第14話 仲直りのハンバーグ(2)

「二代目!!」

 声の主は肉屋のマットだった。どたどたと厨房までくるとレンとアルヴィドを順にみる。

「二代目!! ベリルさんの馬車が街はずれで魔獣に襲われたらしい。ケガ人も出たって」

「え、まさか」

「警ら兵が騎士団に報告へ行ったが、俺たち自警団も行くぞ」

 アルヴィドはうなずいた。

「ごめん、レン。また後で話そう」

「あの、僕も行きます!」

「え?」

「人数は多いほうがいい。ついてきてくれるとありがたいよ」

 アルヴィドの代わりにマットが答えた。レンはうなずいてエプロンを外す。アルヴィドもあわてて食材を氷室にしまい、エプロンを外した。




 そこから自警団の屯所とんしょに行き、集まっていた人たちと合流した。武器はない、代わりに魔獣除まじゅうよけのたいまつをかき集めて街はずれに向かった。

 ここ何十年も魔獣が人を襲うことはなかった。そのため対魔獣用の武器など、どこの家庭にも残っていなかった。しかし誰かがまた襲われる前になんとかせねばならない。簡易的な措置として追い立てるくらいならたいまつでできるはずだ。


 歩いて四半刻の場所、森に近い道沿いにあの見送った馬車が止まっていた。

 ベリルさんたちはこちらを認めると手を振った。

 魔獣と言っても、角ネズミという小型種で大人の掌に乗るくらいの大きさだ。襲ったというのがどうやら馬の前に飛び出してきたそうだ。そのせいで、馬が驚いて暴れたために馭者がケガをしたということだった。幸い打ち身で済んだ。襲われたとかなんとかは、尾ひれだったらしい。すこし、自警団の中にも安どの雰囲気が漂った。


「ちょっと、安心するのはまずくないですか?」

 レンが青ざめた顔で何やら考え込んでいるようだった。

「レン。どうした。ベリルさんたちにはケガもなく魔獣の被害も少なかったろ」

 マットが声をかけると、レンは顔を上げて視線をさまよわせる。

「あの……これは仮説なのですが……今まで魔獣が人前に出てくることはありませんでした。それが、小さいとはいえ出てきたということは、結界にほころびができたのではないでしょうか」


 ほころびが小さかったから、出てきた魔獣が小さかったのだ。だとすると、それが大きくなれば、出てくる魔獣も大きくなる。


 自警団に緊張が走った。

「やばいじゃないか!」

 レンはコクリとうなずいた。

「仮説です。ですからちゃんと、国に調べてもらいましょう」


 皆は顔を合わせてうなずいた。


 ぶわりと強い風が道沿いに広がる森の木々を撫でる。ざわざわと森が鳴った。先ほどまで泰然としていた森が、違う顔を隠しているように感じた。



 警ら兵団と騎士団が遅れて到着した。引継ぎのためにマットが代表して説明をしていた。騎士団の腕章は王家の冠と笏の紋章ではなく。黒い鳥が剣を抱えるスルト公爵家の紋章だ。

 レンがさっとアルヴィドの影に隠れた。ひどくうろたえているようだった。

「大丈夫?」

「はい」

 レンはコクリとうなずくが、とても大丈夫そうには見えなかった。

「あの……家に帰ったら、話したいことがあります」

 レンは手をぐっと握りしめ、震えているように見えた。


「すみません」

 騎士の一人がアルヴィドに駆け寄ってくる。

「下町の方ですよね。私、騎士団のグレットと申します。今日のこととは別件で人を探しています。ご協力願えませんか」

 そう言って紙を手渡された。紙は貴重品だが、それを惜しみなく使うとは、よっぽど要人の捜索なのだろう。受け取った紙には少年らしき人相書きがされていた。

『塔の貴人』名前は書かれていなかった。

 卵型の輪郭に黒髪でクセ毛、黒目。鼻は少し低いみたいだ。全体的に細身のようだ。背の高さはレンと同じくらい? ……視線を映してレンを見ると、黒髪で黒目以外はよく似ていた。だがレンのほうが溌溂として、表情豊かだ。家のレンのほうが子犬みたいでかわいい。

「あの、この人はどういった?」

「安心してください。凶悪犯ではありません。家族が探されているのです」

 黒髪と茶色い目。茶色い髪と黒目なら多くはないが存在する。だが黒髪黒目とは、この国で一番尊い身である聖女の血族以外考えられない。もし探しているのが聖女の血族なら、探すのは王家のはずなのだが。なぜ、スルト家が……。

 グレットはアルヴィドがただの平民ではなく。元貴族の孫であることを知らない。だからこの特徴を伝えたのだろう


 アルヴィドはなんだか嫌な予感がして、片腕でレンを隠すようにし、グレットの前に一歩出た。

「わかりました。家は飲食店なので。お客さんにも聞いてみます」

 グレットはうなずくと、騎士たちの元へ帰っていった。


 アルヴィドとレンは、騎士団に申し送りの終わったマットと連れ立って町へ帰った。マットは少し興奮したように饒舌だったが、反対にレンは始終黙ったままだった。


 街は夕暮れに染まっていた。せっかくの公休日だったが、朝からいろいろと忙しかったなぁと思い返す。厨房の明かりをつけて、掛けてあったエプロンを手に取る。アルヴィドは夕食づくりに取り掛かった。レンも手伝うと申し出たが、押し返した。どこか疲れた様子だったからだ。

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