第3話 黄金の眼鏡と苺姫 その2

「《黄金の眼鏡》は良い眼鏡。

 百の秘密と千の知識を持っている。

 どんな願いも叶えてくれる」

 窓際で少女は歌う。

 ルセット王国の第一王女フレジェは、クリーム色の髪に、甘いストロベリーピンクの瞳が印象的な少女だった。

 彼女を目にした者は、誰もが苺という王冠をいただいた軽やかな白いケーキを思い出す。

「第一王女様は、本当にその歌がお好きですわね」

 侍女は笑いながら、ゆるく巻く髪を飾り立ていく。

「お兄様がよく歌ってくださったから」

 夜、眠りにつく前に歌ってもらった歌。

 寂しいときに口ずさんだ歌。

 今もずっと一緒にいる歌。

 忙しい兄は、もう歌っていないかもしれない歌だ。

「まあ、国王陛下が?

 想像がつきませんわね。

 陛下にも、そのような子ども時代があったのですね」

 おしゃべりな侍女は、華やかな笑い声を振りまく。

「ええ、そうよ。

 あのお兄様にも、子ども時代はあったの。

 一緒に声を合わせて、歌ったわ。

 ところで、《黄金の眼鏡》はどんな願いも叶えてくれるって、本当かしら?」

 フレジェは笑いを含ませながら訊いた。

「さあ、どうでしょう?

 ご本人に訊かれたほうが早いですわ」

 侍女は銀の手鏡を差し出す。

 水面よりも正確に映し出す鏡。

 まるで、魔法みたいに右左が入れ替わる。

 手鏡片手に、フレジェは百面相をする。

 真珠や色ガラスのピンに飾られた髪は、すぐに崩れてしまいそう。

 それよりも危ういバランスで載っている白百合のほうが面倒だろうか。

「途中で落ちたりしないかしら?」

 不安になり、フレジェは尋ねる。

 恐る恐るシュガーピンクの飾りピンにふれる。

 滅多にしない盛装だけに、慣れやしない。

「大丈夫ですわ。

 きちんとリボンやピンで留めましたから。

 第一王女様が木の上から飛び降りても、崩れやしませんよ」

 侍女は請け負う。

「あら、そう。

 じゃあチャレンジしてみようかしら?」

 二割り増し清楚に見える姿に、フレジェは満足した。

 これなら、兄王も納得してくれるだろう。

 書き出しの決まっている手紙を見る機会は、減るだろうか。

 『親愛なるじゃじゃ馬姫こと、私の可愛い妹。少しは女性らしくなっただろうか?』

 それだけが心配だ。と、この国の王は言う。

 由々しき問題だという自覚はある。

 収穫祭に合わせて、お披露目が決まっている身としては、そろそろ猫の被りかたの一つでも習得しなければならない。

 手鏡の中のフレジェは、とりあえず第一王女様らしく見えた。

 毎日するには、なかなか肩のこる身支度だったけれど。

「かかとの高い靴ではおやめくださいませね。

 《黄金の眼鏡》殿が驚かれますわよ」

 手鏡を箱にしまいながら、侍女は釘を刺す。

「私も驚いたから、ちょうどおあいこよ。

 《黄金の眼鏡》が人間だなんて知らなかったわ」

 フレジェは口を尖らせる。

 ほんの最近まで、《黄金の眼鏡》はおとぎ話だと思っていた。

 困っている人のところに、ぴかぴかに輝く黄金色の眼鏡がやってくる。

 眼鏡は、千年も生きた老人のような神秘的な口調で尋ねるのだ。

 彼は、どんな願いを叶えてくれる。

 お代は、一滴の涙。

 願いを叶えてもらった人は、大喜び。

 やがて眼鏡は帰っていく。

 来たときと一緒、誰も見たことのない世界へ、音もなく帰っていく。

 泣く子どもをあやすための方便だったと信じていた。

 ところが現実に《黄金の眼鏡》は、存在していたのだ。

 百の秘密と千の知識を持つ、この国一の学者。

 それが《黄金の眼鏡》の正体だった。

「第一王女様はのんびり屋でございますわね。

 ちょっと大きくなれば、自然に知ることですわよ」

「誰も教えてくれなかったんですもの。

 知らなくて、当然だわ」

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