第12話 思いをはせるオムライス(5)

 ベリルはアルヴィドの予測通り、レイアの家を訪れたそうだ。

 レイアとベリルがどんな話をしたのかは知らない。

 だが、あれから何度か、二人で買い物をしている姿を見かけた。

 二度ぶつかった二人は、きれいなさよならをしたのかもしれない。それはまるで卵が割れるようにまっすぐに。



 一か月後、田舎に引っ越すベリルさんの見送り会にアルヴィドとレンも参じた。

 彼女は吹っ切れたように、さわやかな笑顔を浮かべていた。

 ベリルは自分で得たものに囲まれて幸せそうだった。


「お気をつけて、ベリルさん」

「ありがとう、アル坊 レン君。オムライス、向こうでも作ってみるわ。黄色は幸せの色なのだもの」

 ベリルの髪は、落ち着いた黄色いリボンで括られていた。

 二人はベリルたちの馬車が角を曲がるまで見送った。



「さてと、レン。買い物して帰ろうか」

「はい」


 二人で連れ立って、下町のほうに足を向ける。

 もうすぐ、聖女召喚からちょうど五十年の節目を迎える。今年の召還祭は例年以上の賑やかさになるだろう。

 王都は聖女の好きな薄紅色のリボンで華やかに飾られている。町中の軒先や辻、街灯などいたるところに薄紅色のリボンがひらめいていた。さらに、街角には警ら兵が立ち治安を強化しているらしい。目つきも鋭くあたりを見回していて、少々怖い印象を受ける。それにしても、警ら兵の数が多い気がした。



「やぁ、おかえり。ベリルさんのお見送りはどうだった?」

 雑貨屋のおばさんがアルヴィドをつかまえて話しかけてきた。このおばさんは話好きで有名だ。

「はい、元気に旅立たれていきましたよ」

「はあ、そうかい。ところで聞いたかい? 騎士も混じって人を探しているらしいよ。誰を探してんだろうね」

 どうやらおばさんはそれが聞きたかったみたいだ。

「いや、知らないな」

 心当たりなどあるわけもなく。立ち去ろうとしたが、店先に気になるものを見つけた。

「おばさん、このアームクリップちょうだい?」

 きれいな光沢のある緑色のリボンでできたアームクリップだった。ポケットから数枚硬貨を取り出して手渡す。

「あぁ、ありがと。ちょっと待ってな」

 おばさんはアームクリップをきれいに包装してアルヴィドに手渡した。そして、にやりと思わせぶりな視線を送る。

「贈り物なんだろう?」

「そうだけど……レン」

 今受け取った包みをそのままレンの前に差し出す。

「え、僕にですか?」

 レンの驚いた顔を見て、アルヴィドも驚いた顔をした。

「あぁ、ごめん。洗い物の時、いつも袖が落ちてきて大変そうだったから。アームクリップがあれば便利だなって」

 特に他意はなかったつもりだった。鮮やかな緑色がレンに似合うだろうなと思ったからだ。ひっこめようとしたところをレンが慌ててつかむ。

「う……うれしいです! ありがとうございます」

 レンは顔を輝かせて笑った。

「う……うん。よかった」


 雑貨屋のおばさんがあらまぁと口に手を当てて、二人を見ていた。

 これは立会人が悪かった。明日にでもアルヴィドがレンに贈り物をしたと、下町中が知ることになるかもしれない。

「おばちゃん、変な想像を膨らませないでよ」

「見たまんまを言うさ」

 雑貨屋のおばさんは豪快に笑った。年上の女性には勝てないとの諦観に、アルヴィドはがっくりと肩を落とした。レンはキョロキョロと二人を見比べて首をかしげる。

 これ以上揶揄われないように、レンの手を取って雑貨屋を後にした。


 ちょうどスコオル亭が見えてきたところで、肉屋のマットがアルヴィドに声をかける。

「ちょっと、二代目。レン君。渡したいものがあるんだ。寄って行けよ」

 そう言って裏口へ案内された。何事かと構えてみるとマットは神妙な顔をして腕を組んだ。

「聞いたか、警ら兵が誰かを探しているらしいぞ」

「あぁ、さっき雑貨屋のおばさんも同じことを言われました」

「どうやら、どっかの貴族の息子が出奔したらしいぞ。今街をうろついてんのはスルト公爵の私兵らしい。あんないかついのが歩いてちゃ、余計に治安が悪くなっちまう」

 アルヴィドは困った顔で笑った。マットもにやりと笑いかえす。


「それでだなこれだ。聖女さまの飾り。二代目のとこも飾らないとダメだろ? オリガミ」

 アルヴィドはがっくりと肩を落とした。

 オリガミは花の形を模したもので。聖女さまの世界では、紙を折るらしいのだが、この国で紙は高級品であるため布でオリガミをする。オリガミは聖女の召還祭に合わせて店先にぶら下げる倣いがあり。祖母はオリガミが得意で、よく町の人に教えを請われていたが。アルヴィドは大の苦手だ。同じように折っているのにぐしゃっとなってしまう。

「うううぅ、頑張ります」

 マットはアルヴィドの肩をたたいて慰めた。

「あ!レンは? オリガミやったことある?」

 先ほどから静かだったレンを見るとなぜか、眉間にしわを寄せて口元をこぶしで抑えていた。

「え?レンもそんなに苦手?」

 あまりの険しい顔に驚いて顔を覗き込むと、ぎゃっと驚き返された。久しぶりに顔を見て驚かれたので少しだけ傷つく。

「あ、えっと……」

 そして視線をさまよわせて、マットの手に止まる。

「大丈夫です。オリガミ得意です」

 これは救世主だ。アルヴィドはレンの手を取りぶんぶんと振った。

「ありがとう」

 神様仏様、レン様! これで今年の召還祭は気まずい思いをしなくてすむ。その勢いで両手を広げたが、おびえた顔をされたので我に返った。

「あっ、ごめん」

「いえ」

 レンは両手を広げて固まるアルヴィドの背中に手をまわし、ポンポンと叩いた。一瞬の沈黙の後アルヴィドは、ポンっと音が聞こえるくらい一気に血が上って赤くなった。

 マットのわざとらしい大きなため息が聞こえてきた。アルヴィドは少しだけ反省した。マットが貨屋のおばさんと結託しないことを祈った。




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