなのに、ユランの体には何の傷跡も残ってなかったからだ。


 「嘘……あんなに打たれてたのに」


 「大丈夫だよ、先生の攻撃は全部避けてたから……」


 何と説明したら良いのか悩んだが、ユランは素直に本当の事を口にした。

 無傷なのは明らかで、誤魔化しようがないと思ったからだ。


 「え? じゃあ、何で勝負の後に倒れたの?」


 これは、シエルに花を持たせる為にわざと倒れたわけでも、シエルに打ちのめされて倒れたわけでもない。

 『隠剣術』の反動が想像以上に強く、意識を失ってしまっただけだった。


 「あー……汗で地面が滑って転んじゃった。その時に頭を打ったんだよ」


 ユランは誤魔化す様に笑ったが、ミュンは訝しげな視線を向けていた。

 ミュンに隠剣術のことを話す事は出来ない。

 今の時代では未知の技術であるし、視認できない能力であるため、説明しても信じないだろう。


 「それにしても、ユランくんは凄いね……先生の攻撃を全部防いじゃうなんて、いつの間にそんなに強くなったの?」


 ミュンは、ユランが誤魔化そうとしているのを見て、聞かれたくない事だと悟ったのだろう。

 ユランに気を使い、話題を変える。


 「こっそり特訓してたんだ。ガストンにやられてばっかりは癪だからね」


 「そうなんだ……じゃあ、今までガストンの前でオドオドしていたのは演技だったの?」


 今まで、何度か実践授業で勝負しているため、ミュンはガストンの実力を知っている。

 今日のユランの動きを見れば、彼が明らかにガストンよりの強い事がわかるのだ。

 ミュンは、ユランが意図的に自分を弱く見せているのだと勘繰った。

 実際には、回帰した影響でガストンより実力が上になっただけで、意図的に隠していたわけではない。

 

 「演技っていうか、ガストンよりも強くなったら彼のやっている事が可愛く思えちゃって……子供なんだなぁとか、頑張って自分を大きく見せようとしてるんだなぁとか……まあ、ガストンが僕にちょっかいをかけたいなら好きにすればいいし、彼が僕のオドオドした反応で優越感に浸れて満足できるなら、そうしてあげてもいいかなって思ったんだよ……」


 誤魔化そうと早口で捲し立て、意味のわからない事を口走るユラン。

 そんな彼を見て、ミュンは「ぷっ」と吹き出してしまう。


 「ユランくん、なんか変わったね」


 「……え?」


 「良い意味でだよ。なんか急に成長して大人になっちゃったみたい」


 ミュンはユランの瞳を見詰め、頬を赤くする。


 「前のユランくんも勿論良かったけど、今のユランくん……なんか良いよ……結構好きかも」


 真っ赤になって俯き、呟く様に小さな声でミュンは言う。

 ユランは、ミュンの言った事が最後まで聞き取れなかったが、自分を褒めてくれている事はわかったため、


 「ありがとう」


と答えた。

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