第11話 思いをはせるオムライス(4)

 アルヴィドには、どうしてと言いながら、ベリルはもう答えを分かっているのだろうと思えた。そして、レンもその答えがなんとなくだが分かってしまった。



 一度レイアを街で見かけたことがあった、小さな子の手を引いて買い物をしていた。彼女は貴石をふんだんにあしらったオートクチュールが似合っていたのに。簡素なワンピースと白いエプロンで笑顔だけがあの頃と同じように輝いていた。


 もうこれが最後だから、あの頃のわだかまりを解きたいと思ったの。格式張らない場所で美味しいご飯を頂きながらなら……気兼ねなく話ができる会なら来てくれると思ったのよ。そして、来てくれようとしていた。


 でもみて、この私を。どうしてこんな派手な服を着ているのかしら。気兼ねなくって何?格式張らないって……何と比べたの。

 だから彼女は来てくれなかったんだと思ったわ。

 この期に及んで私は何をしているのかしら。こんなみっともない私をレイアに見られずすんでよかったわ。


 ベリルは一目見れば富裕層だとわかる格好をしていた。体形に合ったスーツは、一目でオーダーメイドとわかる代物だ。隙のない化粧と、耳と首飾りは大きな黄色味がかった琥珀が飾られている。貴族でも持ってないような一品だった。



 店に手紙が届いていたの。


『引退おめでとう。手紙が届いて驚いたわ。覚えていてくれてうれしい。

 あなたは夢を叶えたのね。本当にあなたのこと大好きだったのよ。

 せっかく誘ってもらったのに孫が熱を出してしまって、行けなくてごめんなさい。いつかまた会いましょう』


 見当違いの気遣いも、執着も彼女はすべて過去にしていた。

 彼女はこんな簡単な理由で来なかったのよ。笑っちゃうわね。

 彼女はひどいことを言った私のこと、恨んでも嫌ってもなかった。とっくに昔に思い出になっていたのね。


 いっそ嫌っていてほしかった。


 アルヴィドは口を開くが、何も言えずまた閉じてを繰り返していた。

 いびつに入った亀裂は、いまだその身を裂いているようだ。





 ベリルはもうすべて語り終わったのだろう。ぬるくなったホットミルクを飲み干した。

「美味しかったわ。一方的に話してごめんなさいね。エリーさんにオムライスを食べさせてもらえたから、頑張れたの。まさしく幸せの黄色だったわ、ありがとう。いままで一心不乱に働いてきたけれど、私これからどうしたらいいのかしら、迷子になった気分。だからまたここで、心を整理したかった。ありがとう。」


 ベリルは本当に話をしたかっただけのようだった。椅子から立ち上がるとまっすぐ扉に向かった。チリンとベルの音が響いて扉はゆっくりと閉まった。



 カップを片付けるついでに、鍋に残っていたミルクに茶葉を入れた。レンのカップと自分のカップにそそいでなんとなくまた二人でカウンターに座った。


 二人はカップで乾杯して合わせて、飲む。


「ベリルさんはすごい人なんだよ。花街を守るために改革をしたり。制度を作ったり。自警団を置いたのもベリルさんやその仲間たちが、必死になって組織したからあるんだ。花街が荒れないのはベリルさんが先頭を切って花街を守ろうとしたからだそうだよ。ばあちゃんがあの泣き虫な女の子が頑張ってるって応援してたから」


 二人はカップを両手で包み込むように握ったままその中をじっと見てだまった。

 いつまでも引きずってしまうのは、できなかったことの後悔だからだろう。あの時ああすれば、こう言えば今が変わったかもしれないと。


「レイアさんは対等だと思っていた友人に、かわいそうと言われたことへの羞恥で、ベリルさんはレイアさんを深く傷つけた自覚があったから動けなかった。それでも、ふたりは自分が選んだ人生だから歩み寄れなかったのかな」


 アルヴィドは誰に向けるでもなく慰めるようにつぶやく。

「ベリルさんが、黄色が好きなのは……レイアさんの影響でしょうね」

 レンはぽつりとこぼす。

「間違ってたら申し訳ないけれど、きっとレイアさんが初恋だったんでしょうね」

 アルヴィドは驚いてレンを見た。レンの瞳は確信しているようだった。


 恋と定義をつければ、ベリルの行動は理解できる。娼館だからと頭から抜けていたが、同性同士の交際や、婚姻もあるのだから……その可能性もあったのだ。そういうことか。

 アルヴィドは顔を覆って天井を仰いだ。

「いじらしい人だな。今日だってきっと、とっておきの自分を見せたかったんだろう」

「花街を守ろうとしたのも、そこが彼女たちの思い出の場所で、故郷だからなのかな。ベリルさんはベリルさんで大きな家族を作ってみせたんだ」

 アルヴィドは深くうなずく。


 レンは背もたれに身を預けて、足をぐっと伸ばした。

「迷子になったベリルさんはこれからどうするんでしょうね」


 アルヴィドはあごに手をやり考える。

「踏み出すんじゃないか? お互い嫌いあって別れたわけではないのだから」

 レンは驚いた顔で目をぱちぱちさせる。

「こんどこそ、間違えないだろう」

 アルヴィドはにっかり笑って腕を伸ばした。



「俺も恋人か、家族が欲しくなってきた」

「どっちですか?」

「んー女の人は苦手だから、男がいいな」

 アルヴィドはレンからカップをとりあげて、厨房に行く。レンは今の言葉を反芻はんすうして、驚いた顔のまま動けなくなっていた。どっちですか?は、恋人なのか、家族なのかという質問のつもりだった。

 思いがけずアルヴィドの核心を突いてしまった。

『男がいい』 って嫌じゃない、むしろうれしいと感じて、レンは「はて?」 と頭をかしげた。


 一方アルヴィドは、流しに手をついて項垂れていた。

 うかつだったと、本音を漏らしてしまったことを反省していた。


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