第7話 剣術授業 シエルとゼン
「皆さん。基本の構えは覚えていますね?」
剣術の授業が始まり、シエルは開口一番にそう言った。
生徒たちが「はい」と返事を返すと、シエルは聖剣を使用する際の基本の構えを取る。
右腰に携えた聖剣の柄に、右手を逆手で添える。
左手に練習用の木刀を持ち、片手中段に構えた。
「これが戦いにおける基本の構えです。私たち人間の戦いには聖剣の使用が不可欠ですから、片手は常に聖剣の柄に添えておきましょう」
シエルは続ける。
「聖剣の柄を握る手は利き手が望ましいです」
「先生、なんで利き手なんですか? 実際に戦闘で使うのはサブウェポンですよね。サブウェポンを利き手で操ったほうが良いのでは?」
ユランが質問すると、シエルはムッとした顔をして答える。
「そういう決まりなんです。利き手の方が抜剣レベルの上達が早いと言われているのが要因です」
シエルが言う要因とは、実際はただの迷信に過ぎない。
聖剣を扱う手によって抜剣の上達具合の違いなど出ないのだ。
それならば、ユランが言った様に利き手でサブウェポンを使用した方が効率は良い。
実際に、ユランはそうしている。
しかし、聖剣を扱う者の殆どがその迷信を信じており、利き手で聖剣を扱う。
回帰前のシリウス・リアーネですらそうだった。
「皆さんはまだ抜剣が使えません。先ずは基本の構えでの戦い方を覚えましょう。ゼン先生、お願いします」
シエル女史がそう言って、横に立っていた男性教師、ゼンに目配せをする。
ゼンはそれを受けて、頷くと、距離をとってシエルと対峙し、同じ構えをとった。
「私とゼン先生は資格を失いましたが、元聖剣士です。戦い方を良く見ておてください」
言い終わるや否や、シエルはダンッと音を立てて地面を蹴る。
その勢いのまま、ゼンに向かって突進した。
数メートルあったはずの二人の距離が一気に詰まる。
「はっ!」
シエルが木剣を横薙ぎに振り抜くと、ゼンは木剣を立ててシエルの攻撃を難なく防いだ。
「ふう……」
一息入れると、シエルは構を解き、ゼンから離れ距離をとった。
「相変わらず鋭い」
「いえいえ、まだまだですよ」
互いにそんなやり取りをした後、シエルは木剣を下ろし、生徒達に向き直る。
「このように、聖剣を握りながらも攻撃に威力を持たせなくてはなりません。腕だけでなく、体全体を活かして攻撃する術を身に付けましょう」
シエルはそう言うと、見学していた生徒達の中から、一人を指差した。
ミュンだ。
「ミュンさんは先日の聖剣授与式で、貴級聖剣を賜りました。つまり、聖剣士になれる器という事です。いずれ、高レベルの抜剣に至る可能性すら有ります」
話題に上げられたミュンは、困り顔だ。
貴級聖剣を与えられた事を喜んではいない様子だった。
「ミュンさん以外は下級聖剣でしたが、それでも抜剣が使えないわけではありません。今は平和な世の中ですが、一度戦争が起これば戦う機会もあるでしょう。有事の際を想定し、技術を磨きましょう」
「はい!」と生徒達が返事を返す。
シエルは生徒たちに笑顔を向けると、ミュンの方へ向き直る。
「ミュンさん、貴方は特別な存在です。抜剣術については勉強していますね?」
「……はい」
「それでは、みんなに説明してもらえますか?」
頷くと、ミュンは説明を始める。
「抜剣術とは、聖剣の力を扱うための技術です。レベル1〜10まであり、レベルに応じて使用者に加護を与えます」
「その通りです。よく勉強していますね。抜剣術については、実際に見てもらった方が解り易いでしょう。ゼン先生」
ゼンは再び名前を呼ばれると、頷いた後、シエルと距離をとって構える。
「では、行きます!」
シエルは基本の構えをとると、聖剣の柄を握る手に力を込める。
すると、シエルの聖剣から無機質な声が響いた。
『抜剣レベル1を発動──使用可能時間は5分間です──カウント開始』
シエルの聖剣の刀身が、鞘から一割ほど抜かれ、光を放つ。
シエルは抜剣が発動したのを確認し、踏み込んだ。
ドンッ!
爆発音の様な大きな音を立て、地面が抉れる。
先ほどの攻防の際とは段違いの速さで、シエルはゼンに迫った。
バキッ!
ゼンは、シエルの攻撃を防ぐため、木刀を立てて防御を試みるが、その木刀がシエルの攻撃でへし折られてしまう。
体を捻ってシエルの攻撃を避けようとするが、シエルの動きを目で捉える事ができない。
トンッと乾いた音を立て、ゼンの首筋にシエルの木剣の刃の部分が触れた。
「参りました」
ゼンが降参の意を示すと、シエルは木刀をゼンの首筋から離し、生徒たちに向き直った。
「この様に、抜剣の加護を受けた攻撃はより早く、より強力になります」
「おー!」と、生徒たちから感嘆の声があがる。
シエルが構えを解くと、シエルの聖剣が、『抜剣を解除します──』と無機質な声を発した。
抜剣が解除されると、露出していた聖剣の刃が、カシャンと音を立て鞘に収まった。
「私は貴級聖剣を与えられながら、結局レベル1の抜剣しか扱えませんでした。聖剣士には成れましたが、そこから伸び悩み、資格も剥奪されてしまいました。私は大した人間には成れませんでしたが、ミュンさんには是非とも頑張って頂きたい」
シエルの言葉を受け、ミュンは戸惑いながらも頷いた。
「ミュンさんは平民の出ですが、『貴級聖剣』を与えられたと言う事は、後に貴族位を与えられ、貴族に成ると言う事です」
シエルは興奮気味にミュンに笑顔を向ける。
「皆さんも平民として、貴族と成るミュンさんを支えて行きましょう」
自覚は無いだろうが、シエルの目にはミュンしか見えていない。
自分の果たせなかった夢を、ミュンに託すつもりなのかもしれない。
それは、ミュンを期待の眼差しで見るゼンも同じだった。
「それでは、実戦授業に移りましょうか」
そう言うと、シエルはこの授業が始まって初めて、他の生徒にまともに視線を向けたのだった。
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