第2話 対 鎧の魔王 抜剣レベル4

 『魔王城』の最深部で、私たちがたどり着いたのは、『王の間』と呼ばれる場所で、基本的に魔王が鎮座する玉座のある部屋だ。

 

 王の間に入った私たちが見たものは、


 玉座に鎮座する、漆黒の鎧を纏った魔族だった。


 あれが、今回の私たちのターゲット。

 討伐対象である魔王、『鎧の魔王』だ。

 

 「我々はアーネスト王国の魔王討伐隊だ。鎧の魔王よ、その命頂戴する」


 私は名乗りを上げ、宣言すると、左の腰に携えていた剣、『サブウェポン』と呼ばれる武器を鞘から引き抜いた。

 

 サブウェポンは、聖剣を扱う者が、必ず使用する武器で、これ無しに私たち人間は戦うことができない。


 シリウスを先頭に、ニーナとアニスがそれぞれ横に展開し、私は後方に待機して支援に回る。

 

 これは、対魔王の為にあらかじめ決めておいたポジショニングだ。


 「……」


 鎧の魔王は私の名乗りに対し、何の反応も見せなかった。

 

 頭部がこちらを向いている為、見てはいる様だ。

 しかし、漆黒の兜で顔面が覆われているため、その表情は窺い知れなかった。


 「……反応が……な……無い」


 シリウスが驚いた様子で口を開く。


 老人の様に嗄れた声だ。


 滅多に口を開かないシリウスが、思わず言葉を漏らしていた。


 「聞いていた話と違う。知性がないのか?」


 「でも、どう見ても人型ですよ……」


 魔族と呼ばれる存在は、基本的には知性を持たない。

 ただ、人を害し悪意を振り撒く存在だ。


 しかし、魔族のなかでも、人型の魔族、『魔貴族』や『魔王』と呼ばれる魔族は、例外なく高い知性を持っている。


 こちらが質問すれば律儀に答えるし、声をかければ何かしらの反応は必ず返して来る。


 これまで数多の『魔貴族』や『魔王』を、討伐してきた人類が、長い戦いの歴史の中で得た確かな情報だ。


 知性を持たない『魔王』というのは、前例がない為、不気味に感じる。


 私自身も、『魔王』との戦闘経験は無いが、『魔貴族』は何体も討伐に成功している。

 だが、私も知性を持たず、何の反応も返さない高位の魔族というのは見たことがない。

 

 「……」

 

 最初こそ戸惑った様子を見せていたシリウスだったが、「結局やる事は変わらない」と言わんばかりに、左腰に携えていたサブウェポンを引き抜く。


 左逆手で引き抜いたサブウェポンを、くるりと手首を返して順手に持ち替えた。

 そして、右手は、右腰に携えた聖剣の柄を逆手で握る。


 これは聖剣を扱う者が戦闘の際に取る基本の構えだ。


 左手で扱う武器はサブウェポンと呼ばれ、基本的にはこの武器を用いて戦闘を行う。


 シリウスのサブウェポンは、刀身が血の様に赤く、その刀身が怪しく光を放っている。

 ブラッドソードと呼ばれる邪剣だ。

 

 「……!」


 シリウスから、鎧の魔王が座る玉座までは、30メートルほどの距離がある。


 その距離を一気に詰めようと、シリウスは身を低くし、構える。

 

 そして、床を強く蹴り、飛びかかろうとした刹那──


 パチンッ


 今まで一切の動きを見せていなかった鎧の魔王が、右手の指を弾く。

 いわゆるフィンガースナップだ。


 ボンッ!


 とてつもない爆発音を轟かせ、魔力の塊が、シリウス、ニーナ、アニスの目の前で弾け、爆発する。


 漆黒の爆煙が上がり、私の視界を遮る。


 私が立つ場所からは、煙の影響で、3人が置かれた状況を窺い知ることが出来なかった。


 どうなっているんだ?


 何が起こった?


 これは『鎧の魔王』の攻撃なのか?


 私の思考は混乱していたが、状況的に見れば、シリウスたちは『鎧の魔王』から何かしらの攻撃を受けた様だった。


 私は後方支援に回っていたため、鎧の魔王との距離が最も遠かった。

 おそらく、私だけが攻撃範囲の外にいた為、攻撃を受けずに無事だったのだろう。


 「皆、大丈夫ですか!」


 私は、シリウスたちの安否を確認する為、叫び声を上げるが、3人からの応答はない。


 爆発の影響で周りに黒炎が上がり、私の行く手を阻む。

 それ以上は近付くことも出来なかった。

 

 煙が段々と晴れてくる。


 「……そんな」


 煙が晴れた後、私が見たものは、


 首から上が跡形もなく消し飛んでしまった、


 ニーナとアニスの姿だった。


 頭部を失った二人の身体は、力を無くして、人形の様にドンと音を立てて床に倒れ伏す。


 ニーナ……。


 アニス……。


 また、仲間を失ってしまった……。


 しかし、二人の死を嘆いてばかりもいられない。


 私は、いつからこうなってしまったんだ……。


 仲間の死すら、悲しんであげられない。


 「シリウス!」


 私は、二人の死から目を背ける様に、シリウスの名を呼び、彼女が立っていた場所に視線を向ける。

 

 こんな状況でも、シリウスなら無事だと、私は確信を持っていた。


 やはり、シリウスは無傷でそこに立っていた。


 シリウスが右手で持っていた聖剣の刀身が、鞘から4割ほど抜かれ、顕になっている。


 シリウスの聖剣から、無機質な声が響いた。


 『抜剣レベル4──絶対防御を発動──使用可能時間は5分です──カウント開始』


 シリウスは鎧の魔王の攻撃を感知し、『抜剣』を発動させていた。

 

 シリウスが持つ『神級聖剣』の『抜剣レベル4』、


 『絶対防御ぜったいぼうぎょ


 一度発動すれば、制限時間内に限り、あらゆる攻撃を防御し遮断する。


 それは、絶対的で、攻撃の威力、種類は関係なく、どの様な攻撃も絶対に通さない。


 まさに絶対防御だ。

 

           *


 『抜剣』がもたらす恩恵は聖剣ごと、『抜剣』のレベルごとに異なり、レベルに応じた恩恵を得られる。


 聖剣の等級が一つ違えば、同じレベルの『抜剣』でも、その恩恵には天と地ほどの差が生まれる。 


 さらに、同じ聖剣であっても、『抜剣』のレベルが一つ違えば、恩恵にも絶対的な差が生まれるのだ。


 つまり、私の『下級聖剣』のレベル4とシリウスの『神級聖剣』のレベル4とでは、同じレベル4の『抜剣』でも、得られる恩恵にはかなりの差異が生まれると言う事だ。 


            *


 「ふっ!」


 シリウスは、抜剣により大幅に強化された筋力で、30メートル程あった距離を一足飛びに詰める。


 そして、鎧の魔王に攻撃する隙を与えず、左手で握るブラッドソードを、鎧の魔王の首筋に向かって振り下ろした。


 ガキン!


 金属が激しくぶつかる様な異音が響いた。


 無傷……。


 渾身の力を込めて振り下ろされた、シリウスの一撃は、鎧の魔王の首元を正確に捉えていた。

 しかし、その鎧に阻まれ、ダメージを与えられない。

 しかも、『鎧の魔王』の漆黒の鎧には、傷一つ付いていなかった。


 「そんな……今の一撃で、無傷なのか」


 私は驚愕した。

 そして、絶望した。


 シリウスは『抜剣』により、大幅な身体強化を受けていた。


 その一撃の威力は、並の『魔貴族』なら容易く屠れるだけの威力はあったはずだ。


 いくら『魔王』であっても、無傷なんて……。


 ガギンッ! ガガガッ! ギンッ! ガガキンッ!


 二撃、三撃、四撃、五撃。


 シリウスは何度もブラッドソードを振り下ろし、攻撃を繰り出す。

 しかし、無機質な金属音が響くだけで、その身体……いや、鎧にも傷一つ付けられない。


 『鎧の魔王』は、シリウスの攻撃など意に介していないのか、微動だにせず、ただされるがままになっていた。

 

 だが……『鎧の魔王』の右手がゆっくりと動き出す。

 

 「……っ!」


 シリウスは、咄嗟に狙いを変え、鎧の魔王の右腕、鎧の継ぎ目になっている部分に狙いを定め、ブラッドソードを振り下ろした。


 その攻撃は鎧の継ぎ目を正確に捉え、わずかに露出している『鎧の魔王』の生身の部分にヒットした。


 ガギンッ!


 金属音が響き、攻撃が阻まれる。


 私は、今度こそダメージがある。


 『鎧の魔王』の右腕が切断される。


 そんな光景を想像したが、


 『鎧の魔王』の生身には、傷一つ、付いていなかった……。


           *


 「こんな奴……どうやって戦えばいいんだ」


 強大すぎる。


 何なんだこいつは……。


 もしかしたら……コイツは……『厄災』にも匹敵する力を待っているんじゃないのか?


 シリウスは今までにも、数多の魔王を相手にし、勝利してきた人類最強の聖剣士だ。

 

 そんな彼女でも対抗できない相手……。


 私の頭の中に、『敗北』と言う言葉が強く浮かんだ。


 シリウスが放った右腕への攻撃は、『鎧の魔王』の動きを止めるに至らない。


 パチンッ


 『鎧の魔王』が指を弾く。

 

 ボンッ!


 シリウスの眼前で、魔力の渦が炸裂した。


 爆煙が上がり、黒炎が広がる。


 煙が晴れる。


 絶対防御により、シリウスは無傷だった。


 ガギンッ! ガンッ! ギギンッ!


 シリウスは何度も攻撃を繰り返すが、『鎧の魔王』にダメージは与えられない。

 

 ボンッ!


 『鎧の魔王』も攻撃を繰り出すが、シリウスも『絶対防御』によりダメージはない。


 お互いにダメージを与えられないまま、繰り返される攻防……。

 

 戦いはこのまま停滞し、長期化すると思われたが──


 『使用限界まで──あと3分です』


 無機質な声が、戦いの終わりのカウントダウを告げるのだった。

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