第8話 実戦授業

 「これより、実戦訓練を行います。ミュンさんと……そうですね、トリノくん前へ」


 シエルは笑顔でミュンの名前を呼んだ後、生徒たちをぐるりと見渡し、少し悩んだ末にトリノを指名した。

 お気に入りのミュンの相手として、トリノが一番手頃だと考えたのだろう。

 強すぎる訳でもなく、かと言って弱すぎる訳でもない。

 シエルは今まで行われた訓練を通して、生徒たちの実力を正確に把握している。

 ミュンの成長を促すため、トリノは程よい的にされた訳だ。

 相変わらず、シエルの瞳はミュンの姿しか映していない。


 指名された二人は、地面に描かれた簡素な円の中に入る。

 円の中には、ある程度距離を離して二つの線が引かれている。


 「開始線について、構えてください」


 シエルが円の端に立ち、手を挙げる。

 ミュンとトリノは互いに構えをとるが、どっしりと構えたミュンに対し、トリノは落ち着かない様子で見学しているガストンをチラチラと見ていた。

 

 「……ふん」


 そんなトリノの姿を見て、ガストンはシエルを面白くなさそうに見る。

 自分の取り巻きが、いいように使われたのに気付いているのだろう。


 「始め!」


 シエルの合図とともに、ミュンとトリノは互いに踏み込む。

 勝負は一瞬で付いた。

 トリノが何かする間もなく、ミュンが振り上げた木刀に弾かれ、トリノの木刀が地面に落ちる。


 「それまで。ミュンさんの勝ち」


 シエルは自慢の生徒の活躍に満足し、何度も頷きながら決着を宣言した。


 「ミュンさん、少し良いですか?」


 泣き出しそうなトリノをよそに、シエルはミュンに話しかけ、その勝利を賞賛し、


 「ここはこうした方がもっと良くなります」


と身振り手振りで戦い方を指導していた。

 

 ミュンへの指導が終わり、生徒たちに向き直ったシエルは、満面の笑みだ。

 生徒たちが、ミュンへの特別扱いに不満げな顔をしていることに気付いてもいない。


 「それでは、次は……ユランくんとガストンくん」


 ユランは、指名する際にシエルがこちらをチラリと見て口を歪めたのに気付き、苦笑する。

 そういえば彼女は「こう言う人だったな」と思い出す。

 贔屓もするし、気に入らない生徒がいれば直接ではなく遠回しに嫌がらせをする。


 ガストンはミュンを除けば、その実力は生徒たちの中でも抜きん出ている。

 逆にユランの実力は下から数えた方が早い上に、ガストンがユランの事を良く思っていないことも把握していた。

 

 シエルは、先程の授業の際にユランが自分に意見したのが気に入らず、嫌がらせのつもりで二人を指名したのだろう。

 シエルと言う教師はそう言う人間だった。

 

 回帰前の世界でも、成績下位のユランが気に入らず二人を指名し、勝負させていた。

 回帰前は実力差がある上に、『下級聖剣』が与えられたことで失意のどん底だったユランは動きも散漫で、ガストンに手酷く打ちのめされた。

 

 「開始線についてください」


 苛立たしげに開始線につくガストンに対し、ユランは落ち着いた様子で開始線についた。

 それを見て、シエルはユランに対するイライラを募らせていく。

 ガストンを相手に指名すれば、ユランが慌てふためき、自分に泣きついてくるのを想像していたのだろう。

 現に、回帰前の世界でユランはシエルに対し、相手を変更してもらえる様に懇願していた。


 「構えて」

  

 ユランとガストンが開始線についた事を確認すると、シエルは言った。

 シエルの号令を受け、ユランとガストンが構えをとる。

 ガストンは基本の構え。

 ユランは、


 「ちょ、ちょっと待ってください。一旦ストップです!」


 開始を宣言しようとしていたシエルは、慌てて二人を止める。

 そして、ユランをギロリと睨みつけ、言った。


 「ユランくん、アナタ私を馬鹿にしてるんですか?」


 声を低くして、冷めた目でユランを見る。

 シエルが小声で「出来損ないが」と呟いたのがユランの耳に届いた。

 

 ユランがとった構えは、基本の構えではない。

 両手で剣を持ち、中段に構えていた。


 「基本の型は教えたでしょう。どうして私の言う事が聞けないのですか?」

 

 口調は丁寧だったが、語気を荒げ、拳を握り締めている。

 激昂しているのがありありとわかる。

 ユランがとったのは、戦いに『聖剣』を使用しない事を宣言する構えだ。

 戦いに聖剣を用いる事を常としているこの世界で、相手を侮辱する様な無礼な行為に他ならなかった。

 少なくともシエルはそう捉えた。


 「良いでしょう……ガストンくん、下がりなさい」


 シエルはユランの行動に我慢の限界を迎えたのか、ガストンを下がらせ、自らが開始線についた。

 そして、そばで待機していたゼンに目配せする。


 「ゼン先生、審判をお願いします」



 ゼンは頷き、円の端に立つ。

 シエルと同様、ゼンも腹に据えかねたのだろう。

 彼女の行動を止める事なく、審判を引き受けた。


 「先生、それはいくらなんでも……」


 大人しく事の成り行きを見守っていた生徒たちだったが、ミュンはシエルを止めようと手を伸ばす。

 しかし、ユランは手を差し出してそれを静止した。

 ユランは無言で首を振る。


 「君の様な、不真面目な生徒は初めてですよ……少し、思い知った方がいい」


 シエルはそう言って、基本の構えをとった。

 

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