第3話 黄金の眼鏡と苺姫 その3
「《黄金の眼鏡》は良い眼鏡。
百の秘密と千の知識を持っている。
どんな願いも叶えてくれる」
口ずさみながらフレジェは庭を散策する。
それに影のように付き従う《黄金の眼鏡》と呼ばれる青年。
離宮から十分離れたところで、フレジェは立ち止まった。
周囲にあるのは静かな森だけだった。
ここまで来れば、立ち聞きの心配はなさそうだ。
それに室内は、好きではない。
風に吹かれているほうが、気分がいい。
「第一王女様は何をお望みなのですか?」
クランブルが切り出した。
「どんな願いも叶えてくれるって、本当なの?」
「はい。
今までも、私の叶えられる範囲でしたら、叶えていました。
もちろん神の御手の内の事象までは、動かすことはできません」
青年はフレームを指で押し上げる。
「そんなことを言ったのは、お兄様かしら?
生き返らせて欲しい、とか」
「……はい。
私は神ではありませんから、死んだ者を生き返らせることはできません」
すまなそうにクランブルは言う。
童歌では『どんな願いも叶えてくれる』と歌うけれど、《黄金の眼鏡》も人間なのだ。
限界はある。
「そんな無理は頼んだりはしないわ。
子どもじゃないもの」
収穫祭が来れば、大人の仲間入りする。
周りが考えているほど、子どもではない。
「あの時、陛下はまだ子どもでしたから」
クランブルは懐かしそうに話す。
銀縁の奥の瞳は、悠久の時を知るように、落ち着いていた。
森の奥深くに隠された知識の林檎は、秘密をたくさん抱えているのだろうか。
物語の中の魔法使いのように、時を止める魔法を知っているのかもしれない。
「あなたは一体いくつなの?」
フレジェは尋ねた。
千年ぐらい生きているのかもしれない。
「次の冬で十九になります」
クランブルは答える。
まるで辞書でも引いているようだった。
疑問に何でも答えてくれる。
教師たちのように、考えさせたり、回り道をさせたりしない。
嫌な顔をせずに、答えてくれる。
「《黄金の眼鏡》は子どもでもなれるの?」
本には国一番の学者としか書いてなかった。
国一番の学者なんて、棺おけに片足を突っ込んでいるような人物のほうがぴったりだ。
フレジェの教師ですら、三十、四十代。
親ほどの年齢なのだ。
宮廷の順位では、その上にいる《黄金の眼鏡》が十八歳。
奇妙な感じがした。
「百の秘密の一つですよ。
年齢は関係ありません。
この国には、目には見えない辞書があるのをご存知ですか?
王宮の奥深くにあるのですが、それを引くことができる人物。
それが《黄金の眼鏡》です。
二つめの秘密ですね」
クランブルはあっさりと言う。
世間知らずのフレジェでも、もたらされた秘密がとても大きいことはわかった。
おそらく、他人には話してはいけない類の話。
きっとフレジェのような子どもには、教えてはいけない秘密だろう。
ストロベリーピンクの目の色を瞬かせ、大きく息を吐き出す。
胸がドキドキして、ワクワクする。
《黄金の眼鏡》は想像と違う形をしているけれど、誠実なイメージを裏切らない。
「お兄様ったら、秘密主義ね。
ちっとも私に教えてくれないんだから」
それでも感謝しなければならない。
フレジェの願いを叶えてくれたのだから。
「あなたに会ってみたかったの。
だからお願いは叶ったようなものね」
フレジェは歩き出す。
優しい優しいお兄様。
国王になられてからは、お会いする機会も減ったけれど。
わがままを言えば、叶えてくれる。
「他には?
願いがなく、私の元へ来る方はいません。
誰でも胸のうちに、何かしらの願いを抱えています」
追いついてきた足音が尋ねる。
「神の御手の内の事象は、動かせないのでしょう?」
「……未来をお知りになりたいのですか?」
穏やかな口調に影が落ちる。
《黄金の眼鏡》は、兄と同じぐらいに優しいようだ。
「まあ、《黄金の眼鏡》は占術士でもあるのね。
人の心が読めるって素敵かしら?」
フレジェは顔を上げ、微笑んだ。
「生死にまつわることの次に多いのが、未来への干渉です」
「よく頼まれるの?」
「非常に」
「大変ね。
感心しちゃうわ」
「お気遣いありがとうございます。
ですが、私は《黄金の眼鏡》ですから……仕事の一つです」
青年は言う。
ぴんと伸びた背を見て、フレジェは立派と思った。
仕事に誇りを持つ姿は好感が持てる。
「知りたかったのよ、単純に。
《黄金の眼鏡》、答えて。
私は恋ができるかしら?」
努めて明るく、フレジェは尋ねる。
「いつか、『第一王女様』なんてつまらない称号じゃなくて、フレジェって呼んでくださる方は現れるかしら?」
どんな願いも叶えてくれるというのなら、一つだけ。
自分でも忘れてしまいそうになる名前を呼んでくれる人を連れてきてほしい。
思い出の中の声ではなく、自分の声ではなく、誰かの声で名前を呼んでほしい。
ずっと望んでいる、ずっと待っている、願いだった。
「あなたが望むのでしたら、いつかは」
クランブルは穏やかに告げる。
「未来は知ることができないって……」
フレジェは言葉をつまらせた。
「千の知識の一つです」
《黄金の眼鏡》が持つのは百の秘密だけではない。
千の知識も持っているのだ。
「《黄金の眼鏡》は良い眼鏡ね!
童歌と一緒だわ」
機嫌よくフレジェは笑う。
「光栄です」
クランブルは嬉しそうに笑った。
ルセット王国の第一王女の願いが叶うまで、あと少し。
童歌の通りに《黄金の眼鏡》が叶えてくれる。
その日まで、あと少し。
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