第3話 神級聖剣『抜剣レベル5』

 『魔王』に対抗できる唯一の戦力──シリウス・リアーネ……。


 シリウスの攻撃が魔王に通用しないとなれば、新たに作戦を立て直さなければならない。


 ──私は勝利を諦め、『退却』の決断を下す事にした。


 人類最後の希望──シリウス・リアーネがここで死亡すれば……それは〝人類の滅亡〟と同義だ。


 そんな事は許されない……。


 例え、私の命がここで潰える事になったとしても、シリウスの命だけは繋がなければなければならないのだ。


 「シリウス、撤退だ!」

 

 通じないと分かっていながら、無駄な攻撃を繰り返すシリウスに対し──私は叫んだ。


 「……」


 ──フリ……フリ


 シリウスはチラリと私の方に視線を向けるが……首を左右に振って私の決断──『撤退』を拒否した。


 このまま続けても、勝ち目がないのは明白。


 シリウスが拒否したとしても、私がおとりになり、注意を引き付け──シリウスを逃さなければ……。


 間に割って入れば、シリウスとて私の意を汲み、『撤退』を決断してくれるだろう。


 まあ、そうなれば私は間違いなく死ぬだろうが……。


 それは問題ない。


 この、『魔王討伐隊』に参加した時から覚悟は決めていた。


 ただ、そうなってしまえば、ニーナとアニスの遺体は回収不可能になってしまう……。


 しかし、それも仕方がない事だとと割り切る。


 スッ──……


 私は二人の遺体に向かい、頭を下げてせめてもの謝罪の意を示す。

 

 「すまない、二人とも」


 これまでにも多くの仲間たちが魔族と戦い、そして非業の死を遂げてきた。


 私はそれを目にし、彼らの顔、そして名を心に刻みつけている。


 しかし、あまりに多くの死を前にした事で、仲間の為に流す涙も枯れてしまい……〝その死〟を割り切る事に慣れすぎてしまった……。


 ──彼らの死を無駄にしないためにも、最後の希望──シリウスには、何としても生き残ってもらわねばならない。


 「……の悪運もここまでか」

 

 私はシリウスを逃す囮になる為、前に出た──


 そうする事で、『鎧の魔王』の攻撃範囲に踏み込むことになるが……致し方ないだろう。


 ──私は死を恐れない。


 それも、人類最後の希望シリウス・リアーネのためだと言うなら──尚更だ。


 (せめて囮くらいにはならないと、俺がこの戦いに参加した意味がないからな……)


 が、私がそのま一歩前へ踏み出そうとすると……


 ──バッ!


 シリウスがこちらに顔を向け、私に向かって鋭い視線を送ってくる。


 言葉はなかったが、その視線から、シリウスの「来るな!」という明確な意思が伝わってきた。


 ──だが、それは私の身を案じての行動ではないだろう。


 私は、シリウスの行動の意図を計りかねていた……。

 

 私たちがシリウスの為に犠牲になる──〝死ぬ覚悟〟がある事は彼女も理解し、納得しているはず……。


 いよいよとなれば、シリウスを逃すために命を差し出す……最初から決まっていた事だ。


 シリウスだってそれは納得している事だし、仲間の死に躊躇するなどとは思えない。


 ──ならば、シリウスにはまだ、この状況を打開する手立てがあると言う事なのだろうか……。


 「……レ、レベル5を……つ、使う」


 息も絶え絶えと言った様子で、シリウスが言った。


 「!?」


 レベル5……使える様になっていたのか。


 私が知る限り、シリウスはレベル4までの『抜剣』しか使用できなかったはずだ。


 レベル4が限界の……と揶揄された──いや、それでもシリウスが人類最強である事に間違いはない。


 レベル5が使用できると言う話は、彼女から聞かされていなかった……。


 それが本当なら、シリウスは壁を一つ越えたと言う事なのだろう。


 そして、その事実を私たちにも伝えていなかったと言う事は──レベル5は言葉通り、シリウスの奥の手なのだ。

 

 シリウスがレベル5の使用を宣言したと同時に──


 聖剣から再び無機質な声が響く。


 『抜剣レベル5『──』を発動──連続使用のため使用可能時間が減少します──』


 が──


 ──ボンッ!


 聖剣の声を遮る様に──鎧の魔王から放たれた魔力の爆発がシリウスを襲う。


 「──シリウ──」


 私の叫びは、爆音によって掻き消され……シリウスの身体が──再び爆煙に飲み込まれた。


 轟々と燃える魔力の渦が炎となり、視界を遮るほどの黒煙が上がる。


 その熱量だけで、遠く離れているはずの私の肌はチリチリと焼かれ、放たれた熱風は肺を焦がすほどに強烈だった。


 ……近付く事すら容易ではない。


 「シリウス!!」


 二度目の叫び……。


 今度は掻き消されはしなかったが、果たして私の叫びはシリウスに届いたのか……。

 

 ──やがて、爆煙が晴れると──


 ──『絶対防御』を発動中のため、シリウスは無傷だった。


 『鎧の魔王』の攻撃は、今までと同じ様に無意味──


 しかし、

 

 『レベル5──『反射』を発動──使用可能時間は1分です──カウント開始』


 シリウスの身体が、水色の光を帯び──


 水色の光に吸収された『鎧の魔王』の魔力は、水中に在るかの様に揺蕩い、増幅し、やがて──


 ──ズドンッ!!!


 『鎧の魔王』が、シリウスに向けて放った爆発よりも──


 数倍も大きい魔力の塊が──


 轟音を立てながら──


 『鎧の魔王』の前で炸裂した。


 初めて目にする、シリウスのレベル5……。


 見たところ、シリウスのレベル5は、絶対防御で封じた攻撃を──相手に〝数倍〟にして跳ね返す効果がある様だ。


 (反射……か。成程な……)

 

 ただでさえ強力だった『鎧の魔王』の攻撃は……反射で数倍の規模に拡大し──『鎧の魔王』の眼前で炸裂した。


 そこから発生する爆煙は凄まじく、濃度の高い煙は容易に晴れる事はなかった。


 私の位置からは、爆煙の影響で『鎧の魔王』の様子を伺う事はできない。


 しかし、この威力ならばさしもの『鎧の魔王』も無傷ではいられないはずだ。


 しばらく時間を置き、煙が晴れると──


 「よし!」


 私は、思わず声を上げる。


 いくらシリウスが攻撃を加えても、傷一つ付けられなかった『鎧の魔王』だが……。


 強力無比だった自身の攻撃が、さらに何倍にも増幅されて跳ね返され──


 避ける間もなく直撃したのだ……。


 タダで済むはずがない。

 

 実際に、『鎧の魔王』は──


 爆発のダメージを受けて、顔面の右半分が見事に吹き飛んでいた。

 

 明らかに致命傷だ。


 私はそれを見て、シリウスの勝利を確信する。

 

 「シリウス!」


 そして、私は勝利の立役者、シリウスの名を呼び、彼女の下へ駆け寄ろうとした──


 「……く……る……な」


 しかし、静止の言葉と共に、シリウスの鋭い視線がこちらに向けられ──私は思わず足を止めた。


 戦いはシリウスの勝利で決着だ。

 

 何故、シリウスは私を止めるのか。


 ──私の疑問はすぐに解決。


 私は、シリウスの行動の意味をすぐに理解する事となった……。


 ──シュルルルル……

 

 「なんだ、あれは……?」


 何とも間の抜けた音を立てながら──


 魔力の爆発で吹き飛んだはずの『鎧の魔王』の顔面の半分が──


 みるみる内に再生していく。


 「……は?」

 

 傍目には、まるで時間が遡っている様だ。


 そして……


 数秒も間を置かず、『鎧の魔王』の顔面は元通りに再生した。


 ……流石に鎧までは再生しなかった様で、再生した顔面の右半分は生身が露出した状態になっている。


 『鎧の魔王』が、露出した顔面をすぐに右手で隠してしまったため、私の位置からはその顔貌を窺い知る事は出来なかったが……


 一瞬見えたその素顔は……人間のそれと変わりない様に見えた。

 

 「……な……に……。どう……言う……こ、事……だ……?」


 突然、シリウスが驚いた様に声を上げる。


 シリウスは──『鎧の魔王』が再生した事よりも、その素顔を見て驚きの声を上げた様に見えた。


 私の位置からは確認できなかったが、近くにいたシリウスからは、『鎧の魔王』の顔がはっきりと見えていたのだろうか……。


 ……シリウスは、何に驚いた?


 ──そして、シリウスがこちらに視線を向ける。


 そのとき、シリウスが浮かべた表情が、一瞬だけ悲しげに見えたのは気のせいだろうか……?


 そんな私の考えを、知ってか知らずか……


 シリウスはすぐにこちらから視線を外し、『鎧の魔王』に向き直り──


 すかさず『鎧の魔王』の顔面──露出した部分に、サブウェポンによる一撃を叩き込んだ。

 

 ガキンッ!


 攻撃がヒットし、金属音を響かせる……。


 が──


 やはり、シリウスの攻撃では『鎧の魔王』の身体を傷付ける事は叶わなかった。


 これでもう……完全に打つ手なしだ。


 レベル5でもまるで相手にならない。


 『鎧の魔王』は強大すぎる……。


 「──シリウス、逃げろ!」


 私はこれ以上はどうしようもないと悟り、声を上げ、再びシリウスに『撤退』を促す。


 「──!!」


 ──ガギンッ!


 ──ギン! ガガガガ!!


 しかし、シリウスは私の声を受けても手を止めることなく、無駄な攻撃を繰り返している。


 『鎧の魔王』は動かず、されるがままだ。


 ……既に、シリウスに対して攻撃をする事もなくなった。


 攻撃を行えばシリウスに『反射』されると学習したのだろう……。


 ──その程度の知性はある様だ。


 『──使用限界まで残り10秒です』


 無機質な声が──戦いの終焉を告げるカウントダウンを開始する。


 5


 ガキンッ!


 4


 ガガガッ!


 3


 キンッ……。


 2


 『……』


 1


 ──ボンッ!


 カウントが切れると同時に、『鎧の魔王』が魔力の塊を放つ。


 ──炸裂と同時に、シリウスはこちらに顔を向け「逃げろ」と口を動かした……。

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