第2話 勇者、村に入る


 ゲルトの言っていた森の開けた場所まで三日かかった。全力で走れば一日で着いただろうに…原因は天才魔道士だ。こいつが、あっちへフラフラこっちへフラフラと野草だの薬草だのに反応してウロウロしていたため全然、距離が稼げなかった。


「これって柵…か?」

「じゃね~、防衛用って感じではないから、あくまで領域を示すもんだと思うけど」


 目の前には高さ一メートル半くらいの細い木で組まれた『柵』っぽいものがあった。


「領域を示すためだけに柵を設ける必要があるのですか?」

 まあ、ゲルトの言いたいこともわかる。コスパ悪いよな。

「いや、ここままでが俺らの村ってわからせるのは重要っしょ。なんというか、わかってればそこまでは掃除するみたいな?」

 逆に言えば、ゴミは柵の外に捨てとけみたいな感じか。


「とりあえず、柵に沿って入れるとこまで移動しよう。幸いオークやゴブリンじゃなく人間の村みたいだし」

 魔力感知からする反応では、柵の中にいるのは人間で間違いない。

「ラジャーっしょ」

「了解」


 柵に沿って歩いて行くと十分ほどで、門らしきものが見えた。

 一人だけだが槍を持った門番もいる。


「さて、俺が話しかけるからどこの言葉かを教えてくれ」

「やっぱズルいっしょ、その召喚特典」

 俺はどんな言葉も日本語に変換して聞こえるし、話した言葉も勝手に変換され相手に伝わる。かなり重宝するスキルだ。これのおかげで精霊や竜とも意思疎通が取れた。ただ逆に言うと、相手がどの言葉を話しているかがわからない。


 手を挙げながら門番に近づいていく。

「やあ、ちょっと迷ってしまって困っているんだ。ここは何という村か教えてくれるか?」

 日本にいたころは、陽キャと陰キャでいえば、陰の方だったが異世界に来てからはそうでもなくなった。なんというか旅の恥は掻き捨てという感覚。

「なんだ~、魔の森で迷うやつなんているのかよ。普通は死んでるぜ」

「実体があるだろ? 透けてみえるか? ゴーストじゃないことは確かだろ」

 異世界で魔物もいるので当たり前かもしれないが幽霊が実在する。

「まあ確かに。ここは第四開拓村だよ。テール…なんつったかな、ああテールウィンドだ。テールウィンド伯爵領の一部だな」

「テールウィンド…聞いたことがないな。国の名前はわかるか?」

「国? あー、なんだったか。そういうことは村長に聞いてくれ。俺みたいな学の無いやつにはわからん」

「なるほど、それじゃあ村に入らせてもらってもいいか?」

「いいだろ。話もできるし盗賊には見えんし」

「どの辺が盗賊に見えないか聞いてもいいか?」

「口調と態度が丁寧だ。装備も豪華だしな。貴族って言われても信じるね」

「そんなもんか。んじゃ村長の家を教えてくれるか?」

「ああ、つっても簡単だ。こっちの道を進んで二階建ての家が村長の家だ。二階建てなのは村長の家だけだからな、歩いていきゃすぐわかる」

「ありがとな、とりあえず村長の所に行ってみるよ」

「おお、後ろの兄ちゃんが担いでる魔物を村にくれるならみんな喜ぶと思うぜ」


 あっさりと入れてしまった。ずいぶん平和な村だな。

「ヨアヒム、何語かわかったか?」

 歩きながら、三人の中で言語に詳しい天才魔道士に聞いてみた。

「かなり訛りが強い南方語だった。俺っちでも簡単な会話しかできそうにないっしょ」

「南方語ですか…私は覚えていませんね。南方語を使う国とは国境を接していませんでしたから」

「とりあえず異世界に転移っていう可能性はかなり低くなったな。言葉が通じるわけだし」

「となると『知られざる大陸』の可能性が高いっしょ」

「まだ世界の全てが明らかになっていませんからね」

 近世よりの中世といった文明の召喚された世界だが、いまだに世界地図は完成していない。海にも魔物がいること。海上という人間には不利な環境。これだけなら精鋭部隊を連れて行けば問題無い。一番の問題は食料が持たないのだ。元の世界の星は丸いという概念は伝えてあるし、ある程度は研究もされている。何年かおきに『知られざる大陸』を探す船が出るが、ここしばらくは成果が無い。造船技術と航海術がドンドン進化しているので近い内には見つかると思うが、今のところ世界一周した船はいない。


「しかし簡単に入れましたね。平和なんでしょうか」

 ゲルトの疑問は俺も思ったことだ。

「態度も丁寧で盗賊には見えない。装備も豪華で貴族のようだってさ」

「貴族がいるということは封建制ということなんでしょうか」

「決めつけは良くないっしょ。民主化している国でも貴族が残っている所はあるっしょ」

「ああ、そうでしたね」

 俺らが所属していたラフィリア国は封建制だった。通信環境が整えば中央集権に移行したかもしれないが、それでも貴族は残っただろう。レベル上限と魔力が遺伝する関係で国民皆平等というのは無理なのだ。同じ人間扱いができない。リアル一騎当千ができてしまうからな。平民が何万と集まって革命しようとしても、王家や貴族が十人くらいもいれば鎮圧できる。差が激しい世界なのだ。


「ここか、在宅しているといいんだが」

 話している間に二階建ての家に着いた。さっきの門番の話だと村長の家のはずなんだが。

「呼びかけてみるっしょ。カケルが」

 いや、そうなんだけどな。ちゃんと言葉が通じるの俺だけだし。

「おーい! 誰かいないか? 迷い人なんだが! 村長はご在宅か?」

 どこまで防音してるかわからないので、大声で呼びかける。

「はい、はーい。ちょっと待ってくださいね。今、行きますから」

 ギィギィと音をたててドアが開くと茶髪青眼、ロングヘアを後ろで一つに纏めている美人が現れた。二十代前半、巨乳に分類されるであろう胸部装甲持ち。綺麗というよりホンワカ可愛い系。こりゃモテそうだ。

「えーと、どちらさまでしょう?」

「聞こえていたかもしれないが迷い人なんだ。周辺の詳しい状況を聞きたいと言ったら、門番にここを紹介されてね」

「あら~、迷子さんですか~。それは大変ですね~。とりあえず中へどうぞ。父を呼んできますので」

「それじゃ失礼しますね」


 平和だな。ここの最高権力者だろうに、初対面でもアポなしで会えてしまう。

 居間のような所に通され、しばらく待つと美人さんが茶髪の中年を連れて現れた。親子のようだが似てないな。村長はフツメンだ。奥さんが美人なんだろうか?

「こんにちは、この第四開拓村で村長をやらせてもらってますライネルです。こっちは娘のエマです」

 腰が低い村長さんだな。上からくるよりかは話しやすいから助かるけど。

「カケルといいます。こっちがヨアヒム。後ろに立っているのがゲルトです」

 まずは自己紹介。これ大事。異世界に来てから知ったことだけどな。

「それで迷子と聞きましたが?」

 話が早くていいね。

「ええ、転移魔法で飛ばされてしまいまして。ここが何処だかもわからない状況なんですよ。国の名前を教えてもらってもよろしいですか?」

「なんと! 転移魔法ですか!? おとぎ話だと思っていましたけど実在するのですなぁ」

「信じていただいて助かります。それで国の名は?」

「ああ、すいません。ここはエーテルランド国、テールウィンド伯爵領、第四開拓村というのが正式名称ですよ」

「……エーテルランド。周りの国の名前はわかりますか?」

「周囲ですか、そうですね。私が知っているのはヴァリスという国と、アルケイドという国くらいですが」

「そうですか。すいません、ちょっと仲間に知っているか確認してもよろしいですか?」

「ええ、どうぞどうぞ。エマ、お茶を用意してくれ」

「は~い」

 ヨアヒムなら知ってんだろ、というかヨアヒムが知らないようなら『知られざる大陸』がほぼ確定だ。

「ヨアヒム、話は理解できたか?」

「できたとは思うけど、ちょっと自信ないっしょ。通訳お願い」

 と言うので俺の口から村長の言葉を二人に伝える。この辺は七年間で慣れたもんだ。

「エーテルランドにヴァリス、アルケイド。まったく知らないっしょ」

「私も聞き覚えがありませんね」

 予想はしてたけど、やっぱ知らないか。

「これで『知られざる大陸』なのは確定か?帰還するのは絶望的になったな」

「なったっしょ。この村が開拓村だってことを差し引いても、ウチらの国より文明が進んでいるとは思えないっしょ」

「こちらから帰還するのではなく、あちらから迎えが来るかもしれませんよ」

 現実的なヨアヒムと希望を言うゲルト。どっちも正しいんだけどな。

「どちらにせよ、長期間の滞在になることは決定だ。拠点をどこにするかを考えないとな」

「村長さんにお願いして、しばらく泊めてもらうか小屋を借りるっしょ。ここ平和みたいだし、常識を学んでから移動した方がいいっしょ」

「賛成です。私はまずは言葉を覚えるところからですね」

 この年になってから常識を学ぶのか…貨幣価値とか、科学や魔法がどれくらいかは知っとかないとな。あとは魔物か、重要なとこだ。

「すいません、身内だけで話してしまって。言葉がわからない者もいるものですから」

 改めて村長に向かって話しかける。

「いえいえ、お気になさらず。不安もおありでしょうからね。ああ、お茶の用意ができたようです。どうぞ」

 後ろを向いてる間に美人さんが戻ってきていた。確か、エマだったか。

「ありがとうございます。それで少々、お願いがありまして、この村で泊めてもらえる所はありませんか?他の場所に移動しようにも、地図がなければ食料なども不安がありまして」

「それなら行商人が来た時に使う小屋があります。そこでよろしければ、すぐに使えますよ」

 なんか良い人すぎないか?

「助かります。宿泊料の替わりに、とりあえずはゲルトの担いでいる魔物を進呈しますね」

「おお!それはそれは! 助かります。見たところシングルエイプですな。村では狩るのに苦労するのですよ」

 …苦労?レベルが二十もあれば余裕だと思うのだが、この村の戦力に不安を覚えるな。


 ゲルトだけだと言葉がわからないので、ヨアヒムをつけてエマさんに教えてもらって魔物を運んでもらう。その間に俺は情報収集だ。

「先ほど行商人とおっしゃいましたが、頻繁に来られるのですか?」

「いえ、ここは開拓村。辺境ですからね。一年に一度か二度といったくらいですよ」

「取引はどういった物を?」

「こちらからは果実酒が主です。あとは魔物素材くらいですね。ここの村は果樹栽培が盛んなのですが、果実その物はあまり日持ちしませんから、そちらは近隣の開拓村と物々交換に回しています。あちらからは塩などの生活必需品と回復薬などですな」

 回復薬はあるのか。その割にさっきの魔物に苦労する?なんかバランス悪いな。

「その回復薬を見せてもらってもよろしいですか?あと、できれば周辺地図やこの国の法律などが書いてある本などがあればお願いしたいのですが」

「ええ、よろしいですよ。少々、お待ちを」

 言うことを何でも聞いてくれてるのがちょっと怖くなるな。人間不信は欠片もない。村社会ってよそ者には冷たいんじゃないのか?

 一人になって落ち着いて、ようやくお茶に手をつける。旨いな。見た目からそうかと思ってたけど紅茶だった。お茶は気軽に飲めるのか。砂糖やミルクは無い。高級品なのか、開拓村という辺境の場所から手に入らないのか。どっちもな気がするな。


 しばらく待つと村長がヨアヒム達と一緒に戻ってきた。手には回復薬と…本?なのか?を持ってきている。

「お待たせしました。どうぞ」

 回復薬はヨアヒムに渡し、本?のページを捲る。これって羊皮紙ってやつか。触ってようやくわかったよ。ペラペラと捲りながら、錬金術もこなす天才に尋ねる。

「ヨアヒム、どれくらいだ?」

「初級の中くらいっしょ。これなら森で採取した薬草を使って俺っちが作った方がいいのができる。やっぱ文明は低いっぽいっしょ。紙も、ないのか高級品なのか普段は使わないみたいだし」

 だよな~。まさか本といって羊皮紙が出てくるとは。当然、手書きだし活版印刷は導入されていない。

 ペラペラと羊皮紙を捲っているのが不思議に思ったのか村長さんが尋ねてくる。

「凄いですな。速読というやつですか?」

「いや、そういうスキルを持っているんですよ」

 俺が異世界召喚されて同時に付与されたものは多岐に渡る。『異世界言語』もそうだし『勇者』もそれだ。今回、活躍しているのは『過去ログ』である。一度読んだ物はいつでも思い出すことが出来るスキルだ。これが元の世界であれば受験勉強の力になったであろうスキルだ。


 最後まで本を読み終わり、後は提案を一つして、ここでの用事は終了だ。

「ライネルさん、こっちのヨアヒムは錬金術を扱えます。回復薬を作れますので、泊まる場所に移った後に試して成果を見てもらっていいですか?それを宿代にと考えているのですが」

「おお! それは助かります。村には錬金術を使える者がをおりませんので」

 おいおい、回復薬の作り手がいないって!?

「それなら俺が回復魔法を使えますので怪我人がいるようなら対処しましょうか?」

 勇者は万能。全てのスキルを覚えられる。ただし最上級は無理だ。最上級が使えるのは剣術と光魔法、雷魔法。それ以外は上級までで頭打ちだ。勇者は仲間の力を使って悪を倒す!ってのがわかる仕様だな。

「ありがとうございます。助かります。案内するならレオナがいいでしょう。次女ですが、村一番の戦士になります。おおい!エマ! レオナを呼んで来てくれ!」

 なんか食い気味にお礼を言われて、話が進んでる。どんだけ困ってたんだよ。

「は~い。ちょっと待っててくださいね~」

 残っていた紅茶を飲みながら雑談だ。

「この村には教会はないんですか?」

 わかっていることだが、確認を取る。

「ええ、開拓が進み正式に村として認められないと派遣してもらえないのです」

 そこそこ村人の人数はいそうだったけど、正式な村ではないのか。

 ああ、大丈夫だと思うが確認しておくことがあったな。

「あー、ちょっと聞きづらいのですが、女神様はルイーダ様ですか?」

「ええ、もちろんですとも。カケルさんのいた所では違ったのですか?」

「いや、念のために確認したかっただけです」

 女神様は同じらしい。そりゃそうか、聖職者関係で高レベルになると〈神託〉や〈降臨〉が使えるようになる。この世界では神は実在する存在なのだ。


「は~い、お待たせしました~」

「ちょっとお姉ちゃん、引っ張らないでってば」

 雑談してる間にエマさんが、二十歳くらいの金髪ポニーテル・青い眼・百六十ちょい・胸部装甲は普通な女の子を連れてきた。この子がレオナか。

「ああ、レオナ。こちらが村の外からいらっしゃったカケルさんだ。しばらく村に滞在することになった。回復魔法が使えるとのことなので、お前が怪我人の所に案内してあげてくれ」

「うー、午前に訓練してて疲れてるのにー」

「誰が怪我してるかと、その具合を一番わかっているのはお前だろう?」

「わかってるわよ。やらないとは言ってないでしょ」

 おやおや、なかなか素直じゃないタイプの娘さんらしい。

「案内するからついてきて。アンタがどのくらい魔力あるかは知らないけど、今からなら全員を相手にしても夕飯までには帰ってこられるだろうし」

「カケルさん。今夜の夕飯は我が家でご一緒にどうぞ。妻の料理はなかなかですよ」

 なんか生意気だなという感じがするレオナと、どこまで良い人なんだというライネルさん。本当に親子か?髪も眼の色も性格すら似てないって、奥さん浮気したんでは?

「ありがとうございます。では夕飯の時に。ああ、こっちの二人は回復魔法を使うわけではありませんので、先に宿泊場所に案内してもらってよろしいですか?」

「レオナ、失礼がないようにな」

「はいはい、お上品にしてますよ」

 返事がすでに上品ではない。大丈夫か、コイツ。

「それじゃ、行きましょ」


 さて開拓村ってのは、どんな所なのかね。ちょっとワクワク気分だ。


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