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「いやー。小さい時より短い感じがするとはいえ、やっぱり長いなぁ」
美咲は手を傘に、上を見上げる。先程より暗くなったものだから雰囲気たっぷりだ。
「さあさ、行こ行こ」
元気の良い美咲が僕の背をぐいぐい押す。僕が先頭なんかい。
「わかったから押さないでってば。転ぶ」
「はーい」
少し不満そうな声と、背中から離れる美咲の手。僕は一息つくと、神社の鳥居をくぐった。
比較的穏やかな呼吸音が耳を掠め、じわりと滲んだ汗が背中を伝う。近くの木に止まっていたのか、カラスがカァーカァーと鳴きながらバサバサと飛んでいく。
「わっ…!」
服を引っ張られる感覚に僕は振り返った。
「なに、美咲の方がよっぽど怖がりじゃ……あれ?」
「ん? どうしたの」
美咲が足を止めて僕を見上げる。間違っても僕の服を引っ張ることはできない距離。
「なんだよ……」
「なぁに? 怖くなっちゃった?」
「そんなんじゃないし」
ニヤニヤと笑う美咲は無視して、上を見上げる。後半分くらいかな。
僕はまた一段階段を上がる。
『うわっ、なおちゃん…!』
美咲の高い声に顔をあげる。なんで前から……え…?
僕は目に飛び込んできた光景に、言葉を失った。僕の少し先。小さな男の子が泣いている。そう……、顔から派手に転んだんだ。右手が自然と
何かに誘われるように、足が前に出る。また一段頂上に近づく。
『なおちゃん早く!』
『ま、まってよ……美咲ちゃん!』
僕の横を「僕」が駆け上っていく。
また一段。
『さいしょはグー! じゃんけんぽん!』
『やった、勝った! えっと、グ・リ・コ・の・お・ま・け!』
『さいしょはグー!』
『じゃんけん…』
また一段。
『見てみて! これ家から持ってきたの〜』
『あっ、この前お祭りで取ってたやつだ!』
『そー。家の階段じゃ短くてね、ここならもっと面白いかと思って。えい!』
『わぁきれい! 僕もそれにすればよかったなぁ』
虹色の蛇みたいなおもちゃが階段を下りていく。
僕は一段、一段、噛み締めるように階段を上っていった。蝉を捕まえた「僕」と、逃げる美咲。木に引っかかった美咲の帽子を取ろうと躍起になる「僕」。猫を追いかけて息切れ切れの僕ら……。
小四の時に初めて知ったなんて嘘だ。この神社はずっと僕らと一緒にあったじゃないか。なんで……なんで、忘れてたんだろう…?
『……』
美咲が階段の途中でしゃがみ込んでいる。
『みさ、あれ…? 美咲…? 大丈夫?』
先に歩いていた「僕」が美咲に駆け寄る。
『だ、大丈夫……大丈夫だよ』
彼女はぎこちなく笑う。僕はまた一段上る。
『…………ますように』
息を弾ませて、か細く聞こえる声。僕は振り返る。
『美咲の病気が、よくなりますように』
僕の頬に伝った涙が、地面に落ちた。
気がついたら僕は階段を上がりきっていた。目の前には、いつのまに追い越していたのか、笑顔の美咲。
「なんて顔してるの」
「……、だって……」
美咲はそっと僕の頬に手を添えると、僕の目から止めなく落ちる涙を拭う。
美咲は中三の春に死んだ。病気だった。白血病。
「んふふ、私がいても泣いちゃったね? ほんと泣き虫なんだから」
これは美咲が悪い。
「会いたかった」
「私も」
「もっと、一緒にいたかった」
「……うん」
ぐいっと目を擦るも、涙は止まらず落ち続ける。美咲はそんな僕の頭を、うんと背伸びをしてよしよしと撫でてくれる。……あれ、さっきこんなに…?
「背、小さくない? 盛って、たの?」
「何その言い方っ。生きてたらあんくらいになってたし!」
「っわ」
わしゃわしゃと僕の髪を乱しながら美咲の手が離れていく。
「あーあ、昔は私より背がちっちゃかったのに、こーんなに大きくなっちゃってさ。ていうか! なおくんの背が伸びただけなのに、小さいはなくない? 小さいは!」
少し怒ったような口調をしながらも、どこか寂しそうに見えるその顔は涙でぼやけていく。
「ごめん」
「許さない……って言いたいけど許さなかったらなおくんずっと気にしちゃいそうだから許したげる」
それならずっと許さないでいて、なんて言葉は嗚咽に消える。
美咲はしゃがみ込んだ僕の頭を、僕が泣き止むまで優しく撫でていてくれた。
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